挿話4:魔王様側近コンセル・リカート、焦燥する。
魔王様の説教が渾々と続く中、床に正座させられていた第七大陸魔王の胸元のブローチが点滅し始める。
「おっとお、部下がエマージェンシーのようだぜえ……俺は失礼するぜえ」
「わ! 儂も……!!」
「仕方ないな……プレジア、お前はまだだ」
会議中に抜け出した、というのは方便ではなかったのか。
事実だとすると引き留める訳にもいかない。
第七大陸魔王は転移の部屋へ逃げるように去っていく。
魔王様は腰を上げて便乗しようとするプレジア様に鋭い視線を向け、姿勢を戻させる。
魔王様の本気具合に、プレジア様は唇を尖らせつつも正座に戻るが、俺の目の前のソファに腰掛けていたシホちゃんが徐に立ち上がった。
「あ、私も! 先生が待ってると悪いし?」
「今日は来てないぞ?!」
一人で逃げる気か?! 俺も出来れば逃げたいぞ?!
シホちゃんがプレジア様に連れ去られた時に、シホちゃんを連れ戻すまで先生には元の仕事に戻ってもらっている。
俺は立ち上がって腕を伸ばし、シホちゃんに現状を告げると、シホちゃんは何やら考え込むように顎に手を当てたまま視線を泳がせている。
「ちょっと畑が気になって。そろそろ収穫出来そうな実があったと思うんだよね」
「ちょ、待! それじゃ、俺も……」
しかし魔王様の様子が気になり視線を動かすと、やはり話し合いがあるようで、此処に留まるように目で合図される。
……あーあ、シホちゃんとの畑デートが……
「……うん、じゃあ、気を付けて」
「コンセルさんも……お大事に」
少々無念に感じつつ、そのままシホちゃんを見送ると、シホちゃんは一人で逃げ出すことに罪悪感を感じたのか、笑みを引き攣らせながら労いの言葉を掛けてくれる。
……確かに聞いてると胃が可怪しくなりそうな説教だな。
思わず苦笑いを浮かべてしまった顔を真剣な表情に戻しつつ、説教を続けている魔王様へ向き直す。
「そうそう、旅だった異世界人とやらに会うたぞ。どうやらシホと知り合いのようじゃったな」
「……何?!」
魔王様の説教を受けながら、悪びれる様子もなくプレジア様が呟く。
プレジア様による突然の情報に魔王様と俺は驚きのあまり、思わず大声を上げた。
「第七大陸魔王の城側で会うたぞ」
「第七大陸魔王城で、だと? あそこはマグマの海で覆われているが、一体どうやって?」
「うむ、『しんとうめっきゃくすれば……』がどうとかいう呪文を唱えると火を熱く感じぬらしい。……なるほど、シホの知り合いらしい凄さじゃな」
「……シントウメッキャクスレバ……」
思わず呟いてみるが、あまり体に変化はないようだ。
これで火を熱く感じなくなるとか、異世界人は凄い魔術を持っているようだ。
魔王様もその奇抜さに生唾を飲み込み、プレジア様の話に聞き入っている。
「それだけではないわ、儂の魔力の塊さえも霧散しおった。精霊なんぞ、一睨みで消滅出来るじゃろうな」
「魔術や魔法ではなく、魔力、ですか?!」
続けて話される事実に驚き、俺は思わずプレジア様に質問する。
プレジア様は眉根に皺を寄せ、目を伏せたまま不機嫌そうに呟いた。
「……そうじゃ、魔力じゃ。……儂ら精霊の天敵といえる存在じゃな」
「……魔力を、か……確かに精霊の天敵だが、人にも驚異過ぎるな……」
精霊の存在は魔力で出来ている。
それを霧散するとなれば、全ての精霊を難なく消し去ることが出来るだろう。
それはこの世界の崩壊でもあるが、魔力を消されれば人間の体も徒では済まない。
魔力が無くなると体を動かす機能が低下し、容易には動けなくなる。
体力で多少補えはするが、そのままの状態が続けば異常な負荷で体中が損傷し、死は免れないだろう。
……何て危険な人物なんだ。
物理攻撃が主である俺が戦うべき相手かもしれないが、力もかなりのものと聞き及ぶ。
……俺に勝てるだろうか……?
思わず握り拳に力が入る。
然もシホちゃんの知り合いらしいし、実に厄介だ。
……俺がそいつを倒しても、シホちゃんは今までと同じように笑いかけてくれるだろうか?
想像上のシホちゃんが、俺に倒された男の亡骸へ縋り付き、泣き喚いている。
そんなシホちゃんの、俺を睨み付ける瞳には殺意が取り巻き……
……て、あれ?
……異世界人の性別って男だったか?
