第二十六話:シャルロットケーキのシュクル・フィレ
……そういえば、蔓性木本は、木本と草本のどちらに分類されているんだ……? 正確には幹でなくとも、蔓性木本というからなあ……?
葉が三つに分かれている蔓性木本に目が行き、私は空を見ながら黙考するが、この畑では気にする必要が無いので思考を止め、その蔓性木本を熟視する。
多量の丸い実が房となっているそれは、皮色が濃い紫や淡い黄緑など色々あり、更に一粒の大きさもピンポン球ほどの大きな物から、一センチ弱の小さな物まであった。
何れも、皮を剥くと同じような薄緑だが、それぞれに硬めだったり柔らかかったりと、食感も味も微妙に異なる。
どれも皮にまで味があり、皮のサクッとした独特の歯応えも心地よい、皮ごと食べたい逸品ばかりだ。
その実は種が無いものも多く、あっても一つに一粒ほどしかない。
元世界のデラウェアよりはどれも身がしっかりしている気がするが、甘酸っぱい味も各種ある葡萄のそれらに酷似している。
「なかなかに美味でありますな!」
私は葡萄擬きを発見し、すっかり機嫌を直して昼食後に厨房へ向かった。
先ずはピューレにするために仕分けをし、それぞれを少量ずつ皮付のまま刻み、砂糖とレモン汁を加えて煮詰め、擂り鉢で擂り潰したものを裏漉して滅菌した容器に詰めていく。
小粒状の葡萄擬きが他の果物と合わさってもお互いの旨味を引き立てそうな味わいであり、小さな粒を同じように擂り潰して裏漉し、ピューレにしていく。
ビスキュイ生地を丸口金で、先ずは型脇の長さを、天板にシートを敷いた上へ絞り出していく。それを横並びで連なるよう、くっつけ気味に絞る。焼き上がった時、型枠の側面へ填めるためだ。
残りは円を描きながら底用に絞って粉糖を塗して焼成し、それぞれを型に填めた。
ボウルに牛乳と小粒葡萄のピューレを少量加え、更に砂糖と貰ったゼラチンを水で戻した物を混ぜていく。
別のボウルで生クリームをホイップし、湯煎で溶かしたホワイトチョコを少しずつ加えて混ぜ合わせる。そこに牛乳ピューレ液を加え混ぜてムースを作り、冷めた生地の上に流し入れ、固まるまで冷やしておく。
やや大きめな濃い紫の葡萄擬きを皮ごと切り、固まったムースの上に並べていく。
紫のピューレを薄めてジュースにし、甘さを調整してゼラチンを入れ、混ぜ合わせたジュース液を型に注ぎ、更に冷やし固めれば、葡萄とホワイトチョコのシャルロットケーキの出来上がりだ。
シャルロットケーキは、フランスの代表的な冷製スイーツで、本来はババロアを詰めた上にフルーツを飾るそうだ。だが今回は貰ったゼラチンと見付けた葡萄擬きに、折角作ったホワイトチョコを使いたかったため、ムースとゼリーの二層にアレンジしてみた。
ムースはゼラチン無しで作れるのだが、上に載せたゼリーがムースと混ざらず綺麗な二層になるよう、今回は入れる手法で作ってみた。
由来はやはり諸説あるが、十八世紀頃にイギリス王妃の愛用していた帽子と形が似ていたので王妃の名であるシャーロットから取ったとか、ロシアやポーランドの菓子である『シャルロートカ』をアレンジした、ともいわれているらしい。
わざわざ生地を焼かずに、ビスケットを敷き詰めて作ることも多いそうだ。
表面に粉糖を篩って焼いたことでサクッとした歯応えを持つ、軽い口溶けのビスキュイ生地。そこにホワイトチョコムースや葡萄ゼリーが少し染み込み、滑らかで濃厚な満足感のあるホワイトチョコムースがふわりと口溶けると、続いて爽やかな甘酸っぱい葡萄のゼリーが、つるんとした舌触りと共に口の中で瞬時に消えていき、甘酸っぱい芳香が鼻腔を擽りながら広がっていく。
柔らかいムースとゼリーの間に入れた葡萄の歯応えがアクセントとなり、ビスキュイの歯応えとも相俟って、全体のふんわり食感を際立たせている。
「これは、シュクル・フィレがあると映えそうだな!」
私は鍋に水と砂糖を中火で煮詰めて飴を作り、二本持ったフォークの先を飴に付け、手首を振りながら、逆さに置いた小さめのザルの上へ、飴の糸を絡ませていく。
それをケーキの上に載せれば、表面を輝く細い線が重なって透かし見せる、シュクル・フィレという飴細工の完成だ。
