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第17話:3ベリーのフロマージュ・クリュと酔っ払い

「これがフランリイですか」

「はい、ストレリイよりも酸味が強いので、肉料理にも合うんですよ。良かったらどうぞ」


 私はシロップおじさんからラズベリーもどきを受け取り、じっと見つめる。

 イクラほどの粒が幾つも重なり合う赤い実は、拳大ほどもある。

 これを一粒一粒、千切って使うのだそうだ。

 スアンピの、これを使った料理は見た事はあるが、実物は初めてだ。

 元世界でもラズベリーソースを鶏肉のソテーに掛けたものがあったし、肉料理とも相性がいいのだろう。

 シロップおじさんがラズベリーもどきを指差しながら丁寧に教えてくれる。

 私はラズベリーもどきを一粒千切り、口に入れる。

 爽やかな香りに、程良い酸味を帯びた甘味が口に広がる。

 粒から広がる果汁はラズベリーより多い気がするが、この味わいは確かにラズベリーによく似ている。


「……この黒いのは、どんな味ですか?」

「ミフティですね、これも肉料理のソースに使います。こちらも洗ってありますので、そのままどうぞ」


 シロップおじさんの言葉に、私は小さな籠に入った直径一センチほどの黒い粒を取り出し、口に放り込む。

 甘酸っぱい味わいはブドウに近いのか、つるんとした皮の部分にやや渋みを感じる。

 果肉は柔らかく大した抵抗もなく舌で潰されていく。

 果汁の量は、ブドウほどではないが、ブルーベリー以上はある、といった所だろうか。ブドウとベリーの中間、といった食感だ。


「……これで三大ベリー制覇、といった所かな」

「……?」


 私は、不思議そうに首を傾げて私を眺めているシロップおじさんに礼をいい、調理台にラズベリーもどきとブルーベリーもどきを置き、台の下から苺もどきを取り出した。

 まず、スポンジ生地を少量焼き上げる。

 三大ベリーもどきに砂糖とレモン汁を入れ、潰しながら煮詰め、ソース状にする。

 卵黄に砂糖を加えてよく混ぜ、片栗粉を混ぜた牛乳を温め、混ぜ合わせる。

 レモン汁、よく練ったチーズとソースを半量混ぜ、五分立てほどの生クリームを少しずつ混ぜ合わせる。

 残りのソースに水溶き片栗粉を加えて三大ベリーも入れ、少し煮詰める。

 型にスポンジを敷き、そこにチーズクリームを入れ、少し冷やしてからベリーを加えたソースを入れて冷やし固めれば、三ベリーのフロマージュ・クリュの完成だ。

 フロマージュ・クリュとはレアチーズケーキで、クリュが生という意味を表しているらしい。

 つまりこれは、べリーレアチーズケーキだ。

 ゼラチン代わりの片栗粉を控えめにしてフワフワ感を強調したため、切り分けが上手くいくか分からないが、まあ、美味ければいいだろう。


「お、美味そうなもん作ってるな!」

「これから冷やさないとだし、まだ食べられないよ」


 私の言葉に、コンセルさんは悲しそうな表情で指を咥える。

 そんなコンセルさんの様子に私は苦笑し、ケーキを冷蔵庫へ仕舞った。


「そうだ、おやつの時間にはまだあるし、ちょっと手伝ってもらえるかな?」


 私は厨房の奥から小さめのグラスを拝借し、コンセルさんに持たせて酒を注ぐ。


「わっ! な、何だ?!」

「菓子に入れる香り付用のお酒を模索したいんだけど、私は元世界でまだ飲酒可能な年齢に達してないからさ。代わりに飲んで、味と香りの特徴を教えてもらえないかな?」

「……俺、あんま強くないから……。そんなに知らないんだけど、いいか?」


 その発言に、思わず私は目を見開いて、コンセルさんの顔を覗き込む。

 嗜好で考えると、甘い物好きな魔王様より辛党で、何となく飲めそうな雰囲気であるコンセルさんが、あまり強くないとは意外だ。