自分妄想が暴走し始め、佳境に入る前に我に返った俺は、妄想と真実との照らし合わせを始めると、微妙に違和感を感じ、首を傾げる。
「……プレジア様、その異世界人というのは男でしたか?」
「いや? 凛とした風体の、かなりの正統派美女じゃ」
……女か、良かった。
いや、結局倒さねばならないだろうし、良くはないか。
しかし、無意識のうちに肩に力を込めていたらしい。
その力がプレジア様の言葉により一気に抜けていく。
急に抜けた肩の力に自分で驚き、己の肩を撫でながら軽く息を吐く。
するとプレジア様は少し考え込むように空を見上げ、奇妙なことを呟いた。
「しかし、その異世界人はシホと同い年じゃったはずが、五年の月日のズレが生じておっての。シホの五才年上になっておったわ。そこも召喚術の奇妙さじゃな。奴が消滅する前に、色々聞いておけば良かったのう」
「……どういうことだ?」
魔王様がプレジア様の言葉に訝しみ、眉を顰めてプレジア様を見つめると、プレジア様は事のあらましを語り始めた。
「……なるほど、召喚術の条件付けとは、対象者の全ての年齢も含めて考慮し一番条件に相応しい人間の一番相応しい時間から喚び寄せているのではないか、と推測するが……後継者は何と?」
「……あれは、能力を呼び出す手法しか伝授されておらん。全く役には立つまい。恐らく今後も、召喚術は無理解のまま、世界に蔓延っていくのではないかの」
基本的に、魔術は作り出した精霊が消滅するとその効力を失う。
しかしその精霊が後継を作ってその能力を譲渡すれば、人間は後継精霊が消滅するまで、今までと変わりなく、その術を行使することが出来る。
その後継の精霊は、大体が意味も分からず力を管理しているそうだ。
現在多用されている魔術の大半は、この後継精霊によるものらしい。
そして召喚術もその一つのようだ。
プレジア様が『奴』と仰った開発者は既に消滅し、後継者が召喚術の管理をしているそうだが、その術の仕組みなどは一切分かっていないらしい。
魔王様の考察に、プレジア様は真相を調べる手段がないためか、悔しそうに眉を吊り上げて爪を噛む。
「……儂が原理を分かっておれば、もっと色々な機能を開発してやるんじゃがの、口惜しいことじゃ」
「……分かっていなくて助かったな」
どんな機能を付けて、どんな生物を召喚する気だったのだろうか。
そうなればこの世界は、一層混沌と化し、阿鼻叫喚の地獄絵図を経て消滅するだろう。
世界の危険を一つ取り除けたことに、魔王様と俺は安堵の溜息を吐いた。
しかし魔王様は直ぐに緊張感を取り戻し、神妙な面持ちでプレジア様を見据える。
「……それでだが、その異世界人はマリンジを捕獲しに何処かへ旅だったというが、当てについては何かいっていたか?」
「いや、当てもなく闇雲に動いておるようじゃな。そして、強い奴と戦うと全てを忘れ、更に強い奴を求めて彷徨う習性があるとシホがいっておった」
「……どんな魔物だ、それは」
シホちゃんの知り合いである異世界人は、猪突猛進直情径行の単細胞なようだ。
然も、手段が目的にすり替わるタイプらしい。
知能の低い魔物でもあまり見られない傾向に、魔王様はマリンジ様の身の安全に安堵したのか、表情を緩めながらプレジア様に指摘する。
しかし、マリンジ様といえば、第七大陸魔王との間に疑惑が生じている。
転移結界のパスコードを教えたり、己の力を封じ込めたアイテムを与えたり、魔王様を貶めようとしていると思われても仕方のない行為をしている。
第七大陸魔王のいい分では、各魔王にアイテムを渡し、これを使って地人族を脅かすよう指示したという話だ。
可能ならば召喚師を討て、ともいっていたようだ。
第七大陸魔王は召喚師を呼び出すコネがあり、第八大陸魔王──魔王様の助力があれば、討伐可能だとマリンジ様を誑かし、現地位より上の地位である第八大陸魔王の座を狙ったようだ。
……第八大陸魔王がどうやって選別されるかも知らずに。
愚かとしかいいようのない行いに閉口するばかりだが、そのような愚者にマリンジ様が何故、誑かされたか、真意が他にあるのではないかと邪推してしまうのは、当然の心理ではないだろうか。
魔王様が大好きで、俺にすら嫉妬を向けるマリンジ様が、魔王様に対して悪意を向けることはないと思いたいが、マリンジ様への警戒は強めておくに越したことはない。
そんな考えが表情に出てしまったのか、俺の顔を一瞥した魔王様が表情を曇らせながら、プレジア様に視線を戻す。
「……第七大陸魔王を掌握したのは、マリンジを監視するためか……?」
確かに召喚師討伐をエサに魔王様のパスコードを教えた以上、マリンジ様は召喚師が討伐されないことを不審に思い、第七大陸魔王と接触を図ると思われる。
しかし第七大陸魔王が、それほど信頼されていたとも思えない。
