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第14話-3:プレジアの隠れ家と焼チョコ風クッキー

 私が玲子にこの世界を、プレジアに元の世界の説明をすると、プレジアはつまらなさそうに空になった皿を撫でながら、欠伸をした。


「……何じゃ、お主が異世界人じゃということは、サジェスやマリンジから聞いておる」


 それは助かった。

 つまり、目下の問題は玲子のみ、ということだ。

 玲子は私の説明に眉を顰め、口元に拳を当てて考え込んでいる。


「……つまりこの世界は、地球とは、次元などが異なる世界、だということか?」

「……んー……多分、そんな感じかと……。ただ、何で私は半年も経ってないのに、玲子は五年経ってるのかは分からないけど」

「そうだな……しかし何故、私やお前がそんな所に? 私はひたすら歩いてきたのだぞ?」

「……その先に、変な白いローブを纏った奴、いなかったか?」

「ああ、私を召喚したとかいった変な奴だな。よく分からんが、普段の道によく知らん道があって、そこを抜けた所にいたぞ。頼み事をしてきたのでな、仕方なく旅をしている所だ」


 なるほど、私のように瞬間移動ではなく、玲子は道になっていたのか。

 プレジアは既に予測していたのだろう。別段驚く風もなく、未だに空になった皿を寂しそうに撫でている。


 ……それにしても、私を召喚した奴とは、同じような格好でも随分人格が違うようだ、羨ましい。

 やはり、その人の頼みとは……魔王を倒して、とかなのだろうか?


 疑問に思って尋ねてみるが、私の質問に返ってきた言葉は、実に玲子らしい言葉だった。


「それで魔王の城に来てたのか?」

「いや。何となく若干ではあるが、強い奴がいそうな気配がしたのでな」


 ……やっぱりか、貴様。

 何となくそうではないかと思っていた自分が悲しい。

 きっと召喚した人の頼みは、叶えられることなく忘れられていくんだろうな、可哀想に……

 私が見たこともない、玲子を召喚した人に同情の涙を心で流していると、皿を撫でていたプレジアが徐に立ち上がり、玲子の眼前に立ち塞がった。


「すまんの、レイコさんや。ちょっとその力、試させてもらうかの!」

「ぬ?!!」


 プレジアはレイコに掌を向け、その手に光の粒を集め始める。

 ……まさか、攻撃魔法?!

 私が立ち上がろうとしたその時、玲子の瞳に力が入り、プレジアの手に集まっていたはずの粒が消えていく。


「……なるほどのう。お主の力は『魔術や魔法を拒絶する力』どころか『魔力を消し去る力』……じゃな」

「……はいい?! れ、玲子、今、何をやった?!」

「……ん? 殺気を、私の気迫で相殺したのではないか。……この子供は殺気の塊だからな……。出会った時から気になってはいたぞ」

「はああ?!! 殺気??!」


 納得げに頷くプレジアを尻目に、私は玲子を大きく口を開きながら凝視する。

 どうやら玲子には、魔力が殺気に見えるらしい。だが、だがしかし!!


 ……こいつ、魔力を気迫で消しやがったのか……?!


