リバイバルブーム
緩に衝撃の事実を告げられた次の日。
異世界ウィステリアに舞い戻った勝八は、ゾマの里のテントの中で、隊長達へ事のあらましを報告した。
「……あの姫って、元々あぁいう性格なのか?」
本人には聞きづらかったが、故郷の崩壊で目覚めていけないものに目覚めてしまった可能性もある。
勝八は話の締めに、言葉を濁しつつ隊長へ尋ねる。
「あれでも民衆の前では、自らの欲望を抑えるようになったのだ」
すると彼は、今までで一番沈痛な面持ちでそう語った。
隣のキュール君は不思議そうな顔をしているので、本当にあぁいう性癖を誰にでも見せるわけではないのだろう。
「ともかく元気そうだったよ。ところでマリエトルネ姐さんなんだけど、上手いこと連絡取れないかな?」
彼女の話題はアンタッチャブルにするとして、勝八はマリエトルネに関して尋ねる事にした。
水の巫女という似つかわしくない顔を持つらしいマリ姐。
精霊の異変や宰相の身辺を探るためにも、まずは彼女と接触するのが急務だというのが勝八と緩の統一見解だった。
「ううむ、確かに彼女も心配だな。しかしペガス城内にいる以上、連絡を取ることは難しい……」
ややこしいので、巫女云々の情報は伏せてある。
隊長は唸りながら、マリエトルネの安否を気遣った。
「そっか……」
力ずくでペガスへ乗り込む手もある。
が、睡眠や魅了の魔法が効かなくなっただけで麻痺等は相変わらず通用するのだ。
前より簡単に対処されて終わりだろう。
「しかし、禁固刑などではなくあくまで監視に留まっているのなら、移動娼館が通常通り営業する可能性はある」
どうしたもんかと考える勝八に、隊長がそんな話をした。
「そうなの?」
監視対象を塀の外にやるなど有り得るのだろうか。
意外に思って勝八が尋ねると、隊長は「可能性の話だが」と前置きしてカラクリを話した。
「例えば監視をやめたと見せかけ、外に出た対象がターゲットと接触したところを押さえる」
「ペガスの常套手段だね。内通者が何人か炙りだされたって聞いたことがあるよ」
隊長が説明し、キュール君が豆知識。
「おとり捜査って奴か」
そして勝八が言い換える。
かまいたちのようなコンビネーションである。
が、異世界人には伝わらなかったらしく、彼らは一様に不思議そうな顔をした。
「ま、とりあえず行ってみるさ。家宝は俺が持ってていいんだよな?」
誤魔化すようにそうまとめ、勝八は最後の確認をした。
とにかく行ってみなければ始まらない。
マリエトルネに会えなくとも、宰相の情報を得られる可能性はある。
「あぁ、そうしてくれ。我々はグリフォへ向かう」
「癒しの至玉。失くさないでくれよ」
すると、隊長は改めて頷き、キュール君は勝八に念押す。
その言葉を聞き、勝八は隣に座るゾマとそっと視線を交わした。
宝玉がドブ川に思い切り浸かったのは、ゾマと勝八だけの秘密であった。
◇◆◇◆◇
「ゾマって、隊長やらキュール君といるときは無口だよな」
鬱蒼とした獣道の中。
村を出発した後、勝八は顔にかかるツタを払いのけながらゾマへと呼びかけた。
隊長達と話している間、彼女は影のように黙って話を聞いているだけだった。
思えば今までも、ゾマから隊長達へ積極的に呼びかけたのは数えるほどだった気がする。
「里の者以外と話すのは、慣れていなイ……」
するとゾマは、もじもじと体を揺すりながら答えた。
過激派は一部とはいえ、破壊神を信仰する部族と交流を持ちたいと思う人間はそうおるまい。
「なるほどなぁ。俺は?」
納得する勝八だが、自分に対しては会った頃から大分親しげというか遠慮がなかった気がする。
それについて尋ねると、ゾマは「んー」と空を見て唸った。
「カッパチは……カッパチだかラ」
