第11話中編:オレンジスフレと少年の甘いオムレツ~料理対決!三本勝負!
「ほう! こいつあジューシーだ!」
私は摩訶不思議畑でオレンジに似た果物を手に取り食してみる。
ミカンのように凹凸のある皮は赤く、中の身も赤味の強いオレンジ色だ。
やや厚手の皮を剥く手に柑橘独特の香りが広がり、仄かな酸味と爽やかな甘味が溢れんばかりの果汁に載って押し寄せてくる。
内皮もやや厚く食べるにはちょっと堅いが、一つ一つ分離する果肉からは物凄い量の果汁が詰まっている。
マンダリンよりは酸味が強く、グレープフルーツよりは甘味が強い。
早速木から数個もぎ取り、私は厨房へと移動する。
そこへ当然少年が、私の前に腕を組んで立ちはだかった。
「よく逃げ出さずに来たな」
「……いや、いつもの菓子を作る時間だし?」
私の役目は一日一個以上菓子を作ることだ、それを止める訳がなかろう。
異な事を言う少年は、私の返答に言葉を詰まらせ押し黙る。
私は首を傾げ、そのまま調理台へと向かった。
オレンジを綺麗に洗い、半分に切って中の身と薄皮を綺麗に取る。
一個分の皮の表面を少し擂り下ろしておく。
果汁と砂糖を少し煮ておき、リコッタチーズとバターをよく混ぜておく。
そこに卵黄と牛乳、小麦粉に果汁と皮の擂り下ろしを入れ、数回に分けてメレンゲを入れ、切り混ぜる。
半分に切ったオレンジの皮の中に流し入れて焼成したら、オレンジチーズスフレの出来上がりだ。
上に粉砂糖を振り、カットしたオレンジを載せて食堂へと運ぶ。
そこには既に魔王様、コンセルさんと先生、シロップおじさんに少年もスタンバイしていた。
私と少年はそのまま食堂の奥に入り、準備用のテーブルに料理を並べる。
給仕係はファムルが担当してくれるようだ。
「シホちゃん、頑張ってね!」
笑みを浮かべて握り拳を向けるファムルを見、私は首を傾げる。
その場のノリでいった勝負だが、勝つ自信とかいう以前に、この勝負の意味が分からない。
大体よく考えたら、私にメリットがないじゃないか。
全く少年には困ったものだが、勝負というものには何であれ勝ちたいと思うそれは、動物の本能じゃないだろうか。
私は無理矢理自分を納得させ、ファムルに親指を立てた握り拳を向けて片目を瞑ってみせた。
「オレが先に出す……!」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべ、少年はファムルに自分の皿を給仕するよう、顎で皿を示す。
その不遜な態度にムッとした表情になるファムルだが、直ぐに表情を戻し、皿を運び始めた。
……うん、私も可成りムカッと来た。
どうにかちょっと、吠え面をかかせたいものだな。
ファルムが運んだ皿には、赤いソースを掛けられたオムレツが載っていた。
私は奥の間から頭を出し、オムレツと審査員の様子を窺う。
魔王様達はナイフとフォークを手に取り、オムレツを切り分ける。
卵の中にはチョコも入っているようで、トロリとチョコソースが外に漏れ、赤いソースと混ざっていく。
チョコを使うとは、考えたな、少年!
私もその手を使えばよかった。
チョクラ大使の魔王様はチョコソースに釘付けだ。
「フランリイの甘酸っぱさと、チョクラを甘くしたソースが凄く合いますね!」
先生がフォークを銜えたまま、感嘆の声を上げる。
フランリイとは赤いソースのことだろうか?
後でシロップおじさんに聞いてみよう。
それにしても美味そうだ。是非、私にも食べさせてくれ。
少年は審査員の高評価に鼻を鳴らし、こちらに挑戦的な笑みを向けている。
「甘いチョクラと甘酸っぱいフランリイのソース、二種類とは考えたな!」
「確かに、チョクラにも甘味が付けてあるのは大したものだ。しかし……」
コンセルさんの言葉を受け、魔王様も卵にチョコソースを付けながら、感想を述べる。
魔王様の言葉に何か気付いたのか、シロップおじさんが魔王様に視線を動かし、大きく頷いた。
「……加熱し過ぎですね。アフが固くなってしまい、パサ付いている」
「……ッッ!!」
『アフ』は卵のことだったろうか。シロップおじさんの指摘に、少年は愕然とした表情で体を震わせる。
魔王様達のオムレツを見ると、表面には結構な焦げ目が付き、確かに卵のしっとり感があまりないようにみえる。
「次はシホちゃんの番だね!」
ファムルは先程より丁寧に皿を持ち、手が揺れ動かないよう留意しながら進んでいく。
ファムルのあからさまな態度に少年は顔を赤く染め、声を荒げて注意する。
「お、おい!! 態度で誰のかバレるだろ?! もっとまともにやれよ、メイド!」
「……もうバレてると思うけど? シホちゃんは、あんなアフの焼き方しないもん」
「……なっっ!」
可愛いファムルに対する態度に思わず殴ってやろうかとも思ったが、ファムルも結構気が強く口撃で返り討ちにしているため、私の出番はなさそうだ。
もし二人が顔馴染みだとすると、親しさ故の口ゲンカという見方が出来、仲睦まじく見えなくもない。
……ちょっと羨ましいぞ、私のファムルに……!!
