実は彼女は
宰相の母は貴族の娘であり、深窓で蝶よ花よと育てられていた。
だが世間知らずの彼女は、ある日こっそり家を抜け出し優雅に散歩。
そこを運悪く蛮族に襲われてしまったらしい。
そこからの経緯はチナリスも口を濁したし、勝八もあまり聞きたくない。
大体は想像できるし、きっとそれよりもひどい事が起こったのだろう。
「スカーレットはその生まれのせいで、周囲から蔑みと好奇の目を向けられ育ってきました。そして、彼女は蛮族を深く憎悪するようになったのです」
思いを共有できた事に頷きながら、チナリスはそう締めくくった。
「あぁ、だからあんなに怒ったのか」
それを聞き、勝八はようやく合点がいった。
宰相が勝八に向けた殺意。
あれは彼女の境遇が原因だったのか。
「宰相と何があったのですか?」
「無理やりキスしたら死ねって言われた」
ぼんやり考えていたせいで、思考をそのままだだ漏らしにしてしまう勝八。
「無理やり!?」
すると、チナリス王女はやはりひっくり返った声を出す。
「あ、いや、そうなったのには訳が……」
魅了魔法を受けていたのだから仕方が無いのだ。
弁解しようとする勝八だが、王女はまるで聞いていない。
「母を蛮族に襲われそのせいで蔑まれてきた少女に対して、その蛮族スタイルで無理やり唇を奪ったのですか!?」
彼女は勝八のしてきた事が如何に非道か分からせるかのように、興奮した様子でまくし立てる。
「て言うか俺、拷問されて殺されたんだけど……」
「何たる陵辱。何たる鬼畜。やはり貴方こそ、私の王子様です……」
小さく言い返す勝八。
しかし王女は頬を抑え小刻みに震え、自分の世界へと没入してしまっている。
何故か好感度が上がった気配がするが、どうにも喜べない。
とりあえず弁解は諦め、勝八は大きく息を吐いた。
「だからってやり過ぎはダメだろ」
確かに宰相の境遇には同情する。
彼女の母を襲った蛮族がどうなったかは知らない。
だが、地獄的な物があればそこに堕ちれば良いと思う。
破壊行為を行ってきた蛮族とて、反省したから許せとは言えない。
それでも、傾いた国を直そうともせず他国民を使ってまで蛮族を貶めようとする姿勢は異常だ。
「どした?」
勝八が考えていると、王女が目を丸くし固まっていた。
「いえ……思いのほかまともな意見をおっしゃるので」
すると、彼女は本当に意外そうな口調でそう答えた。
どうも彼女の中では、既に勝八のイメージは固まっていたようだ。
抗議のために睨むと、チナリスは「やだ襲うつもりですか?」とでもいうように期待に満ちた目で勝八を見つめ返す。
ダメだ。この娘には勝てる気がしない。
「……他の連中は何も言わないのか? その、好かれてないんだろ宰相」
仕方なく、勝八はまたも話題を先に進めることにした。
いくら国の偉い人とはいえ、一人の力で国の方針がガッツリ決まるものだろうか。
それも、話によると宰相はあまり歓迎されていない人材のようだ。
「若きペガス王が彼女を重用しているという理由もあります。ですが、そもそもスカーレットが宰相の地位に登りつめたのは、彼女が不思議な力で幾度も国を救ってきたからなのです」
勝八の問いに、チナリス王女は王族フェイスで答えた。
「不思議な力?」
その切り替えの早さが、勝八には少々面白くなりかけている。
「地震を予知したり、金の鉱脈を見つけたり……彼女が農作の指揮を執ってからというもの、収穫が倍近く増えたという話もあります」
それを押し殺して勝八が尋ねると、チナリスは何やら胡散臭い逸話を並べだす。
「それもう宰相って言うか預言者とか超能力者じゃん」
もしくはゴールド・トレジャーハンターだ。