少し間を置いて、彼女は理論派蛮族には珍しい感覚任せな事を言い出す。
「それって、神の使いだからとかこの格好だからとかって事か?」
なんだそりゃと、言語化の手伝いをしようとする勝八。
だが、それに対してゾマは首を横に振る。
思えばゾマに敬われた覚えなど無いし、隊長達も格好だけ見れば腰ミノ一丁だ。
「カッパチは見ていると危なっかしイ。でも、一緒にいると安心すル」
彼女は浮かぶ言葉を繋ぎ合わせて何とか説明しようとする。
だが、どうもしっくり来ないようだ。
「ま、無理に言葉にしなくていいさ。それを探す旅でもあるしな」
頭から煙を出しそうなゾマの様子を見て、勝八は彼女を宥めた。
無理に言語化すると、その言葉の方に引っ張られてしまう気持ちもある。
それを、勝八は知っていた。
ゾマの勝八に対する感情が何なのか。
それを知ることが、彼女が勝八についてくる理由の一つでもある。
結論を急ぐことはなかろう。
「アリガトウ……」
「誰だって人見知りな部分はあるしな」
柔らかく笑い、礼を述べるゾマ。
それに少々照れながら、勝八はそう口にした。
「カッパチも?」
すると、彼女は意外そうに目を丸くする。
「俺は……知らない中学生とか割と普通に声かけてたな」
実は意外と繊細なんだ。
そう答えられれば女心をくすぐれる気もする。
だが、勝八は初対面の人間とも物怖じせず話すことができる。
勝八の答えに、ゾマはからかわれたと思ったのか唇を尖らせた。
「いや、でも緩とかかなり人見知りだし」
「神ガ?」
慌ててフォローする勝八。
すると、ゾマの瞳に再び興味深げな光が灯った。
「そ、見た目小動物みたいだから寄ってくる奴は多いんだけど、友達になる……ていうか心を許すまで大分時間がかかるんだよ」
思い返しながら、勝八は緩の人付き合いについて説明する。
緩も愛想が悪いわけではないので、一応会話は続くのだ。
が、勝八に設定を語っている時と比べるとどうにもぎこちなく、緩から話題を振ったりもしない。
結果、人が離れてしまうことが多く、勝八はどうにもヤキモキしてきたのだ。
高校に入ってからは、小動物大好き大北さんが彼女内のナンタラ条約に基づき保護。
他の友達を紹介したりしているので、ボッチということはなくなった。
が、やはり世界の設定を公開できるような相手は勝八以外いないようだ。
その事を心配しつつも、ちょっと誇らしく思っているのだから、勝八も大概である。
「神が小動物……」
一方ゾマは、神をリスやらモモンガに例えられて衝撃を受けているようだった。
彼女は生の緩、略してなまのんを見たことがないのだから仕方ない。
「神様たって、そんなに変わらない訳よ。特に、ゾマは結構緩と似てるかもな」
そう言えば、神の気持ちを知りたいというのもゾマの目的だったか。
思いだし、勝八は説明した。
「ワタシと、神ガ?」
「人見知りな所もそうだし、むくれかたも似てるな。後はお人好し過ぎるとか」
「むぅ……」
憧れの神と似ていると言われたのに、ゾマはあまり嬉しそうではない。
そう言えば、女の子は他の女子と比べられるのが好きではないと、緩が言っていた覚えがある。
「まぁ、ゾマだけじゃなく、妄想逞しいところはチナリス王女と似ているし、体に凹凸が無いのはマリエトルネと似てるな」
勝八も落ち着きの無さだの学業に関する姿勢だのを他と比べられ、苦い思いをしてきた口である。
自身の考えすぎを諫める意味も含めて、彼は事をワイド化して誤魔化した。
が、ゾマの眉間からは縦すじがお去りにならない。
変な情報ばかり与えすぎたせいで、彼女の中で緩がおかしな事になっているのだろうか。
心配になった勝八が緩に、対するフォローの言葉を発しかけたとき。