 玲子は呆気に取られた私の顔を見、軽く溜息を吐いた。


「確かに、強い奴が多く気になる世界だが、元の世界へ戻った方が良いんじゃないか?」

「玲子じゃあるまいし、私は別にそれが理由でいるわけじゃないからな……! てか、元の世界に戻る方法ってあんの?」

「私を召喚とやらをした者に聞けば、いいんじゃないのか?」

「……それは、残念ながら無理じゃろうな」


 プレジアが、両手で紅茶の入ったカップを持ち、中身を啜りながら呟く。

 そういえばプレジアは、魔術を作り出したらしい精霊の一人だ。

 こういうことは詳しいのかもしれない。

 私と玲子は、プレジアの一挙手一投足を見逃さぬよう見守りながら、次の言葉を待った。


「召喚術というのはそもそも、条件に合った者を喚び付ける術じゃ。帰す術なんぞ存在せんわ」

「そ、それじゃ、私達は、一生……元の世界へ戻れん、ということか……ッッ?!」


 玲子が真剣な面持ちで、プレジアの側へとにじり寄る。

 そういえば、私は帰れる可能性を考えられない状況だったし、魔王様に助けられるという好待遇で生活を満喫していたため、帰れないことに対して特に不満はない。

 寧ろ、帰った方が色々と面倒な気がする。

 しかし玲子は今、二十才。

 ということは大事なものも増え、将来を約束するような人がいたりするのかもしれない……かも……なのだが……。


 ……どうしよう、全く想像出来ない。


 私が想像力を最大限に生かし、女性的な玲子を想像しようと試みていると、プレジアが言葉を紡いだ。


「……精霊に依頼すれば、どうにか出来るやもしれんぞ?」

「……それは捕獲して命じろ、ということか?! それならば、頼まれていたことも遂行出来るな……! よし! 早速、捕獲に行くぞ!」

「い?! そ、それは、友好的に頼んでみろってことじゃ?!」

「それは会ってから考える! さあ、史帆! 行くぞ!」


 玲子はプレジアの言葉を曲解し、精霊を捕まえに行こうと私の腕を掴み、引き摺り始める。


「……精霊を捕まえるったって……。捕まえた精霊がその術を作れる要素があるか、分からないんじゃ……?」


 確か先生が、その精霊によって得意系統が異なり、管理している術が違うといっていた。

 ということは、苦手分野の精霊に頼んでも、そんな術を開発出来るわけがないんじゃないか?

 そもそも、精霊なら目の前にいるのに、わざわざ捕まえに行く必要がないのでは……。

 私が椅子にしがみつき、玲子の引き摺りを阻止していると、玲子は得意満面な顔で言い放つ。


「大丈夫だ。私が捕まえるのは、精霊王だ!」

「……うおう……。……その精霊王とやらが、何処にいるのか知ってんのか……?」


 マリンジさんの顔が脳裏に浮かび、私は何故か冷や汗を流す。

 しかし、その所在は知らない。

 そういえば精霊界とは、何処にあってどうやって入るのだろうか?

 そもそも、人間でも入れるのだろうか?

 私の疑問に、玲子は腕に込めていた力を失い、空を見つめて押し黙る。だが直ぐ様、意を決したように拳を握り、私を見返した。


「……では、手分けをして捜すぞ! もし見つかったら、連絡を入れる!」


 ……携帯のないこの世界で、どうやって?

 ……私の携帯はとっくに充電切れだし、あっても圏外だった。

 ……それに私、魔王様の城に戻るけど、何時、報告が来るんだ?


 その疑問を投げ掛ける隙もなく、玲子はこの場を風のように去って行った。


 ……駄目だな、こりゃ。


 大人になっていたはずの親友は、中学当時と全く変わらず、思考能力が皆無だ。


「……何か、凄い奴じゃのう」


 呆気に取られて静止している私に、プレジアは半ば感服しているような口振りで、玲子が去って行った方角を眺めている。


「……うん、基本、考えなしなんだよ。元の世界では、脳筋ともいう……」


 あれが脳筋とかいったら、脳筋に失礼だろうか。

 そして、こうして出て行った後でも、道行く人の中に強そうな奴がいたら戦いを挑んで……その間に本来の目的を忘れるんだろう……。


「……少し、安心したのう」

「安心するのはまだ早いよ。あれで運がメチャメチャいいから、マリンジさんには警戒してもらった方がいいかも」

「其れは良いのじゃ。寧ろ、多少何かあった方が、面白いのう」


 笑いを堪えたような空気音を漏らしながら、プレジアは肩を揺らす。

 そうすると……何が安心なんだろう? よく分からないけど、プレジアがいいなら、ま、いっか。


「それよりもシホ! もっと菓子が食いたいぞ!」

「も、もう?! ……うーん……あの植物油って、大丈夫かな?」


 今し方、食べ終わったばかりな気がするが……。精霊と人間だと、体内時計も違っているのだろうか?

