1-4
「遅くなった。ごめん」
楡井 慧が、教室の入り口からこっちに向かって歩いてくる。その姿は、なるほど、さまになっているかも。モデルさんなんて人種にとんと縁がなかっただけに、つい、じろじろと見てしまいそうになる。
――が。
「見てしまいそう」なところで、ぐっと我慢した。
おそらく、笙子だったらそんな目で楡井を見ないだろう。それに、よくよく考えれば、わたしだって高校の頃は、そんなことはできなかった。
友だちは男女ともに多かったけど、だからって、じろじろ男の子を見るなんてことはしなかった。
やっぱりそこには、思春期特有のはじらいというか、過剰な意識というか、そういったものが、わたしにもあったのだ。
宗田 邦彦のことだって、側にはいても、まともに直視するなんて出来なかった。いつも、制服のネクタイとか、そこらへんを見ていた。
宗田のことをじっと見ることができたのは、あいつが走っている時だけだった。
応援にかこつけて、ここぞとばかりに見ていたものだ。
今、25歳で高校生として生活をしているからこそ、わかることもある。
高校生は、はたから見たら自由なように見えるけど、本当は窮屈なのかもしれない。
学校という限られた世界や空間、男子や女子との微妙な距離、思春期ゆえの過剰な反応が、そうさせているのだろうと思う。
笙子が男子に勉強を教えないっていうのも、つまりがそういうことなんだろうから。
胸がきゅっとなる。
ここにいると、どうしても、自分の高校時代が蘇ってしまう。
宗田を好きだった自分。
一方通行だった想い。
……なんか、遠いなぁ。
うん、遠い。
そんなこと全ては、もう思い出の中にしかないのだから。
楡井は、わたしの前の席の椅子を後ろに向けると、そこに座った。
誰もいない教室に、椅子の足を引きずる音が響いた。
「テスト、出して」
18点のテストを、机の上に出す。
朝倉 香奈史上でも、最も低い点数だ。
18点か。
2でも3でも割れる、なかなかいい数字だ。ここまで低いと、むしろすがすがしさすら感じる。すがすがしいってよりは、点数的には寒々しいけど。
楡井は、この点数を見るのが初めてでもないくせに、珍しそうに人のテストを見たあと、徐に自分の答案を出してきた。
100点。
満点。
パーフェクト。
ここで香奈だったら口笛を吹いたり、手を叩いたりするところだけど、笙子はどっちもしなさそうなので、シンプルに「凄いね」と言ってみた。
すると、楡井の顔が途端に赤くなった。
え、なに。
その純情な反応は一体、どうした。




