閑話3:Y1デーにミルリントンと苺もどきのクラフティ
小話をこちらに閑話として入れました。
よろしくお願いします。
「シホちゃん、これY1デーのプレゼント」
「……有り難う……? ……わいわん……でー?」
厨房で作業する私にコンセルさんが話し掛ける。
その手には可愛らしい布袋に包まれた細長い物があるが、それより気になるのは摩訶不思議な単語だ。
……一体「わいわんでー」とは何なんだ。K1の親戚だろうか? それでプレゼントとはどういうことだ?
私は袋を受け取りながら、首を傾げてコンセルさんに尋ねた。
「ほら、Xデーにプレゼント貰ったろ。そのお返し一回目が今日だからな」
「ああ、それでY1デーなんだ」
コンセルさんが事細かに説明してくれるのを聞き、私は合点がいって大きく頷く。
そういえばこっちの世界ではバレンタインのお返しが三回あるんだった。
ファムルにはバレンタインもあげたけど貰いもしたから、やはりお返しが必要か。
プレジアにも、届ける手段があるならプレゼントしたいところだ。
私は何を作るか考えながら手元のプレゼントに視線を移す。
長さ一メートルほどだろうか、結構な長さに幅二十センチほどの物体は、何が入っているのか想定出来ない。
「有難う! 開けてもいいかな?」
「ああ! きっとシホちゃんに似合うと思うんだ」
似合う、という言葉が出るということは、装飾品か衣類辺りだろうか。
私は綺麗なリボンを丁寧に外し、袋から中身を取り出す。
光を反射する黒い金属を編んだような細長い棒が視界に入ってくる。
その部分を掴み、袋から引き出すと、黒地に金の模様が刻まれた鞘に身を包む剣が現れた。
「……コンセルさん……これ……」
「唯の剣じゃないぞ?! ちょっと出してみてくれよ!!」
コンセルさんは興奮状態で剣を指差す。
気迫に飲まれた私は促されるまま剣を鞘から抜く。
刃を帯びた剣身の逆側には奇妙な凹みが、等間隔に幾つも連なっている。
「これ、ソードブレーカーっていう利き手と逆の手に持つ武器で、ここの凹みで敵の剣を受け止めてへし折れる珍しい剣なんだぜ!! しかもこれは持ち手も剣身も長めで、両手剣としても使えるという優れものだぞ!!」
「……ほう……」
熱を帯びて語るコンセルさんとは対照的に、私は若干冷ややかな気持ちで剣を凝視する。
……凄い剣なのかもしれないが、菓子職人である私が持って、どうしろというのだろう。
私は剣を鞘に収め、調理台の脇に立て掛けた。
「有難う。部屋に飾るよ」
「いや、かなり実用的だぞ?!」
コンセルさんは両手を広げてこの剣の素晴らしさを熱弁し始める。
……いや、だから菓子職人に実用的な剣を渡してどうするんだ。
困惑気味に応対する私に気付いたコンセルさんは我に返り、視線を反らして頭を掻く。
「……これで剣に目覚めないかと思ったんだけど、やっぱ無理か」
「……やっぱりか」
コンセルさんの言葉に私は頬を引き攣らせ、コンセルさんを半目で見る。
どうもコンセルさんは私と戦いたくてしょうがないらしい。
……ここに来てからずっと運動してないし、大分鈍ってるから面白くないと思うんだけどな。
コンセルさんの中で私はどんな屈強の戦士扱いなのか想像を膨らませていると、厨房の奥からスアンピが躊躇いながら近付いてきた。
「……た……大したもんじゃねーケド、一応オレも貰ったしな……」
「へえ! 有り難う」
外方を向きながらぶっきらぼうにスアンピが何かを差し出してくる。
まさかスアンピがくれるとは思わなかったので、喜びも一入だ。
私は差し出された品に両手を伸ばしながら視線を向ける。
スアンピの手には、金属で出来た小手に三枚の刃が取り付けられたクローが載っていた。
「お前もかあああ!!」
「な、何だよ?! 一番似合いそうなモンじゃねーか」
「おお! ナイスチョイスだな、少年!!」
思わず私はスアンピに雄叫びを上げる。
私の声に驚き、体を後退させるスアンピに、コンセルさんが嬉しそうな表情で賞賛の声を掛ける。
……菓子作りをしているというのに、どうして私に似合う物イコール武器になるのだろうか……
私は人との見解の相違に、頭を抱えて考え込む。
……そりゃ、『ふわふわおっとり』には程遠いが、それほど攻撃性を帯びた人間ではないつもりなんだが……
私が思い悩んでいると、今度は魔王様が現れ、煌びやかなリボンが巻かれている絢爛な布に包まれた品を、私の前に差し出した。
「……シホ。……Xデーの礼だ」
「……有り難うございます」
魔王様には申し訳ないが、正直、もう嫌な予感しかしない。
魔王様から手渡された物体は、三十センチの長さに幅十センチほどの硬い物体だ。
恐る恐るリボンを解き、布を広げると、嫌な予感に反し、中には赤味を帯びた金属が光を放つ、麺棒のような物が二本、並んでいた。
……麺棒? しかし、長さや太さが違うならまだしも、全く同じ物を二本も?