「カッパチと神は、夫婦なのカ?」
顔を上げたゾマが、不安そうに勝八に尋ねた。
「な、何でそうなる!?」
かなり飛躍した彼女の問いに、勝八は大きな声を出してしまう。
「随分親しげ、に聞こえたかラ」
すると、指あやとりをしながらゾマが言葉を紡いだ。
「ったく、ただの幼なじみだからだっての。夫婦でも、こ、恋人でもない」
なるべく冷静に訂正しようとした勝八だが、大事なところでどもって余計にダサいことになる。
地球でも同じような勘違いをされ、それをさらりと否定した覚えがある。
が、場所が異世界だからなのか、相手がゾマだからなのか。
妙に落ち着かない気分になった自分に、勝八は戸惑った。
「そう、カ。幼なじみカ」
彼の言葉を聞き、ゾマが小さく笑みを見せる。
信仰する神に夫がいるとなると、信徒としては複雑なものがあるのだろうか。
ボケたことを考えながら歩く勝八。
すると、その内森が拓け崖の上に出た。
見下ろせば、そこには森と城壁に囲まれた都市ペガスである。
地球とウィステリアを頻繁に行き来しているせいで、随分久し振りに戻ってきた感がある。
自身が殺された地であるのに懐かしさを覚え、勝八はしばらく呑気にその光景を眺めた。
「それで、どうすル?」
すると、遠い目をしている彼に、ゾマが問いかけた。
「もっかいおんぶしようか、ゾマ」
前に来たときはゾマをおんぶしていて、ぽよぽよした感触が心地よかった覚えがある。
だからこそ、この風景に良い印象が刷り込まれているのかもしれない。
「チガウ」
ぽよぽよと考える勝八の背中を、ゾマがぺちんと叩いた。
勝八が何を思い出しているのか読み取ったようで、褐色肌に赤みが差している。
勝八ポイントが貯まりそうな表情だと考えながら、彼はゾマの質問に答えることにした。
「もうちょっと近づいて、門の見張りだな。今日張り込んで動きがなければ、明日行き来する住民でも捕まえて情報収集しよう」
完璧な作戦だと自信満々に語る勝八。
だが、ほとんど運任せだと言っているのと変わりない。
もっともゾマもその辺りは期待していなかったらしい。
特に異論は挟むことなく。
「ここからでも城門は見えるゾ」
とだけ言った。
「え、マジかよ」
驚いたのは勝八である。
何せ街は見えるも、民家一つが小指の先程度の大きさにしか見えない。
城門の入り口も森に阻まれ、衛兵が立っているかすら分からないのだ。
「目が良いのは知ってたけど、とんでもないな」
昔テレビで原住民特集をしていた時、彼らの視力が驚異的だという話が出ていた。
だが、ゾマの視力はそれを大きく越えている。
「長老はもっとすごいゾ。テントに入る蚊を即つかみ取れル」
「それ目が良いとはちょっと違うな」
誇らしげに語る彼女。
それにつっこみを入れて、勝八は里にいる長老を思い返した。
多分婆さんは、パラサイト的な何かに寄生されている。
「とりあえず、ここで待機だな。飯どうしよ」
だが、それは置いておくとして、勝八はこれからについて考えた。
ここへ来る前にこれからについて考え忘れていたので、食事の用意もしていない。
「ココッサの実がよく採れるゾ。ネシの葉は苦みがあるが気付けに最適ダ」
うつ伏せになって見張りモードに入りながら、ゾマはそう話した。
薄布を押し上げる尻のボリュームにグッと来るが、それよりも、いや、その次に気になることがある。
「……そういやゾマ、寝てないよな」
里から三日月塔へ半日。
戻って半日。
勝八は地球で眠ったので、精神的には睡眠時間を確保できている。
だが、ゾマは歩き詰めの上一睡もしていないはずだ。
勝八の無計画ここにきわまれりである。
平素ならゾマも食料の準備ぐらい思いついていただろう。
