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第15話:マンゴーもどきジャムマフィンと台風一過……?

 魔王云々はともかく、城下町の露店はなかなか見応えがあった。

 甘いモノがドライフルーツ程度なのに、あれだけの種類の食べ物を展開出来るというのは逆に凄いことじゃないだろうか。


 ……私も見習って色々な菓子を開発したいものだな。


 しかし取り敢えず今は勉強に集中せねば、先生に怒られる。

 改めて集中しようと目の前のノートに視線を向けると、眉を顰め、怒りのオーラを漂わせた笑顔の先生が視界に映る。


 ……確実に、他のことを考えていたのが、バレている。


 先生は、深い溜息を吐きながら机の上に小さな小瓶を載せた。

 掌で隠れるくらいの小さな瓶の中には艶々とした光を放つ、苺ジャムに似た赤い粘質状のものが入っている。

 先生はその蓋を開けて耳かきサイズの小さな匙で中身を掬い、私に食べるよう促す。

 苺に似た風味のある果物を砂糖で煮詰めたような味、則ちジャムの味がする。


 ……似た、じゃなくて、もしかしてそのものか! この世界でもあったのか!


 私は妙に嬉しくなり、その瓶を手に載せ、様々な角度から注視する。

 私が瓶を興味深く注視していると、先生は徐に瓶を指差しながら口を開いた。


「……これは、とあるルートで入手した魔力回服薬です。ストレリイにシガルを加え、魔力を注ぎながら煮詰めたものです」

「へえ、魔力回服薬なんですか、パン……ブレンに塗って食べるのかと思いました」

「それは……美味しそうな方法ですが、塗るにはちょっと……」


 消費の激しいジャムの食べ方に先生が眉間に皺を集めて難色を示すことから、これがかなり高価なものであることが伺える。

 だからこんなに小さく、ちょっとだけしか舐められないのか。

 私が不満げにジャムの瓶を見つめていると、先生は私の耳元に顔を寄せ、力の籠もった小声で呟いてくる。


「……この中身をよく見てください……魔力の粒が見えませんか?」

「……え……?」


 ジャムに何で魔力の粒があるのかと思ったが『魔力回服薬』というくらいだし、ジャムとは調理法が根本的に違うのだろう。

 先生に移動させた視線を改めてジャムへ戻し、注視してみる。と、これが回復を促すのだろうか。確かに小さな光の粒がジャムから湧き出ているかのように漂っている。


「……あー、確かに見えますね。だから魔力が回復するんですか」

「これがシホさんの菓子にもあるんですよ」

「はい?!」


 私の疑問に返答された先生の言葉に私は驚愕し、先生を見返す。

 私の視線に先生は満面の笑みを返し、言葉を付け足した。


「作る時に魔力の粒を意識して、どういう作用を及ぼそうとしているのかよく見てみてください。これが宿題です」


 そういえばすっかり忘れていたが、大分前に私の菓子は魔力回復の力があるとか何とかいわれたような気がする。


 ……それを今度は意識して、どういう作用を及ぼそうとしてるかまで分かれ、だと?!


