深夜の通話
フォグが二体も現れたというのに、警察はラムズ湖に現れもしなかった。おそらく行政府の連中が手回ししていたのだろう。用意周到な連中だ。
身も心も傷ついたわたしは、息を切らしながら自宅に戻った。すでに日が明け始めており、さすがにニナも寝ていた。リビングはひっそりと静まりかえっていて、わたしも気怠く、明かりを点ける気さえ起きなかった。シャワーを浴びるのも億劫で、このまま眠ってしまおうと思ったぐらいだ。
しかしソファーに倒れ込む直前、こんな夜更けに黒電話が鳴って、わたしを呼び止めた。電話の主が誰かは分かっていたので、わたしは警戒することなる受話器をあげた。ただ眠気と疲労が指先を震えさせた。
「ご苦労だった、ミス・ウェザフィールド」と受話器の向こうから。女とも男とも言えない合成音声。
「キス・オブ・デスの大破は確認した。サリー・へイズは逃したようだが、よくやった」
「……完全に倒したわけじゃない。サリーは逃げたわよ。それでもよかったの?」
「かまわん。我々としては、最悪きみがキス・オブ・デスを破壊してくれれば、それよかった。完全に屑鉄にしたとは言い難いが、それでも彼女が今後巨人を扱うことは難しいだろう。ならば、あとは警察に追わせればいい。
君の仕事はここまでだ、赤錆。我々の最大の脅威は、あくまでもキス・オブ・デス。サリー・へイズ自体は、さしたる脅威でもない」
「本当にそれでいいのかしら? 彼女、霧の向こうの兵器を使ってラリュングに混沌を引き起こすことが目的だと言っていた。だとすれば、キス・オブ・デスだけじゃ収まらないはず。今後も霧騒ぎは起きるはずよ」
「そうなったときは、君が何とかしてくれるだろう? 霧の街の女探偵?」
局長はわたしをあざ笑うように言った。それが、わたしの癪に障った。
「そうかもしれないわね。……じゃあ、わたし寝るわ」
がちゃん、とあえて大きな音を立てて受話器をおろす。
局長が、わたしよりも数手先を行っていることは間違いない。わたしは彼の本性は知らないが、しかし狡猾な策士であることは知っている。彼のことだ、すでにわたしがサリーを殺し損ねた場合のシナリオは用意してあったのだろう。
革ジャンを脱いで、ダイニングテーブルに放り投げる。体が休息を求めていた。葬ったはずの記憶がわめいている。頭が痛い。いまは、眠ってすべてを忘れてしまいたかった。