討伐されないということは魔王様に何らかの情報が漏れたと判断し、次に何らかの布石を打ってくるかもしれない。
己の考えを纏め上げながらプレジア様の返答を待つ。
プレジア様は魔王様と俺の視線を感じる風もなく、徐にソファへ戻り己の紅茶を口にした。
「そんなもん、考えた訳なかろう。面白そうじゃし、サジェスを苛めおったから懲らしめた。それだけじゃわ」
「……気持ちは有り難いが……」
開き直り、偉そうに主張するプレジア様に、魔王様と俺は目を合わせ、項垂れながら深い溜息を吐く。
……いや、きっとそうだろうとは思ったけどさ……
プレジア様の、自由奔放で耐えることをしない生き方に少し羨ましさを感じながら、プレジア様を熟視する。
すると不意に、プレジア様は歯を見せて笑っていた顔を真剣な表情に戻し、魔王様と俺を見据えた。
その鹿爪らしい厳粛な雰囲気に思わず姿勢を正し、息を呑んでプレジア様の言葉を待つ。
プレジア様は口に出すことを躊躇っているのか何度か言葉を飲み込み、意を決して言葉を紡いだ。
「……しかし、マリンジの愚行には驚きを隠せんのう。奴は召喚師を倒すということに躍起になり、本来の『人間が滅びぬように守る』ことを忘れとる気がするわ……」
「……うむ……いや、マリンジのことだ、他に考えがあってのことかと思うが……」
「奴はそこまで頭が良くない、と思うがの」
直情型のプレジア様にいわれたらお仕舞いじゃないだろうか。
技術のマリンジ、魔力量のプレジアと精霊界から勢力を二分し、且つ最年長を誇るプレジア様ではなく、マリンジ様が前精霊王から王の座を託されたのは、偏にその思慮の面であるのではないかと推測される。
魔王様も、頬を膨らませて反論するプレジア様に、口角を引き攣らせた笑みを浮かべている。
「……もっとも、シホは何があろうとも全力で守るという心積もりではいるが」
「それは……当然というか、羨ましい気持ちもなくはなく……乙女心としては複雑じゃの」
改めて意を決し、真剣な表情で魔王様は呟く。
その様子を見たプレジア様は、シホちゃんへの好意と魔王様への恋心で揺れているのか、腕を組み、瞑目して考え込む。
が、何かに気付いたのか、直ぐに瞳を輝かせて魔王様に顔を上げた。
「守る、というより守られそうじゃがな! シホは恐らくサジェスが思っているより、強そうじゃぞ?」
「……確かに。それはありそうですね」
「……な?! そ、そんなことは……いや、しかし……」
魔王様を揶揄うように歯を見せて笑うプレジア様に便乗し、俺も魔王様に軽口で同意する。
しかし魔王様は、シホちゃんの身体能力や魔力の潜在能力を顧みるとその可能性が否定しきれないと考えたのか、手を口元に当て、俯きながら言葉を濁す。
……流石に魔王様に及ぶとは思えないけどな。
俺は魔王様が思案に暮れる様子を、苦笑しながら眺めた。
「そ、それより! あまりシホをあまり危険な目に遭わせるな。魔王の元など、何かあったらどうするつもりだ?!」
魔王様は己の不利に、話を説教へと戻らせる。
苦手な話題に戻されたプレジア様は再び頬を膨らませ、魔王様から顔を背ける。
「じゃから、大丈夫じゃって。シホならあの程度一撃じゃし」
「……あんまり振り回すと嫌われますよ?」
シホちゃんは菓子以外、能動的に動くことを好まない、割と平穏を好む性格だ。
現在はプレジア様可愛さに盲目気味なシホちゃんだが、面倒ばかり掛けられては、それがいつまでも続くとは限らない。
俺が可能性ある未来を呟くと、プレジア様は目を見開き、体中を小刻みに震わせてゆっくりとこちらに手を伸ばした。
「い、嫌じゃよ~! シホに嫌われるのは嫌じゃ~!!」
「……自業自得だ」
「嫌じゃあああっっっ!! そうじゃ! サジェスに無理矢理頼まれたこととすれば、サジェスが嫌われるよう、し向ければ……!!」
「冗談ではないっっ!!」
プレジア様はシホちゃんに嫌われたくないが、一緒に冒険はしたいという葛藤に苛まれているようだ。
必死に代替わりを立てようと、矛先を魔王様に指定したが呆気なく拒否され、プレジア様はテーブルに伏せ、態とらしい大声で泣き喚いた。
俺は魔王様が思わず発した迸る本音に、揶揄うべきか考え倦ねている自分に驚愕する。
……普段なら、躊躇いなく揶揄う材料にするのに、いつの間にそれが……
魔王様を焚き付けていた自分とは思えない態度に苦笑し、窓の外へ視線を移動させる。
そこでは、シホちゃんと料理対決をした幼い料理人見習いの少年が、何やら楽しげにシホちゃんと話をしていた。
……やっぱ俺も畑に付いてけば良かったな。
それにしても、まだ幼いと油断していたらいつの間にか身長もシホちゃんを抜いてるし、所作振る舞いも男らしくなってきている。
……これは思わぬ伏兵が現れたな……
俺は話し合いが終わっていることを確認し、焦燥感に狩られながら執務室を後にした。