 一応魔力の粒は見えるし、どうにか自分の意志で動かせるようになったが、それがどう動けばどういう効果になるとかなど、はっきりいって、さっぱり分からない。

 私は元気よく右手を上げて、先生に質問を繰り出した。


「先生! 動きは見えますが、どう動けばどういう効果になるのかは、さっぱり分かりません!」

「……そ、そうですか……では、どういう動きをしているか、観察してみてください。見ている内にどういう動きがどんな作用を及ぼすか分かってくると思いますよ」


 私の質問に少々動揺を見せた先生だったが、何とか宿題の難易度を下げることに成功した私は、足早に畑へと移動した。


「春の収穫、苺もどきに枇杷もどきとマンゴーもどき、メロンもどきもそろそろか~?」


 元世界でグレープフルーツは年中出ていたが、何気に旬は春だったりしていた。

 こっちの旬は元世界とどれだけ違うのだろうか。

 苺もどきも既に冬からあったが、やはり旬は春らしい……ということは、大体同じなのだろうか。

 足取り軽く畑の側まで辿り着くと、何やら甘い香りが漂ってくる。

 実になっている仄かな香りではない、もっと強い香りだ。

 私は警戒を強め、ゆっくりと畑に近付く。

 その地面には、体中を真っ赤に染め、俯せに倒れているプレジアの姿があった。


「プ、プレジア?!!」

「……う……」


 血塗れで横たわるプレジアが、微かな呻き声を上げる。

 その体からは果物のような甘い香りが漂っていた。


「……プレジアを殺した犯人は誰だ?!」

「勝手に殺すでないっっ!!」


 私の言葉にプレジアは即座に起き上がり、眉を吊り上げて私の後頭部を叩く。

 プレジアに塗れているのはストレリイらしい。……いや、匂いで分かったけど。


「……サジェスが……魔術を施していると思い込んでいた故……少々油断したのじゃ……がくっ」

「プ、プレジアアアアアッッッ!!」


 そういえばシロップおじさんから苺の苗を分けてもらったんだった。

 そうか、ここの苗は魔王様が全部調教済みだから攻撃してこなかったのか。

 理由の判明した私達は再び演技に戻るため、プレジアは横たわり、私はその亡骸に縋り付く。

 何だかんだいいながら乗りの良いプレジアは、再び不思議畑殺人事件被害者役を買って出てくれた。

 私もつい乗り良くプレジアを抱き締めたため、ストレリイに塗れてしまった。


「……シホちゃんとプレジア様……何の遊びだ?」

「……あ、犯人役、登場」


 通り掛かったコンセルさんが不思議そうに私とプレジアの様子を注視しながら声を掛ける。

 私が思わず発した発言に、コンセルさんは首を傾げ、顎に手を置き考え込んでしまった。


「ゴメン、ゴメン。ちょっとプレジアが畑のストレリイを盗もうとしてさ。これ、料理長のおじさんに分けてもらったものだから、攻撃性が残ってたんだ」

「ああ、それで真っ赤なのか。なるほどな、プレジア様は思い込みが激しいから、不意とか非常事態に弱いんだよな」

「盗むとは人聞きが悪いのう! ちょっと分けてもらおうと思っただけじゃよ! ……コンセル!! 何気に悪口をいうでないわ!! 流石の儂も傷付くのじゃ!!」


 私がコンセルさんに状況説明をすると、コンセルさんは合点がいったとばかりに右手の拳で左の掌を叩く。

 その説明があまりにも適切過ぎたため、プレジアは弁明しようと立ち上がり、コンセルさんと私の前で力説し始めた。


 ……けど、これで苺の実は全部なくなってしまったな。


 私が収穫出来るものを探すために周囲を見渡していると、罪悪感からかプレジアも苺の代わりになりそうな果物を探し始める。

 そんなプレジアの様子を見、一人佇んでいる訳にもいかなくなったコンセルさんも捜索に乗り出し、三人で畑中を捜査し始めた。


「シホちゃーん、このデカいのって食べられそうじゃないかー?」


 遠くで木本を調べていたコンセルさんが、大声を出して私に尋ねてくる。

 声の元へと歩み寄ると、背の高い木の枝に大きな青緑色の実が幾つも重なり合い、枝を撓らせている。

 実の大きさは直径四十センチほどだろうか、先端の尖った楕円形をしており、それが十個ほどぶら下がっている。


 ……よく枝が折れないな……。


 私は感心しつつ、その実を一つ捥ぎ取ってみる。

 凸凹のないツルンとした表皮の実からは、甘く爽やかな香りが漂っている。


 ……食べ頃ではあるようだな。


「ちょっと試しに食べてみようか」

「おお! 待ち侘びたぞ!」

「どんな味がすんだろな?!」


 どうやらコンセルさんもプレジアも見たことがない果物らしい。

 二人とも瞳を輝かせて果物に見入っている。

 私は収穫用に持ってきた小型ナイフを取り出し、実に刃を入れる。

 切れ込みの入った皮は、そのはち切れんばかりの果肉に押し広げられ、薄い表皮が捲り上がる。

 浮き上がった表皮をナイフで挟み、引き剥がしていくと、黄色いその果肉から溢れ出す果汁が滴り落ちていく。


「凄い果汁だな!」

「う、美味そうじゃな!」


 二人は生唾を飲み込み、切り分けた果肉を一気に頬張る。

 とその途端、口を尖らせ、眉尻を下げながら私を見つめてた。


 ……何なんだ、一体?