 それは兎も角。問題は材料だ。

 皆、自分で牛乳から生クリームやバターを作っているのか、どちらもこの世界で売っているのを見掛けない。

 調理中に、代わりになりそうな植物油を洗い場の下の棚から発見したのだが、この隠れ家がどの位の頻度で使われているか分からないため、使うのをちょっと躊躇っていたのだ。


「油なら数日前に買ったばかりじゃから、大丈夫じゃ!」

「おお! それならバター代わりに使わせてもらうよ! ……あと棚に入ってたチョクラ、ちょっと貰っていいかな?」

「使い切っても構わぬぞ!」

「そこまでは……有り難う。それじゃ、ちょっと作ってみるよ」


 私は目聡く見つけた材料の使用許可をプレジアにもらい、台所へと移動した。

 といっても、小麦粉とチョコ、砂糖と油を混ぜ合わせて焼くだけで、焼チョコ風クッキーは完成だ。


「ふをををおお!!!」


 出来上がったクッキーを頬張りながら、目を見開いているプレジアが雄叫びを上げる。

 ……食べながら叫ぶとか、器用だな。

 焼チョコ風クッキーはサクッとしながらホロッと崩れ、チョコの苦みと香ばしさを小麦と砂糖の甘味で包み込んでいる。

 焼き立ては、ややしっとりと柔らかいが、冷ますと、このサクホロに変化する。


「ふはいほはあああ!! ほへははへひほはははふ!!」

「プレジア、落ち着けー。ゆっくり食べないと喉に引っ掛かるぞ?」

「ぶほはっっっ!!」

「おおう、大丈夫か?」


 せ返るプレジアの背中を叩きながら、私は苦笑する。

 落ち着きを取り戻し、呼吸を整えたプレジアは再びクッキーを両手に掴み、一心不乱に口へ詰め込んでいく。

 こうして、瞬く間にクッキーを平らげたプレジアは、ゆっくりとミルクティを飲み、俄かに立ち上がった。


「では、腹熟しに第七大陸魔王、シェーヴを倒しに行こうぞ!」

「え?! マジで?!」


 プレジアの台詞に、私は危うく紅茶を噴きそうになる。

 もうすっかり忘れたものだと思っていたのだが、なかなかにしつこいお子だ。


「名目なら思い付いたのじゃ! サジェスやお主を危険な目に遭わせたマリンジに、一泡吹かせるのじゃ!」

「……もう時間も遅いし、また今度にしよう?」


 窓の外を見ると辺りはすっかり夜の帳が下り、宵独特の深い無音が周囲を支配している。

 流石にこんな時間から戦闘とか、面倒……いや危険だ。

 私が諭すようにプレジアを言い含めると、プレジアも納得がいったのか小さく頷き、口元に人差し指を当て、上目使いでお強請(ねだ)りしてくる。


「……なら、夕飯も菓子を作ってくれるかのう?」


 ……あれだけ食べて、まだ菓子を食うか。

 正直私は先刻から、塩っぱいものが食べたくて仕方がない。

 しかしここでノーというと、魔王討伐に駆り出される可能性は非常に高い。


「……分かった、何か作るよ」

「それなら、今日は諦めてやるかのう!」


 私が渋々許可を出すと、プレジアは両手を掲げながら満面の笑みを浮かべる。

 『今日は』という言葉に少々戦慄するが、また言い出したら菓子を作って誤魔化そう。


 ……それより夕飯も菓子か……


 私はプレジアに気付かれないよう、深い溜息を吐く。


 ……仕方ない。自分の夕飯も何か作るか。


 シロップおじさんの作った絶品料理(至高の逸品)を食べ損ねた悲しみに悲嘆に暮れながら、私とプレジアは夕飯の材料を買いに町へと繰り出した。

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