銀っぽい透明な糸と、もっと煮詰めてきつね色になった飴で金の透明な糸を重ねた、美しくも儚げな雰囲気を演出し、表面の葡萄色を妨げない、綺麗な飾りに出来た。
「今日は、プラチョコでも付けるか」
鍋にホワイトチョコを入れて湯煎で溶かし、水飴を加えてよく混ぜて練り上げる。
それを固まるまで冷やしておいたものを、綺麗に浄化した作業台の上に広げて練っていく。よく練って粘土状になったらそれを幾つかのボウルに分け、ホワイトチョコに合いそうな果物のピューレで色付けし、形を作る。
それぞれのパーツを作ってくっつければ、プラチョコ人形の出来上がりだ。
シャルロットケーキは、脇をリボンでぐるりと結んであるものが多いので、薄紫に色付けしたチョコを薄く伸ばし、少し撓んだリボン結びのように飾ってみた。
序でに、ミントの葉と葡萄もプラチョコで作り、シャルロットケーキの上に本物の葡萄擬きと混ぜて飾り、シュクル・フィレを上から被せ、位置を整える。
「……うむ! 大分綺麗に作れるようになったな! ……誰か、騙されてくれないかな?」
上に飾ったプラチョコに粉糖を掛け、葡萄擬きも飴に潜らせて軽く粉糖を振り、プラチョコとの見分けが付き難いように細工した。
飴の照りが光を反射し、粉糖が葡萄の皮っぽさを演出する、ぱっと見では分かり難いほど似せて作れたことに満足し、私は飴細工の人形を隠し、シャルロットケーキにクローシュを被せて食堂へと運んだ。
「おお! 今日もまた更に美しいケーキとは……ッッ!!」
「シホさん、どんどんレベルアップしてますね!」
「どうやって作ってるのか、想像も出来ないな!」
食堂に入り、定番となったケーキのお披露目をする。
皆の視線がケーキへ釘付けになり、その造形に歓声を上げて拍手してくれる。
……これだから、見た目にも拘りたくなってしまうんだよな……。
元世界の人間……日本人よりも、異世界の人達は過剰に反応してくれるので、余計に嬉しくなり、細工にまで拘ってしまう。
自身でハードルを上げにいっているのではと考えなくもないが、その時は暫く地味な菓子を続けて視覚の初期化を図ろうと思っている。
……私の能力をあまり高く見積もってもらっては困るな……! だらだらしたくなるのは仕方がない。私は元々、怠け者なのだ!
とはいえ。味が落ちたと思われることだけは御免被りたい。というわけで徐々に飾りを質素にしていく頃合いか。
などと私が目論んでいることを知る由もない皆にケーキを切り分け、プラチョコの人形を載せていく。
今日は私の分も赤と黄色で作ると、皆が私の人形を見てホッとした表情になり、自分のプラチョコ人形を注視し始めた。
遂にはお互いの人形と違いを見比べ、どのような差分が施されているのか、意見を交わし合っている。
「ベースは同じ形、ですよね? 何故、誰だって分かるんでしょうか?」
「……目の配置も大凡誤差の範囲内であろう。特に目立った特徴を強調することで似せているかと思われるが……」
「魔王様! 誤差ではないです! 目付きによって変化しているかと……!」
「な、何?!」
「そ、そんなことが?!」
研究家である性か、先生が分析結果を述べると、それに対して魔王様の憶測が飛び、コンセルさんが魔王様の誤認を指摘すると、魔王様と先生が驚嘆して声を上げた。
「……ケーキが溶けますが」
「し、仕舞った! つい分析に気を取られてしまった! 然も美味いではないか! 聖なるチョクラで作ったというのか?!」
「ケーキも、リゾンと聖なるチョクラがふわっとぷるっとしていて、堪りませんね!」
「この脇のサクサクとふわふわ感、中のリゾンの歯応えが絶妙だな!」
リゾンは葡萄擬きのことで、聖なるチョクラはホワイトチョコのことだったか? チョクラ大使による、神々しすぎる命名が皆にも浸透し、少々複雑な心境になる。
だが、プラチョコにもチョコの風味が生きるよう、僅かにココアパウダーを加えたり、味を見ながら作った甲斐があったというものだ。
私は皆の反応に顔を綻ばせ、自分のプラチョコ人形を口の中へ放り込んた。