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第18話前編:異種格闘技戦とパンケーキ

 早朝、筋トレを終えた私は、上がったテンションを落ち着かせるために、城の庭園を疾走する。


 ……体を動かすと、どうしてこう、暴れたくなるんだろうか。


 疼く拳を押さえながら足を動かすと、庭園の片隅でスアンピが何やら雄叫びを上げながら剣を振り回していた。


「どうしたね、少年」

「少年じゃねえ! スアンピだっつってんだろ! 見りゃ分かるだろ、訓練だよ訓練。料理人は体力勝負だからな」


 スアンピはこちらを一瞥し、突きの練習か、剣を模した木の棒を腰元で引き、正面に突き出している。

 その動きを見ていると、私の拳がその動きに連動し、小さく揺らぎ始める。


 ……どうやら今朝の私の拳は、血に飢えているようだ。


 スアンピはこちらを気にする風もなく、刃先を凝視しながら呟いた。


「……料理も、剣術も、負けねえからな!」

「よし、それじゃ一戦交えようか」


 私はスアンピの側に置かれていた予備の木剣を拾い上げ、スアンピと向かい合う。

 スアンピは突然の出来事に戸惑い、辺りを見回すが、直ぐにこちらへ向かい合い体勢を整える。

 柄を握った右手を引き切っ先をこちらに突き付け、右手に左手を添えてやや前傾姿勢を取っている。

 

 ……その突きが命中したら私は、徒では済まないと思うのだが?

 

 あまり深く考えず、勝つことにのみ集中しているのだろうスアンピに苦笑し、私は右手に握った木剣を前に差し出した。


「うおぁぁっっっ!!」


 私が木剣の先端を揺らすと、スアンピが奇声を上げて突き進んでくる。狙いは私の体の軸よりやや左側、第四肋骨と第五肋骨の間辺り──則ち、心臓だ。


「だから、本気でりにいってどうするよ」


 私は眉を顰めながら軽い笑みを浮かべ、右手を振り下ろしてスアンピの剣を叩き落とす。スアンピは腕への衝撃に耐え兼ね、木剣を地に落とした。

 衝撃により、手に痺れを感じているのだろう。スアンピは負荷の掛かった右手を左手で押さえながら、私を睨み付けてきた。


「お前は! 殺す気にならないと勝てねえだろ!」

「随分物騒な話、してんなぁ……」


 コンセルさんがこちらに気付いて歩み寄りながら声を掛けてくる。朝の自主練をしていたのか、普段着ている制服風の格好と違い、Tシャツのようなものに黒系のスウェットパンツというラフな格好だ。


「その心積もりは立派だが、練習で怪我をされては本末転倒だな」

「コ、コンセル様?! と、ま、魔王様?!」


 コンセルさんの言葉に頷きながら、魔王様がコンセルさんの背後から姿を現す。

 二人の姿に恐縮したのか、スアンピは顔色を赤らめ内股気味になりながら俯いてしまう。

 その豹変振りに思わず疑問を抱いてしまったが、考えてみれば、この大陸の王とその右腕であるナンバー2なのだから、萎縮するのが当然だ。前にファムルが二人と会った時も、緊張がこちらに伝わるほどだった。

 私ももっと敬意を表して畏まるべきかと考えていると、この状況で何時もの格好をしている魔王様に違和感を感じ、その全身を、頭から足下まで隈無く注視する。


 ……まさか魔王様、そんな窮屈そうなビラビラした服で朝の運動とか?