 きっとザルだろうと思い込み、お願いしてしまって申し訳ないことをしてしまった。

 ちなみに魔王様は、味と香り以外楽しめないくらいアルコールが適応されない、ザルを越えた枠であるらしい。


「あ~ゴメン! それなら今度、魔王様に頼むし、気にしないで……」

「いや、大丈夫。俺がやるよ」


 何故かコンセルさんは突然奮起し、煽るようにグラスの液体を一気に飲み干した。


 ……いや、一気に飲んじゃ、細かい風味が聞けないじゃないか。


「……これは、味も香りもない気がするんだが……」

「ああ、それはきっと果実とかをつけたりする加工用酒だね。……加工酒、無味無臭、と。それじゃ、次はこっちを舐めてもらえるかな?」

「オッケー!」


 十数種類を調べた辺り、コンセルさんの頬は赤く火照り、目元も虚ろになっていた。


 ……そろそろ次回に持ち越した方がいいかな。


「有り難う。大分、分かったよ」


 私は手元の酒瓶を片付けながらコンセルさんにお礼をいう。

 コンセルさんに申し訳ないので、次回は魔王様にお願いした方がいいかもしれない。

 コンセルさんからグラスを受け取ろうと手を伸ばすと、何故かコンセルさんはグラスを横に移動させ、私の行動を阻止した。


「……まだ残ってるだろ。全部、調べちゃおうぜ」

「いや……コンセルさん、大分酔っちゃったみたいだし……」

「まだまだイケる! 瓶でも樽でもドンと来い!」


 どうやら完全に酔っぱらってしまったようだ。

 コンセルさんは自ら瓶を握り、グラスに注いで酒を煽り始める。

 と、その時、いきなりコンセルさんの体が横に傾き、そのまま床に倒れた。


「ちょっ! コンセルさん、大丈夫?!」


 コンセルさんの体を揺すり、覚醒を促すが、コンセルさんは微動だにしない。

 周囲を見回すが、調理人達は皆、奥で夕飯の支度をしているらしく、気付く者がいない。

 まさか、このまま床に寝かせておく訳にもいかず、私が床にしゃがみ込んで考え倦ねていると、何やら僅かにコンセルさんが動き出し、私の膝の上に頭を乗せ、ゆっくりと息を吐いた。


「……ゴメン、ちょっとこのまま……シホちゃんは、酒が弱い男って、嫌いか?」

「は? あ、いや、このままはいいんだけど……酒が弱いから嫌いって、意味分からないんだけど、どういうこと?」


 コンセルさんの質問の意図が分からず質問に質問で返すと、コンセルさんは目元に腕を置き、軽く溜息を吐いた。


「……いや、何か俺……スゲー情けないからさ……。……シホちゃんに嫌われちゃったかな、って……」

「んな馬鹿な」


 コンセルさんの呟きに、私は激しく反論する。

 何処どこ何奴どいつが、自分で酒が弱いという人に呑ませ、酔ったから嫌うというのだ。

 私は、結構ワガママな自覚はあるが、そこまで人でなしではないつもりだ。

 ここは寧ろ、コンセルさんが私を嫌う場面ではないのだろうか。いや、その権利がコンセルさんにはあるだろう。


 ……それはそれで大いに困るが……


 私が鼻息荒く抗議していると、コンセルさんは口元を緩ませ微笑した。


「……有り難う、やっぱシホちゃん優しいな」

「これで優しいとか、どんだけハードル低いんだ、コンセルさんは」


 私が空を見上げて軽い溜息を吐くと、コンセルさんは私の膝元で、何やらもぞもぞと動き出す。


 ……何、やってるんだ?


 私がコンセルさんに視線を戻すと、いきなり視界がまっ暗に変わり、私の体、前半分に温かい何かが纏わり付く。


 ……もしかして私、コンセルさんに抱き付かれてるのか?!


 私の脳内を電撃が走る。

 いや、全身を駆け巡る。

 ファムルやプレジアなど、可愛い女の子に抱き付く習性はあるが、抱き付かれることなどついぞない。


 ……昔、喧嘩相手が失神し、倒れ込んできたことが何度かあったような気もするが……それをカウントしてもいいのだろうか?