勝八のツッコミにチナリスも「そうですね」と困ったような顔で笑い、言葉を付け足した。
「彼女の背後には、何か大きな力が潜んでいる。そんな噂が、ペガス内では囁かれています」
「大きな力ねぇ」
話はますます胡散臭くなるばかりである。
この世界に、緩以上の大きな力は存在しないはずだ。
しかし、あの境遇あの若さでのし上がっている宰相を見ると、何かカラクリがあったほうが自然だ。
思わぬところで情報を得てしまった。
自分には扱いきれないので、考えるのは緩にやってもらおう。
「分かった。色々ありがとうな」
随分長居してしまった。 見つかる前にここを去ろう。
そう決め、勝八はチナリス王女に礼を言った。
立ち上がると、股間に乗せていたハンケチを返す。
「もう、行ってしまわれるのですか……?」
すると、チナリス王女はそれをぎゅっと握り締め、潤んだ瞳で呟いた。
気丈に振舞っていても本当は寂しいし不安なんだな。
そう信じたくて、勝八は3秒ほど待つ。
「せめて去り際に一発……」
「はいサヨウナラー!」
が、やはりそんな事はなかったので、くるりと背を向け月光差し込む窓へと近づいた。
「お、お待ちください」
引きとめようとする王女。
「大丈夫! その内また来るから!」
だが、勢いよく窓を開け放った勝八は、去り際にそう言ってそこからダイブした。
この程度の高さから落ちても問題は無いし、着水の音は豪風がかき消してくれるという彼なりの計算あっての行動である。
「隠し通路を、塞いでから帰って欲しかったのですが……」
ただし彼は、暖炉に穴あき灰が飛び散り足跡が無数についた室内の様子をすっかり忘れていた。
ため息を吐いたチナリスは、そのままベッドへと倒れこむ。
この惨状を見られたら、明日どんな誤解を受けるだろう。
彼に乱暴されたなどと勘違いされるだろうか。
考えるだけでゾクゾクする。
「……と、いけませんね」
それはそれで楽しそうだが、彼はまた来ると約束してくれたのだ。
それまでに隠し通路が判明してしまうのは困る。
下女になった自分を想像しテンションを上げ、チナリスは後始末を始めたのであった。
◇◆◇◆◇
「お前って、非常ベルとか異常に押したくなるタイプ?」
地球へと戻った勝八は、出し抜けに緩へと問いかけた。
あの後川の中へ無事着水。
勢い余って川底へ体をぶつけたが、さしたる問題ではない。
ゾマと合流し、腰巻を返してもらい、とりあえず隊長へ報告しに集落へ向かう途中で帰還の時間になったのだ。
「え、え?」
唐突な質問に、もちろん緩は戸惑った声を出す。
「ドミノとか並べてる最中、無性に崩したくなるタイプ?」
それに構わず、勝八は更に質問を重ねた。
チナリス姫の性癖。
あれが緩の願望だとは思いたくない。
だが万一の可能性も考慮して、彼は誘導尋問に踏み切ったのだ。
「し、しないよそんなひどい事」
混乱しながらも、緩はそう返す。
汚い男にあれやこれやされたいかとは聞けないので、ボカした質問になった。
が、とりあえず彼女に破滅願望はないようだ。
だがまだ安心は出来ない。
「汗の匂いとか結構好きなタイプ?」
「それは……な、無いよ! そういうの無い!」
最後に質問すると、緩は一瞬考えた後慌てて否定した。
若干傾向アリ。
靴を脱いだ後、靴下の臭いとか嗅いでしまうタイプかもしれない。
異世界ウィステリアで持ち帰った情報よりも深く心に刻んで、勝八は経過を見守る事にした。
「もう、何なの勝ちゃん……」
赤くなった顔で、緩が唇を尖らせる。
彼女の疑問には答えず、勝八は異世界であった事を説明することにした。
その際チナリス王女の性癖に関しては伏せたが、説明自体はむしろスムーズに終わった。
「……そっか、宰相さんの生い立ちってそんな事になってたんだ」