友を取られた嫉妬混じりに、私はファムルと少年の間に立ちはだかり、無言で少年を見つめる。
私の態度に少年の体が震え上がり、冷や汗を流している。
「……つ、次を早く持ってけよ! ボヤッとしてんな!」
ファムルは無言で少年を睨み付け、オレンジスフレの載った皿の給仕を続けた。
「ふわふわシュワシュワしてるぞ!」
「……ふむ、面白い食感だ。ランズの香りがギュージーと合うな」
「コクがあるのに爽やかで軽いから、ドンドン食べられちゃいますねえ!」
『ランズ』はオレンジだろうか。
スフレを口に入れたコンセルさんが、瞳を輝かせながら笑みを零す。
コンセルさんの声に、魔王様は頷きながらスフレを口に入れる。
先生もスプーンを口に運ぶと、赤く染まった頬に手を添え、感嘆の溜息を吐く。
シロップおじさんも頷きながら、必死でスフレを掻き込んでいる。
その様子を少年は、唇を噛み締めながら殺気を帯びた瞳で見つめていた。
「……では結果を発表しようか。私は後から出たものに票を投じよう」
「私も……ランズとギュージーのフワフワがいいです」
「俺も後に出たのだな」
「……私も、後から出てきたものに」
「嘘だ!!」
満場一致の結果に少年は奥の間から飛び出し、真っ赤な顔で握り拳を震わせる。
「……全員同じなんて、ある訳ないだろ!! ……オレに対する嫌がらせか?!」
「スアンピ!! 何を馬鹿なことを……!! 失礼にも程があるぞ?!」
シロップおじさんが席から立ち上がり、少年に歩み寄る。
眉根を寄せ、赤い顔を更に赤くしたシロップおじさんの様子に、少年は顔色を青ざめさせてシロップおじさんから視線を外す。
「……味はまあまあだ。だが、アフの焼き加減が拙い」
「……明日は、絶対勝つ!!」
魔王様の評価に少年は踵を返し、私を睨み付けながら食堂を走り去る。
残された全員が言葉に詰まり、その場には妙な空気を伴った沈黙が続いた。
「……誰がどう見たってシホちゃんの勝ちなのに、バカみたい」
「……食べられなかったから、分からないな」
奥の間で、コッソリ憤慨するファルムにスフレを手渡しながら、己のスフレを口に入れる。
赤いソースは甘酸っぱいそうだが、どんな味がするんだろう。
チョコソースと合わさると、どんな感じなんだろうか。
果物の甘酸っぱさなら、チョコによく合うんじゃないだろうか。
「……二~三個、余分に作ってくれてもいいのにね」
「……激しく同意するよ」
私とファムルは奥の間にしゃがみ込み、スフレを頬張った。
少年よ、ちょっとケチだぞ?