 私もその身を口に入れ、思わず口を尖らせる。

 甘い香りに反し、かなり酸っぱい。

 しかし、酸味が薄れた頃に訪れる甘味は濃く、マンゴーに似ている気もする。

 その上渋みがないため、慣れてくると酸味自体も癖になる味だ。


「……この甘い味は結構好みなんじゃが……」

「流石に酸味がキツ過ぎだな……」


 コンセルさんとプレジアにはこの酸味が好みではないらしく、眉を顰めて果肉を見つめている。

 二人の様子に私は今日の授業を思い出し、この果物に合いそうな調理法を思い付く。


「なるほど、これはジャムにするといいのかも」

「『じゃむ』?」


 不思議そうに私を見つめる二人に、私は満面の笑みで片目を瞑り、親指を立てた拳を突き付けた。


 マンゴーもどきを抱え、私は厨房の調理台に向かう。

 マンゴーもどきの皮を剥き、適当な大きさに切り、鍋で砂糖と煮詰める。

 火を入れたマンゴーもどきはゼリーのようにぷるんとした食感で、酸味も程良く消えている。


 ……勝った!


 何に勝ったのか分からないが、私は心の中でガッツポーズをして本格的に調理し始めた。

 バターに砂糖を加え、クリーム状になるまですり混ぜる。

 よく泡立てた卵を数回に分けて混ぜ、篩った小麦粉と牛乳をそれぞれ二度に分けて混ぜる。

 こうすると水分とバターが分離し辛くなる。

 最後にジャムを入れザックリと混ぜ、小さめのカップ型に入れて焼けば、ジャム入りマフィンの出来上がりだ。

 アメリカ式ケーキマフィン、所謂いわゆるカップケーキだ。

 カップケーキはケーキにフロスティングなどのデコが入り、マフィンはパンに近く生地の中に具のようなものを混ぜ込むのだとか、材料の比率が違う、そもそも作り方が違うなどといわれているらしい。