 ……そういえば、女性になら抱き付かれたこともあったような気もするな。


 私が脳内で展開される走馬灯への感想を思い浮かべていると、コンセルさんは頭を私の肩辺りに下ろし、体重を預けてくる。


「……気持ちわりい……吐きそう……」

「うを?! ど、どうしよう?! トイレまで我慢出来る?!」

「……私が連れて行こう」


 赤かった顔色はすっかり青白く塗り替えられ、眉間に皺を寄せながら口元を手で覆うコンセルさんを見、私は妙案を思い付くべく、頭と手を激しく動かす。

 すると背後から中低音バリトンの、よく通る声が響いてくる。

 声の主である魔王様はコンセルさんへ手を伸ばし、腕の付け根を掴んでそのまま抱え上げ、颯爽と歩き出した。


「す、すいません、魔王様! 有り難うございます」

「……いや……だが、以後コンセルに酒は飲ますな」


 魔王様は私を一瞥し、足早に厨房を出て行く。

 私は魔王様の元へ駆け寄り、コンセルさんの具合を伺いながら魔王様へ頭を下げる。


「そうですね。不注意でした、すいません」

「……いや、そうではなく……いや、そうだな……」


 魔王様はコンセルさんがお酒に弱いことを熟知しているのだろう。不愉快そうな表情で前方を見つめたまま去っていった。


 ……普通に歩いているように見えるのに、何て足が速いんだ!


 しかし、殆どこちらへ視線を向けなかった所を見ると、相当ご立腹のようだ。

 大事な側近を使いものにならなくしてしまったのだ、急な任務があった時などを考えれば当然だろう。


 ……当然同じ過ちを繰り返す気はさらさらないが、どうやってお詫びをするべきか……


 時刻はそろそろ三時半。魔王様が指定した、菓子の時間だ。

 もう一つ菓子を作る時間はなく、私はそのままフロマージュ・クリュを食堂へと運ぶ。

 そこには、魔王様と先生、それにすっかり顔色が良くなったコンセルさんも既に来ており、席に座ってこちらへ視線を向けていた。

 コンセルさんは元気そうに笑みを浮かべ、立ち上がって私の元へと歩み寄ってくる。


「ゴメン、シホちゃん! 魔王様に解毒魔術掛けてもらったんで、もう何ともないよ」

「おお! それは良かった!」


 流石、魔王様! 悪酔いを治す術までお持ちとは、便利……いや、一家に一人……いや、凄いな。

 コンセルさんは微妙に頬を紅潮させ、私を見つめている。


「シホちゃん、抱き心地良くて気持ち良かったから、今度、素面の時に良いかな?」

「まだ酔ってるだろ、コンセルさん!」


 恐らく揶揄からかわれたのだろう、コンセルさんは白い歯から光を零し、席に戻っていく。


 ……抱き心地良い、か。昔は固くて抱き付いた女の子に嫌がられていたんだが……


 ここへ来てから運動をあまりせず、三食ガッツリ食べている上、菓子も食べているし、ウエスト周りがふくよかになった気もする。


 ……ちょっとは運動した方がいいかもしれんな。


 私は腹部へ視線を落とし、筋トレを心に決めてから、ケーキを切り分ける。


「果物が沢山! 甘酸っぱくて美味しいですね!」

「ギュージーの濃厚さと果物が合ってて美味いな!」


 先生はチーズケーキを口に入れ、歓喜の声を上げながら恍惚とした表情でケーキを見つめる。

 コンセルさんも顔を綻ばせて、ケーキを頬張っている。

 魔王様は無言のまま、ケーキを口に運んでいた。


「……あれ? 魔王様、どうしました?」


 いつものように讃美の言葉を並べず、黙々と食べ続ける魔王様の様子を可怪しく思った先生が、魔王様へ視線を移動させる。

 先生の声で我に返った魔王様は少々狼狽したように首を動かすが、直ぐに落ち着きを取り戻し、再びケーキに向かい合った。


「……いや、うむ。コクのあるギュージーに果物の酸味が合い、美味いぞ」

「……もしかして、甘味が足りませんでしたか?」


 魔王様の態度に私は脳の疲れを危惧し、魔王様の顔を眺めながら呟く。

 魔王様は私を一見し、ケーキを載せたフォークを口に入れた。


「……いや、これはこれで美味い。……しかし、そうだな。少し疲れているのかもしれんな」


 魔王様は自分に切り分けられたケーキを平らげると、そのままフォークを置き、ホットチョコの入ったカップを口に運ぶ。

 ホールがまだ残っているのにも拘わらず、それを要求してこないとは、魔王様に一体何があったというのだろうか。


 ……もしかして今日のケーキは不味いのだろうか?!


