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ごめんね、もう少し  作者: 仲町鹿乃子
2・香奈→楡井君
13/50

1-6

 大型わんこが消えた教室はしんとしていた。

 その中で、わたしは楡井(にれい)の答案を写していた。

 物理では「波動」についてやっていた。

 波の特徴についてあげろ、だとか、その中の一つの「波の干渉」に合うように、図を書けだとか。

(ちなみに「干渉」は波の特徴の答えにもなっているので、意地悪にもそこは空欄で、自分でうめるようになっていた)

 基礎とは言うけれど、面倒な問題だった。

 やるほうは勿論面倒だけど、答案の採点も、そう簡単ではないはずだ。

 学生の頃は気がつかなかったけど、先生も大変だな。


 コツコツと机が叩く音がする。

 楡井が、シャーペンの先で机を叩いている。

「どうしたの?」

「顔が」

「えっ? 顔?」

「顔が……。やっぱ、なんでもない」

 いやいや。顔と言われたら、さすがに気になるでしょう。

「わたしの顔が、どうかした?」

 顔、顔って。少なくても女子に向かい連呼する単語じゃない。

朝倉(あさくら)の顔が、赤くなった」

「え?」

 確かにわたしは勉強をすると、頭に血が上り顔が熱くなるけれど。

「さっき、宗田(そうだ)先生を見たとき、朝倉の顔が真っ赤になった」

 わたしが握るシャーペンの芯が、ごりっと折れる音がした。

 焦るな、焦るな。笙子になりきれ。

「見間違いだと思うわ」

 折れた分だけの芯を出そうとしたが、こんな時に限り、芯が出てこない。

 カチカチカチと、その音まで、楡井の言葉に動揺しているように聞こえる。

「朝倉が宗田先生を好きなんて、意外だ」

 楡井のピンポイントな発言に、くらっときた。

 それは、笙子の立場でのNGはもちろんのこと、わたしだって、そんなこと、言われたくないのだ。


「あのね、楡井君。わたしは、宗田先生を見たから、顔が赤くなったわけじゃありません」

「ふーん。そうなの? じゃ、なんで」

 なんで? なんでって、聞く?

 そこは、スル―して欲しい乙女心ってことが、わからないかなぁ。

「赤点見たから赤くなった、なぁんてね」

 えへへ、と笑いながら、血が引いた。

 ない。

 ないないない!

 今の会話、即刻消去したい。

 笙子が「なぁんて」なんて、そんなこと言うなんて、ないから!


 ふっと手を額に当てる。

「あ、なんか頭が」

 ふらっとしたように、ふるまう。

 ここはもうこっち系で誤魔化すしかない。

 すると、勢いよく椅子が引かれる音とともに、ぐいっと腕を掴まれた。

「朝倉、保健室に行こう」

「いやいや、大丈夫だってば」

 え、なに?

 そうなっちゃうわけ?

「ごめん。まだ本調子じゃないのにからかい過ぎた。保健室まで歩けないなら、俺が担いでいったほうがいいか?」

「担ぐって、わたしを?」

 頭の中に、米俵を担ぐ楡井の姿が浮かんだ。

「だったら、誰が先生を呼んでくる」

「そんなのやめて。本当に、大丈夫だから」

 けれど楡井の眉間には、皺が寄ったままだ。

 ……心配してくれるんだ、笙子のことを。

 そんな楡井を見ていたら、今、わたしがしたことは、全くシャレにならないってことに気がついた。


 これは、やっちゃいけない誤魔化しかただったのだ。

 ごめん、楡井。

 深く反省します。


 立ち上がってしまった楡井は、座るタイミング失ったようで、机の前をうろうろとした。

「俺、飲み物買ってくるから」

「いってらっしゃい」

「朝倉、なに飲みたい?」

「果汁系なら、なんでも」

 楡井が教室を出ていく。

 あぁ、少年を深く傷つけてしまった、かも。

 わたしは反省を態度で示すべく、真面目に物理のテスト直しに励んだ。

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