 私の訝しげな視線に気付いたのか、魔王様は己の服に目をやり、襟元を正しながら口を開いた。


「……私は仕事の息抜きで通り掛かっただけだ。訓練をしていた訳ではない」

「そうですか。相変わらず忙しそうですね……少し体を動かさないと、体に悪いですよ?」

「シホちゃん? その台詞、昨日いえたかな?」


 私が偉そうに魔王様へ説教をすると、コンセルさんが私を見ながら口角を上げる。


 ……ええ、まあ、人にいえた生活してませんでしたが。というか、いつまで続くか分かりませんが。


 気不味さを覚えた私はコンセルさんから視線を外し、空を見上げて口笛を吹く。


「……まあ、シホのいう事も尤もだな。少し付き合ってくれ」


 魔王様は顎に手を当てながら少し考え込むと、地面に落ちていたスアンピの木剣を拾い上げ、こちらに向かって剣を構える。

 私は思わずコンセルさんの顔を見上げるが、コンセルさんは頭を振り、私を指差す。


 ……え?! 私をご指名ですかい?!


 私は戸惑いながら木剣を握り直し、中段の構えをとった。


「……え、と……お手柔らかに」

「軽く打ち合うだけだ。身構えるほどでもないが……しかし、面白い構えをするな」


 魔王様は右手をやや引き、剣身を斜に構えたまま、私の構えを興味深げに眺めている。

 確かに私の構えは、剣道の開始などに使われる構えで、西洋っぽい雰囲気のあるこの世界ではあまり見られないのだろう。

 とはいえ私の構えも、あくまで自己流で習ったことはないのだが。

 私は魔王様に打ち込もうと、その動きを注視する。

 隙のない自然体で構えをとる魔王様へ打ち込む己をシミュレートするが、どこを打っても打ち返される姿しか想定出来ない。


「ちょっと! 魔王様! 隙がなさ過ぎて、打ち込めませんよ?!」

「む? そ、そうか、すまない」


 逆ギレする私に魔王様はわざわざ謝罪し、態とらしく構えを緩める。

 目の端には、笑いを堪えて体を震わせているコンセルさんの姿が見えるが、気にしてはいけない。


「はああっっ!!」


 気合いを入れ、魔王様の横腹目掛けて剣を振るが、魔王様の剣身に受け流され、私は魔王様に背中を向けそうになる。

 そのまま体を急回転させて剣を叩き込むが、既に軌道は読まれており、軽々と弾き返される。

 その力を押し返して鍔迫り合いに持ち込むが、魔王様は顔色一つ変えずに剣を受け止めていた。

 ……足の一歩も動かせないとは、結構な屈辱だ。


「くそ、だらあ!!」

「?!」


 私は剣に力を込め、魔王様の剣を己の剣で押し込み下に向けさせる。

 その剣に体重を乗せ、私は宙に浮かび上がり、そのまま体を回転させて魔王様の脳天目掛けて踵落としを放つ。

 魔王様はいきなりの反則技に驚愕し、上体を後方へ反らす。


「そこだ!!」


 私は魔王様の剣の鍔を蹴り付け、その勢いで横面に蹴りを入れる。

 魔王様は即座に腕を引き戻して私の足を受け止めるが、蹴りの勢いで足を一歩、横へ移動させた。


「よし! 一歩動いた!! 私の勝ち!」

「いつの間にかルールが変わっていないか?!」

「……どう見ても、シホちゃんの反則負けだろ」


 コンセルさんが呆れ交じりの笑顔で、口元に拳を当て呟く。

 私は深々と頭を下げ、二人に詫びを入れた。


「すいません。試合に負けてでも、勝負に勝ちたくなりました」

「……まあ、気持ちはすっげー分かるけどな」


 コンセルさんも魔王様には悔しい思いをさせられ続けているのか、私の言葉に困ったような笑みを見せる。

 しかし、反則は反則だ。この試合、私の負けは否めない。


 ……はて、何時から試合になっていたのだろうか?