「あと一日ぐらい眠らなくて大丈夫ダ」
今更になってそれに気づいた勝八だが、ゾマはまるで大丈夫ではない人の言いぐさで、大丈夫だと言い張る。
「ニキビできるからやめとけ」
かつて、夜更かしをした緩がこさえて涙目になっていた覚えがある。
「出来たことがないから平気ダ」
だが、ゾマは神のというか全国女子の羨望を集めそうな発言を返す。
「……別に寝てる間にどっか行ったりしないから」
理屈もなくピンと来て、勝八の口から言葉がこぼれた。
それを聞くとゾマはハッと勝八に振り向き、すぐに唇を尖らせた。
「そんな心配はしてなイ」
口ではそう言うが、体は正直だ。
勝八の足手まといになり置いて行かれることを、彼女は恐れている。
手でも握っていてやれば、安心して眠るだろうか。
などと勝八が考えあぐねているとき。
「……馬車が出てきタ」
視線を前方に戻したゾマが、そんな事を口にした。
「え、マジで?」
勝八も彼女と同じ方を見るが、そこには森が広がるばかりである。
「あの御者は見たことがあル。マリエトルネの馬車ダ」
「おいおいおいおい」
しかも、ゾマが言うにはそれが目的の馬車だという。
あまりのタイミングの良さに、仕込みか何かを疑いたくなる。
勝八は周囲を見回したが、ドッキリ等の兆候を見つけることは出来ない。
「……日頃の行いのおかげかな」
とりあえず神に感謝しかけたが、この世界の神は緩である。
あとで直接本人に礼を言うことにして、馬車の元へ向かおうとする勝八。
「街から離れてからの方が良イ。それニ……」
だがそれを、ゾマがからからと止めた。
そうしながら、彼女の目線が城門――らしき方向から横に逸れる。
「尾行がついていル。そちらを抑えるべきダ」
「そんなもんまで見えんの!?」」
尾行をつけて自由にする作戦があるとは、事前に聞いていた。
だが尾行ということは、つまり隠れているわけで。
そんなものをこの距離から見つけられるゾマの目は機械仕掛けか何かではなかろうか。
慄いている勝八の前で、ゾマの尻がズリズリと動いた。
「ど、どした?」
その動きに目を奪われながら勝八が尋ねると、彼女は乳をクッションに崖下を覗き込む。
勝八が同じようにそちらを見ると、そこには数人の男達がたむろしていた。
「あれ、何か既視感があるぞこの展開」
薄汚れた彼らの姿も、何やら見覚えがある。
「へっへっへ。体が疼くゼ」
すると、ゾマが出し抜けにそんなセリフを吐いた。
鎮めてやろうかと勝八が覆い被さらずに済んだのは、やはりこの流れにも覚えがあったからだ。
「あれって、この前の山賊か?」
ゾマの隣に伏せ、勝八は今更小声で尋ねる。
「そのようダ」
ゾマは乳を支点に前後へ揺れながら、勝八に答えた。
どうやら男達の会話を聞き取ろうとしているらしい。
先ほどの言葉も、ゾマの並外れた聴覚が盗み聞いた山賊達のセリフだ。
「確かこの時間で良いんだよナ」
彼女のリスニングを邪魔しないよう、乳に視線をやることで暇つぶし以上のプライスレスを得る勝八。
「へへ、あの女ども、今度こそヒィヒィ言わせてやるゼ」
すると、そのゾマがセクシャルでバイオレンスなセリフをフラットに言うので、勝八は眉根を寄せた。
今度こそで、あの女どもということは、マリエトルネ達を指しているのだろう。
しかも口振りからして、彼らはこの時間にマリエトルネの馬車がここを通ることを知っているようだ。
そのマリエトルネの馬車は、現在おとり捜査のために尾行を受けている。
「何が起こってるんだ?」
「サァ」
ゾマに尋ねるも、彼女はつれない返事である。
これは下手に動くべきではない状況だと、勝八でも判断できる。
三者が崖下に集うまで、勝八はふにふに動くゾマの胸を眺めながら過ごした。