武器でなかった喜びを噛み締めつつ、私が棒を凝視しながら沈黙を保っていると、魔王様が徐に説明し始める。
「オリハルコンが足りなくてな。三回に分けて贈る事にした」
「……オリハルコン……三回……」
私の中の嫌な予感が頭を擡げる。
……麺棒にオリハルコンはないだろう。然も麺棒六本とはとても考えられない。ということは、これは……
私の不安を余所に、魔王様は自慢げな表情で言葉を続けた。
「今回は棒二本、七月も棒二本、十一月に棒を一本と接続部分の鎖をプレゼントし……」
「有り難うございます。生地を伸ばすのに良さそうですね」
棒が五本で間を鎖で繋げれば、五節棍の完成だ。
……五節棍を私にどうしろというのだろう。
私は魔王様の言葉を途中で遮断し、この金属を麺棒として使用する旨を報告する。
魔王様は私の態度に眉根を下げ、寂しそうに呟いた。
「……魔力を注ぎ込めば一本の棍として使用可能になるよう調整している。戦闘パターンは無限に広がるぞ?」
「……菓子職人に戦闘を求めんでください」
「……魔王様でも駄目、かあ。シホちゃんは手厳しいな」
「……こんないいモン貰って文句とか、我が儘すぎねえか?」
魔王様が悲しそうに俯くと、コンセルさんとスアンピも、顔を見合わせて深い溜息を吐く。
……正直、武器以外なら、どんな使えなさそうな品でも大喜びする自信があるのだが……
私は申し訳なさと、誰も理解してくれない傷心で心を満たしていると、誰かが私の肩を叩く。
……これ以上私に武器を与えるなら、望み通り狂戦士になってやる!
私はヤケになりながら振り向くと、シロップおじさんが立っている。
私の表情に若干躊躇いを見せながら、シロップおじさんは小さな苗の植わった鉢を私に手渡した。
「シホさん、Xデーのお礼です。株分けで申し訳ありませんが、味はかなり良い品ですよ」
「うわああ!! おじさん、お礼なんて良かったのに!! でもすっっごく嬉しいです!! 有り難うございます!!」
針金を曲げたようなヘアピンでも過剰に喜べる自信があった私に、シロップおじさんが的を射たプレゼントをくれる。
私は感動のあまり鉢植えに頬擦りし、満面の笑みでシロップおじさんに礼を告げる。
シロップおじさんは頬を赤く染め、照れくさそうに微笑むと、厨房の奥へと去っていった。
「……仕舞った、初心を忘れていたな……シホは菓子に関する物を喜ぶのだったな」
「そういえば……イメージが先行して忘れてましたね」
「てか、武器以外のイメージが湧かなかったお前が悪い」
「……どんなイメージだよ」
各々の言い分を一刀両断し、貰った武器を並べ、注視する。
脳内に浮かび上がる戦闘イメージでは、どれも護身というには過剰攻撃であるが、バリエーション豊かに戦え、確かになかなかの品であることが伺えた。
「……気持ちは有難く受け取るけど、お返しとか気にしないでくれると助かるな。三人とも有り難う」
「うむ……次回は別の品も添えるとしよう。必ず感嘆の声を上げさせてやろう」
「俺も、贈りたい物と喜びそうな物の折り合いを付けてみるよ」
「武器なら知り合いのおっちゃんから色々貰えっから、何かシホがウケそうなのを探してやるよ」
「……いや、ホント、気持ちだけで十分っす……」
三人は私の話を聞き入れず、次回について匂わせた発言をする。
その口振りから、どうあっても武器系が贈られるのは避けられない事態のようだ。
私は口端を引き攣らせながら笑みを浮かべ、菓子作りの作業へ戻る。
卵を溶き解し、砂糖と生クリームにアーモンドプードルを加えて混ぜ合わせ、溶かしたバターを入れて混ぜる。
寝かせて空焼きしたパート・ブリゼにクリームを注ぎ、焼き上げれば、ミルリントンの出来上がりだ。
ミルリントンはフランスの菓子で、アーモンドと乳製品の風味を活かした小さなタルトだ。
「……これを配る方にするか。んじゃ、今日の菓子は……」
この菓子を皆に配れば一人当たりの量はかなり減ってしまう。
それで魔王様が満足する訳がない。いや、コンセルさんや先生も不満になるであろう量だ。
