Side メレディス 1
ヴェロニカが逃げた。俺の元から。
ひとしきり事態が落ち着き、調査にあたっていた騎士部隊から、ヴェロニカがいないことを知らされた。
今日はクレア嬢の大聖女任命式であり、クレアを導いたヴェロニカもまた、大聖女の指導役として表彰されることになっていた。専ら、俺を含め、兄弟たち、一部の貴族はそのあとに公になるであろう、ヴェロニカの処遇に意識のほとんどが持っていかれていたわけだが。
厳かに始まった任命式、クレア嬢が跪き、命を受けている。その場に控えているはずのヴェロニカの姿が見当たらないことに、何かぼんやりとした暗い不安を覚えた。
突如、そこへ魔獣たちが乱入してきた。大量発生した魔獣たち、それもほとんどが上級魔獣という前代未聞の光景に、集まっていた貴族や市民はパニックを起こし、王宮は一気に狂乱に満ちた。クレア嬢がすぐさま指揮を執り、魔獣の鎮圧に乗り出した。土埃や突風の中、目を凝らすとクレア嬢が後ろ手に白髪の人影を守っているように見えたので、ヴェロニカもそこにいるのだと、クレア嬢の加勢に向かった。
「はは、クレア嬢にしてやられたんだろうな」
問いただそうにも、クレア嬢は今や上級魔獣の群れを鎮圧した大聖女であるため、嫌疑をかけるなどできないし、しかも大聖女として各地を巡ると言って翌々日にはすっかり姿を消していたのだから、どうしようもない。
クレア嬢はヴェロニカの侍女だ。ヴェロニカに忠義を誓っていたし、それは俺もとやかく言わない。
ヴェロニカがどんな理由で――俺を疎ましく、醜く思って逃げ出したのだとして、クレア嬢がそれに付き従うのは当然のことだろう。
けれど、クレア嬢は間違いなく俺に味方してくれていた。
ヴェロニカが俺とクレア嬢とを結びつけようと考えているのは分かっていた。俺の恩人で、最愛はヴェロニカだけだというのに、当の本人に別の女性を紹介されている。なんて苦しいのだろう。あくまで、ヴェロニカにとって俺は血の繋がった兄、信頼も慕ってくれているのも家族の情だからだ。
ヴェロニカと血の繋がった兄妹ではないと知ったとき、どれほど歓喜したか。それまで血の繋がった家族、それも妹に恋愛感情を抱いてしまったことに罪悪感と自分への嫌悪すら覚えていた俺にとっては吉報だった。ヴェロニカと結ばれてもいいのだ、と。
「愛のない政略結婚はつまらないから嫌ですわ」
それは、つまりヴェロニカは愛し愛されたいということだ。愛さえあればどんな形の結婚でもいいのか、と尋ねた。おそらく、と答えた彼女に胸が大きく高鳴った。
「愛のある結婚」をしなければ。ヴェロニカは成人してからひっきりなしに縁談が届いている。それに、ゼノンも何かしら企んでいるはずだ。何もしなければ、評判の良いヴェロニカは王女以上のポストに収まることは確実だ。
「クレア嬢。貴女がヴェロニカの大切な友人と見込んで相談があるんだが、聞いてくれるだろうか」
俺のすぐ後ろを歩いていたクレア嬢に振り返った。ヴェロニカが向かった洞穴の方角を見ていたのか、クレア嬢は慌てて振り返る。
「ゼノンが隣国との外交を強めているのは知っているか」
「はい、存じています。フィルマン公国ですよね」
フィルマン公国。ヴェロニカの出身国、ヴェロニカが本来いるべき場所。俺は努めて深刻そうに、妹を心配する兄の表情を浮かべた。
「ゼノンはおそらく隣国との外交にヴェロニカを使うつもりだろう。ヴェロニカを隣国に嫁がせようとしているはずだ」
クレア嬢の顔が驚いて、暗くなる。
厳密に言えば、違うだろう。ただ、想像はある程度つく。問題はそれが可能なのか、という点だが、ゼノンの手腕ならどうとでもなってしまうのだろう。
「ヴェロニカは、普段大事なことほど言わないから……隣国は心細いはずだ。もし、ヴェロニカが嫌なら俺は隣国行きを阻止してやりたいと思っている」
つらつらと、よくもまあ嘘が吐けるものだ。ヴェロニカの真意を確かめようともせず、自分の欲にのみ忠実。なんて、あさましく、醜いのだろう。
クレア嬢の表情が深刻そうなものに変わった。あとひと押しだ。
「ヴェロニカは、政略ではなく恋愛結婚がしたいと言っていた。それを叶えてやりたいんだ。その協力をヴェロニカの友人であるクレア嬢に頼みたい」
俺は真摯に頭を下げた。クレア嬢は慌てて顔を上げるように言い、少ししてから顔を上げた。考えるように俺を見ている。
「私は、具体的に何をすれば良いのでしょうか」
かかった。慎重に、怪しまれないよう言葉を選ぶ。
「ひとまず、ゼノンの動向を知らせてほしい。そこからは俺が何とかしよう。ゼノン付きの騎士とは会ったことがあると思うが、彼ならゼノンのスケジュールも把握しているはずだ」
マークは無愛想だが、根がまっすぐで騎士精神に溢れたいいやつだ。手合わせをしたときにゼノンに好意的でないことをうっすら漂わせていた。王女付き侍女と王子付き騎士がスケジュールの共有をしていても不自然ではないはずだ。
クレア嬢は少し窺うように俺を見ていたが、すぐさまかしこまりました、と礼をした。
こうして、ヴェロニカがわざと俺とクレア嬢を2人きりにしたおかげで、俺は協力者を得た。
可愛いヴェロニカ。クレア嬢と俺が楽しそうに話しているだけで、嬉しそうにしている。俺は水面下で、ヴェロニカを手にいれようと画策しているというのに、気が付かずに。
そこから彼女はよく働いてくれた。ゼノンが隣国と会議していることや手紙を出していること。それとなくゼノンを阻むこともできるし、純粋にヴェロニカが1日何をして過ごすのかも分かる。
クレア嬢も俺にとっては恩人だ。ゆえに、信じすぎてしまった。もっと疑ってかかるべきだったというのに。
逆に言えば、クレア嬢はヴェロニカについていくはずだ。出て行った先でヴェロニカと合流する可能性は大いにある。
「ひとまず、クレア嬢の足取りを追うか……」
あさましく、醜い。
それでもお前を諦められないんだ、ヴェロニカ。