 自分でも改めてケーキを口に運ぶが、卵黄を加えたレアチーズは濃厚な旨味が増しており、ベリーの甘酸っぱさが甘味を諄く感じさせないよう口の中を爽やかに演出している。

 強いていうなら、チョコケーキの類よりは甘さが少なく、こってり濃厚な旨味というには弱いかもしれないが……

 私は厨房へ、砂糖を加えたココアパウダーを取りに行き、ココアパウダーの入った壺を魔王様に差し出した。


「これを掛けると、より濃厚で甘味が増すと思います。どうぞ」


 元世界でもチョコを入れたレアチーズケーキは出回っており、ベリー系とチョコの相性はいわずもがな、このケーキとココアパウダーの相性も良いだろう。

 私が差し出す壺を前に、魔王様は壺を受け取るか受け取らないかで考え倦ねているのか、手を出したり引っ込めたりしている。

 そんな魔王様の様子にコンセルさんは思わず失笑し、私に声を掛けた。


「シホちゃん、魔王様は俺がシホちゃんに抱き付いたから嫉妬して、食欲が落ちたみたいだから、気にすることないぞ」

「な?! コ、コンセル?! 妙な憶測を述べるな!!」

「まあ!!」


 コンセルさんの奇妙な発言に、魔王様は反論を述べるために立ち上がり、先生は頬を染めて魔王様とコンセルさんを見比べている。


 ……魔王様とコンセルさんは妙に仲が良いから、そういうこともあるのかもしれない。


 私は魔王様へ優しく微笑みかけ、危惧しているであろう事柄をはっきりと否定した。


「……魔王様、嫉妬なんかしなくてもコンセルさんを取りはしませんよ」

「何故そうなる?! ……いや、まあ、それでいい、か……?」

「良くありませんよ?! 魔王様しっかりしてください?!」

「ま、まあ、二人は……?!」


 私の主張に、魔王様は私を驚愕の眼差しで食い入るように見つめるが、何やら考え込みながら視線を外し、椅子に座り直す。

 そんな魔王様へコンセルさんは足早に歩み寄り、机を叩いて抗議し始める。

 先生は両手で頬を掩い、魔王様とコンセルさんの様子を複雑な表情で伺っている。


 ……実際は恐らく、抱き合ってるように見えたコンセルさんと私の様子に吃驚し、コンセルさんの子供時代を知る魔王様が父親のような心境になった、といった所だろうか?


 私は仲の良い二人に少々意地悪がしたくなり、フォークでケーキを切りながら呟いた。


「……まあ、長い人生一度くらい、同性と恋愛しても良いんじゃないですか?」

「「冗談じゃないぞ?!」」


 二人は声を揃えて私に異議を申し立てる。

 本当に仲が良いな、この二人は。

 私もファムルと親友を越えるくらい仲良くなりたいものだ。

 しかし先生は私の態度から胸の内を察したのか、眉尻を吊り上げて私を睨み付けた。


「……シホさん、あまり殿方を揶揄からかうものではありませんよ?」

「すいません、つい」


 私が素直に謝ると、魔王様とコンセルさんは椅子の背もたれに寄り掛かり、安堵の溜息を漏らす。


「……シホ、やはり代わりを貰おう」


 すっかり調子を戻した魔王様はケーキを何度もお代わりし、凄いスピードで平らげていく。


「あ! 俺も! ……って、もうない?! ま、魔王様!!」

「ああ! もうないんですか?!」

「うむ、美味い! 流石シホだな」


 お代わりを一回しか出来なかったコンセルさんと先生は魔王様に抗議するが、魔王様は左眉を上げたまま、己のケーキを堪能している。

 相変わらずの喧噪に私は満足し、紅茶を啜った。

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