 私の場合、あまり甘さ控えめだと魔王様の反感を買うし、デコるのは少々面倒なので、中間といった所だろうか。

 私はマフィンを皿に載せ、食堂へ移動した。


「シホさん、魔力の粒はどうでしたか?」


 食堂へ入るなり、先生が私に歩み寄り成果の程を尋ねてくる。


 ……すっかり忘れてて見てないとは、いいにくいな。


 私は曖昧に相槌を打ちながらマフィンをテーブルに並べると、先生は少し落胆の表情を見せながら嘆息し、席に戻っていった。


「……まあ、初日からそんなに成果がある訳ないですよね。……まさか面倒臭いからしなかった、ということはないですよね?」

「いえ、違います」

「あ、あら、ご免なさい。シホさんを疑ってしまうなんて……」


 私のハッキリとした態度に、先生が取り乱しながら頭を下げる。


 ……面倒な訳でなく、忘れていたからなのでハッキリと否定したが、謝られると罪悪感が浮かぶのは何故だろうか。


 私の心を見透かすように、魔王様とコンセルさんが苦笑している。


「それより早う!! 儂は菓子が食いたいぞ!!」

「ゴメン、ゴメン」


 プレジアがフォークを構え、私に催促する。

 明日はちゃんと魔力の粒を見ようと心に決め、プレジアに謝りながら席に着いた。


「ふふぉおおおおぉぉぉっっっ!!」

「……うむ、外はサクッとしているが中がフワッとしている、この差がまた良い」

「これがあの果物か!! 別物みたいに美味いな!!」

「うん、煮ると酸味が結構消えるから、あの果物には丁度いいかと思ってさ」


 プレジアの奇声を背景音楽(BGM)にし、私はコンセルさんに説明する。

 どうせ焼くことで火を入れるから生のまま入れても良かったのだが、万が一甘くならなかったことを考えてジャムにしてみた。

 確かに砂糖で甘く煮たことでコクが増し、より一層果汁の甘味が引き立っていた。

 魔王様も悦に入った表情でマフィンを貪っている。


「こういう果物の食べ方、いいですね!」


 先生もマフィンを口に運ぶと、瞑目しながら天井へ顔を向け、夢見心地の表情になる。

 実は先生、魔力回服薬の味が気に入っているんじゃないだろうか。ジャムを使ったお菓子が結構好評だ。

 プレジアは一心不乱にマフィンを頬張っている。


「……お楽しみのところ、失礼します」


 突然食堂の扉が開き、黒尽くめの男が五人ほど現れ、プレジアを取り囲む。

 プレジアは男達を一瞥し、鼻で息を吐くと再びマフィンを口に運んだ。


「……プレジア様、そろそろ戻っていただかないと、仕事に支障が……」

「嫌じゃ。儂は此処が良い」


 男達の言葉にプレジアはマフィンを貪りながら呟く。


 ……一体何者だ?


 私が疑問に思い男達を刮目していると、魔王様は軽い嘆息を吐いてプレジアに話し掛けた。


「……そろそろ戻ってやれ。お前が精霊界の仕事をせねば、私の仕事にも支障をきたす」

「嫌じゃ!! 儂は此処でシホと楽しく暮らすのじゃ!!」

「プレジア……仕事があったんだ」

「?!! み、見損なっては困るのじゃ! 儂はこれでも精霊界の重鎮じゃぞ?!」

「……御自覚があるなら、きちんとこなしてください」

「い、嫌じゃあ!!」


 どうやらこの男達はプレジアの部下である精霊達らしい。

 自分の仕事をしない上司を連れ戻しに来た、といった所だろうか。


 精霊界も個々の意識が芽生えると統制を取るのに苦労するようだ。

 私はプレジアの言葉に胸を熱くしつつ、プレジアの見た目にそぐわぬ話の内容に、思わず口を挟む。


 ……どう見ても四~六才くらいの幼女なのに、仕事か……


 私の言葉に反論を述べながらも、やっていることは幼い子供そのものだ。

 プレジアは服を引っ張り連れて行こうとする精霊達の力に抵抗し、必死でテーブルの脚にしがみ付いている。


「テーブルにしがみ付くな!! ……仕事が終わったら、また来れば良かろう?!」

「ほら! サジェス様もああ仰ってくださってますし!! 仕事に戻ってくださいよおお!!」


 プレジアと精霊達の動きにより、テーブルの上は激しい揺れを引き起こす。

 魔王様は慌ててマフィンの入った大皿を抱え上げ、揺れにより床に落下する危険を回避する。

 コンセルさんや先生も自分のマフィンとカップを手に持ち、テーブルから遠離った。


「い、嫌じゃあ!! シ、シホ!! 助けるのじゃ!!」

「……いや、でも……」


 せっぱ詰まった精霊達の表情を見るに、どうしてもプレジアの力が必要なのだろう。テーブルの脚にくっついて離れないプレジアを、決死の形相で引っ張っている。

 しかし精霊五体の力に負けない、プレジアの腕力もかなりのものだ。


「……仕事が終わったら、豪華な菓子でも作るよ」

「え?! じゃが……それは明日の菓子では駄目かの?!」

「駄目ですよおお!! 早く帰って仕事してくださいいいい!!」


 プレジアが帰るのは寂しいが、この状況を見て駄々をこねられるほど、私は子供ではない。

 私が優しく諭すように告げると、プレジアが縋るような上目遣いで尋ねてくる。

 思わず「うん」といいそうになったが、そこは部下の人達が先に答えてくれて良かった。


「直ぐ! 直ぐに終わらせてくるのじゃ! 良い菓子を模索しておくのじゃぞ?!」


 プレジアは漸くテーブルから離れ、部下達に抱えられながら食堂を後にする。

 マフィンや飲み物はどうにか避難させたが、テーブルはクロスが剥がれ落ち、中央に飾られていた花瓶はひっくり返って水を滴らせ、小皿は床に破片を撒き散らし、結構な荒れ模様だ。

 荒れ果てたテーブルを見つめ、その場にいた全員が無言のまま立ち尽くしていた。


 ……プレジアェ……

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