不意に私は少年の態度を思い返し、ファムルに尋ねてみる。
「ところで、随分少年はファムルを損在に扱うけど、そんなに仲いいの?」
「ううん、全然。あのコ、最近このお城に来たばっかりだし、全然話したことなかったよ。……あの態度はちょっと、ないよね」
「……だね」
ファムルに対するあの態度は、仲の良さからくるものではないらしい。
私は激しい憤りを感じ、スプーンを握る手に力が込もる。
……少年を数ヶ月、病院送りとかにしたら、魔王様はどう思うだろうか。
その夜、フランリイがラズベリーのような果物であることを聞いた私はベッドに横たわり、明日の作戦を練る。
ファムルの件もだが、ペコペコとみんなに頭を下げて謝罪するシロップおじさんの姿に、余計少年への怒りが込み上げ、何としてでも負けを認めさせたいと思ったからだ。
この、菓子の認識がない世界で、ラズベリーとチョコを合わせることを思い付く少年の感性は凄いし、正直、私はいつ負けてもおかしくないかもしれない。
だが、幸いなことにまだ、技術が伴っていないようだ。
そこにつけ込めば、何とか勝てるだろうとは思う。
「……ちょっと、畑で何か探るか」
眠れなくなった私はベッドから起き上がり、上着を引っ掛けて城の外へと歩き出した。
通り掛かった厨房では、少年が未だ何かを作っているようだ。
コッソリ盗み見をしているシロップおじさんにそっと声を掛けると、シロップおじさんは深々と頭を下げてきた。
「本当に……ご迷惑をお掛けして、すみません」
「いやもう、さっきも言いましたが、おじさんが謝ることないですって!」
「ここに入れるよう推薦のは私ですので。……ここに来る前は、素直な良い子だったんですが……。……料理人の修行が合わないのかもしれません」
「そうでしょうか? 才能はありそうだと思いますが。もうちょっと、我が儘が治らないとだけど」
私の言葉にシロップおじさんは苦笑いを浮かべ、額を掻く。
「……そこなんですよね。何であんなになってしまったのか……」
俯いたシロップおじさんは、少年との昔話を語り始めた。
少年は城内の人間の推薦で、この城の料理人試験を受けに来たそうだ。
その時出したパンに才能を感じたシロップおじさんが魔王様に直接口を利き、見習いとして雇ってもらえることになった。
しかし、雑用に追われる日々に焦りと嫌気を感じだす。
元々料理を盗む、という発想がない少年は、何故料理をさせてくれないのか分からないようだ。
料理は自分で作ることで上達するのに、みんなが才能ある自分に嫉妬して邪魔をすると思い始める。
そこに現れたのが、私だ。
ぽっと出の、然も同い年くらいの女が好き勝手に料理をしていることで憤りを感じ、とうとう雑用を放棄しだし、今に至るそうだ。
それは十一才の少年には、遺憾すぎる出来事だっただろう、耳が痛い。
しかし何故、十一才という若さでこの城に就職しようと思ったのだろうか?
この世界では当たり前なのか?
私の疑問を察したのか、シロップおじさんが少年の事情を、躊躇いがちに教えてくれた。
「スアンピは宿屋の息子で、両親が仕入れの出先で事故に遭いましてね。幼い妹も施設に預けざるを得ず、早く出世して亡くなった両親の代わりになりたい、と思っているようです」
「……それは……焦っちゃいますよね」
「……気持ちは、痛いほど分かるんですが……」
シロップおじさんが私の呟きに眉を下げ、肩を落として深い溜息を吐く。
どうにかしてやりたい気持ちと、仕事を疎かにする憤りの板挟みなのだろう。
重い空気を漂わせ、眉を曇らすシロップおじさんは後込みながら言葉を紡ぐ。
「……私は見習いに、まずオムレツの作り方を教えているんです。アフ料理は難しく、料理人の腕が最も問われる料理で、アフ料理を制する者は料理を制する、とまでいう者もいるくらいです。上達法として教えているんですが、そのせいで教わりグセがついてしまったようで……教えるべきではなかったんですかね……」
少年は何故、オムレツしか教えてくれないのかと、シロップおじさんにも憤りを感じているようだ。
何もかも自分に敵意を向けているような気がするのは、ちょっと早い中二病の成せる技か。
昔の自分を見ているようで、凄く気恥ずかしいぞ。
「魔王様にも、拙い料理を口にさせてしまう羽目になってしまい、お詫びのしようがありません……。そもそもスアンピは、味の調和も未熟で、全ての味を強くし過ぎるんですよね……」
「それは、大丈夫じゃないですか? チョクラソースを食べてる魔王様は、完全に浮かれてましたし」
魔王様は気に入った菓子を食べる時に左眉が上がるので、そこは間違いないと思う。
菓子を食べる時は大体上がるので、あまり目安にならないが……。
そもそも甘い物が大好きだし、甘い分には大丈夫じゃないだろうか。
私の言葉にシロップおじさんは胸を撫で下ろし、安堵の息を漏らした。
「シホさんに、そういっていただけると心強いです」
……大して付き合い長くないから、断定されても困るけどね?
取り敢えずメニューの決まった私は、シロップおじさんと別れ、部屋に戻る。
……明日のメニューはチョコメニューで、ガッツリ魔王様に媚びてやるぜっっ!!
見とれよ、少年!! 魔王様の認めた、菓子職人の底意地を!!