「……もう一戦、頼もうか」


 不意に、私の蹴りを遮った己の腕を注視していた魔王様が、その腕から視線を外すことなく言葉を紡ぐ。

 そんな魔王様の表情は、眉根を吊り上げた薄ら笑いを浮かべている。

 負けず嫌いの魔王様は、反則攻撃を食らって、とはいえ己の足を動かしてしまったことに不服を感じているらしい。


「剣術以外の格闘を混ぜても良ければ……まあ……」

「魔王様、連戦は狡いですよ! 次は自分の番です!」

「……え? ……オレがまだ……」


 反則をした手前、仕方なく肯定の意を唱えようとすると、コンセルさんが眉尻を上げながら身を乗り出してくる。

 スアンピも試合内容に合点がいかないのか、少し離れた場所から遠慮がちに囁く。

 二人の様子に魔王様は腕を組み、空を仰いで黙考した。


「ふむ、そうだな……。では、シホとの対戦を賭けて、三人で試合をするか」

「え?!」

「へえ、面白そうですね」

「……何だそれ?」


 手を叩き、目を輝かせながら魔王様が妙案を告げる。

 その言葉にスアンピは顔色を青ざめさせ、体を震わせながら上擦った声を上げる。

 コンセルさんは好戦的な笑みで己の拳を掌に叩き付けている。

 私は二の句が継げず、魔王様を呆然と見つめていた。


「よし。では、対戦方法は魔法以外の肉弾戦、総当たりで一番勝率の良い者が優勝。優勝者にはシホとの対戦権利が与えられる、という内容で構わないか?」

「……何で?」

「おう!」

「……お、おう?」


 私の疑問は最早、耳に届いていないようだ。

 菓子以外で珍しくテンションの高い魔王様の言葉に、コンセルさんが拳を振り上げて賛同する。

 スアンピもその場のノリに合わせてか、意味も分からずコンセルさんの真似をして拳を掲げている。


 ……スアンピ、怪我はするなよ。


 私は楽しそうな二人+不幸者を尻目に、城へと戻っていった。




「うーん! フワフワもっちりしてて、美味しい!」

「このもっちりした感じは結構癖になるよね」


 私は厨房でパンケーキを口に運びながら、ファムルと話をする。

 早起きしすぎたため、朝食まで後一時間。どうにも我慢出来なかった私は朝早くから卵を泡立て、パンケーキを焼いていた。

 そこを通り掛かったファムルに声を掛けられて今に至る、といった状況だ。

 ベーキングパウダーがなくとも、しっかり卵を泡立てれば意外と何でも作れるものだ。

 作ってあったジャムで色々な味が楽しめるし、あっさり味のパンケーキもいいものだ。

 ファムルも厨房の作業台側に椅子を置き、嬉しそうにパンケーキを頬張っている。

 ……しかし、運動すると結局食べてしまい、あまりダイエットにはならなそうだな。

 私は今後の筋トレをどうするか脳内会議を始めると、ファムルが瓶からジャムを取り出しながら口を開いた。


「それにしても、シホちゃんを賭けて勝負って、何かロマンチックだね」

「え? どこが?」


 頬を朱に染めて微笑むファムルを不思議そうに見つめながら、私は疑問を投げ掛ける。

 ……三人の内一番強かった者と試合をするというそのシチュエーションの、一体どこら辺がロマンチックなのだろうか。

 私の脳内では、異種格闘技戦のシード争いが繰り広げられているのだが、果たしてファムルにはどのような光景が浮かんでいるのか、見てみたいものだ。

 私の言動に、ファムルは少々怯んだように顔を背け、暫しの沈黙を守る。


「……ん、と……シホちゃんを巡って争いが起こってる……トコ?」

「最終的にその勝者と、私は戦わなきゃなんだけど」

「そ、そこは考えちゃダメ!」

「……なるほど、それでいくか」


 私はファムルの言葉で妙案を思い付き、手を叩く。

 そんな私に、ファムルは口を開けたまま視線を固定させている。


「丁度、戦うの面倒だなって思ってたんだ。ありがとね、ファムル」

「……え? え? え?」


 滾る気持ちが収まり、すっかり戦闘意欲のなくなった私はパンケーキを口に押し込み、疑問で頭が一杯のファムルと別れ、三人が戦っているであろう庭園へと移動した。

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