他の菓子を作るため、何かないかと周囲を見回すと、シロップおじさんに貰った苺もどきの苗が目に入る。
そのまま厨房の端へ視線を移動させると、果物籠にも苺もどきが溢れている。
「んじゃ、サクッと作るか」
卵に砂糖と小麦粉、生クリームに牛乳とバニラオイルを加えてよく混ぜる。
そのアパレイユを器に注ぎ、苺を並べて焼き上げれば、苺もどきのクラフティの出来上がりだ。
焼きプリンのような味わいで簡単に作れ、重宝する菓子だ。
フランスのリムーザン地方発祥で、その地域はサクランボがよく採れるため、本来はサクランボを使うらしい。
タルト生地の中にアパレイユを流し入れて焼くのだが、もう一つの菓子にタルト生地を使ったため、今回は省略した。
ミルリントンを配りながら食堂へ向かうと、いつの間にか移動していた魔王様とコンセルさんが席に着いてケーキを待ち侘びていた。
「うむ、美味い! 何だか落ち着く味だな!」
「甘い所に酸味のあるストレリイが効いてて美味いな!」
「火の通った果物って私、好きなんです! フワフワした食感に甘い味もいいですね!」
「あ、あとこれ。良かったらどうぞ」
私は小袋に入れたミルリントンを三人に配る。
三人は恐縮しつつも顔を綻ばせ、ミルリントンを手に取った。
「……私、Xデーに何もお贈りしてないのに……有り難うございます! 実は……」
「……うむ、やはりY2デーは奮発せねばならんな!」
「ですね!」
先生が何かを告げようとするが、二人の言葉に表情を曇らせる私を見、口を噤む。
魔王様とコンセルさんはミルリントンを頬張りながら、お互いの顔を近付け、小さな声で話し始めた。
「……ベルトのバックルになるメリケンサックか……」
「自分はヘアアクセになる折りたたみの小型ナイフが良いかと……しかし、確かにそれも……」
どうやらY2デーについて、お互いの案を議論し合っているようだ。
プレゼントという名目で楽しんでいるとしか思えない魔王様達の様子を見た先生は苦笑いを浮かべ、私に視線を移動させる。
「……何やらダシにされているようですね……」
「……ですよね……」
私は軽く溜息を吐いて紅茶を啜る。
先生も苦笑いのような複雑な表情を私に向けながらクラフティを口に運ぶ。
魔王様達の話は興に入り、密やかだった声が徐々に大きくなっていく。
「やはり、吹き矢仕込みの麺棒ではないかと!!」
「いや、毒針仕込み泡立て器ではないか?!」
現在は、どんな暗器が私に合うかの討論になっているようだ。
……吹き矢とか毒針とか、菓子を作る器具に毒仕込んでどうする気だ?
私は瞑目し深呼吸をして、独り言のように小さく呟いた。
「……また武器寄越したら、問答無用でぶっ飛ばすかな……」
「「?!!」」
私の呟きに、魔王様とコンセルさんは衝撃を受け、素早く私へ顔を動かす。
二人の額には大量の汗が浮き上がり、顔色を青ざめさせていく。
私は魔王様とコンセルさんに満面の笑みを向け、口を開いた。
「……いらないですから、ね?」
「「……はい……」」
魔王様とコンセルさんは私の言葉に頷き、静かにクラフティを食べ始める。
暫しの沈黙の後、先生は微妙に体を震わせながら私に声を掛けてきた。
「……実は私も……剣仕込みの杖なんですが……ぶ、ぶっ飛ばさないでくださいね?!」
「……わお……あ、有り難うございます……」
先生の怯える姿を見、私は複雑な心境で礼を述べる。
先生と私の会話に、魔王様とコンセルさんの視線がこちらへ移動する。
先生が差し出す杖を目にした二人は、目を見開き感嘆の声を上げた。
「む! それは面白いアイデアだな!」
「なるほど! 一見魔術師の剣士!! いいですね!」
「……え? や、やっぱりそうですよね! 私もかなりシホさんらしい物を見つけたと自負しています!! この中の剣はかなりの名剣で、杖自体もかなりの効果が……」
二人の言葉に先生も調子を上げ、仕込み杖の良さを語り始める。
……もう戦士に鞍替えしようかな。
私はみんなの自分に対するイメージを噛み締めながら、フォークに刺したクラフティに齧り付いた。