いつもながらしょげた様子で、緩は呟く。
勝八もたまには良いニュースを持ち帰ってやりたいのだが、歪みを直すという目的がある以上致し方ない。
「やっぱ、元々は違うのか?」
「うん、普通に貴族の生まれで……そんなに詳しくは決めてないの」
緩は蛮族を作ってはいないのだし、そもそも彼女がそんな暗い設定を考えるとは思えない。
勝八も最初から、宰相の生まれは緩製の設定ではないと思っていた。
そしてやはり、空白だったところにとんでもない設定がぶち込まれた形のようだった。
「設定魔のお前にしては珍しいな」
「わ、私だって、全部決めてる訳じゃないもん……」
大体の人間に「好きな色」だの、こじらせた時には「イメージ曲」だのつけていた緩が両親の設定を付けないとは。
勝八が不思議に思って聞くと、緩は唇を尖らせそう返した。
「香りの設定とかもあったよな。あれって」
「……それ以上言うと怒るからね」
性癖の発露か。
そう尋ねようとした勝八を、緩が迫力のない顔で睨んできた。
怖くはないが、緩が本気で怒るとすごく長い。
「まぁ生い立ちは良いとして、問題は宰相の背後にある力ってやつだ」
程ほどにして、勝八は話題を切り替えた。
「金脈を当てたり、収穫を多くする力かぁ……」
すると緩は少々ご機嫌斜めのまま、ううんと唸る。
さすがにチナリス王女のようにシームレスには行かない。
「心当たり無いか?」
ご機嫌を伺うわけではない。
わけではないが、いつもより優しい口調で尋ねる勝八。
一人の女性を宰相まで押し上げる力だ。
緩に思い当たる線が無いのなら、それは魔物……もしくは世界の歪みである可能性も出てくる。
宰相や大臣が悪者に乗っ取られているなどという話は、それこそファンタジーで定番である。
「ううん、無いわけじゃないの。4大精霊なら、それが出来ると思う」
勝八の声色に小さく笑みを見せながら、緩は答えた。
機嫌が直ったようで一瞬安堵しかける勝八。
だが、緩の言葉には看過できない単語が含まれていた。
「何だその4大精霊って」
「覚えてないの?」
勝八が問うと、緩はそのくりりとした瞳で尋ね返してくる。
緩を覗き込むものはまた緩に覗き込まれている。
そんな諺が出来そうな澄んだ瞳である。
「お、おう、悪い」
圧されるように謝罪した勝八に、圧を抜くように息を吐くと緩は説明を始めた。
「4大精霊は、火、水、土、風の4属性を司る精霊で、異世界――ウィステリアの環境を管理してるの」
ベタなのが出た。
思いはしたが、先ほどからどうも緩の機嫌を損ねているようなので黙っておく勝八。
「……勝ちゃんに言われて作ったんだよ?」
すると、緩が彼の記憶力を測ろうとするかのようにずいと顔を寄せる。
「俺?」
動揺しながら尋ねる勝八。
「だって勝ちゃんが、実際の中世は汚かったって言うから……」
すると、自分から近づけておいて恥ずかしくなったのか。
緩はふいと視線を逸らしながら呟いた。
「あー、空からウンコが降ってくるとかな!」
「大きい声で言わないでよぉ」
その言葉を聞き、勝八はようやく思い出した。
ある日、中世ヨーロッパでは桶に用を足し窓から外へ捨てていた等の知識を仕入れた勝八。
彼はそれを、ファンタジー設定を作っている緩へと自慢げに語っていたことがあったのだ。
緩はしばらく口を利いてくれなくなり、懸命に謝罪する事でようやく許してもらった。
その時に何やら新しい設定を作ったと、緩は言っていたはずだ。
しかし、許してもらった安堵で勝八はそれを右から左へ受け流してしまっていたのだ。
「だから、ゴミを掃除してくれる皆食いネズミを作ったり、水を綺麗にしてくれる精霊を作ったの。そうなるとやっぱり他属性の精霊も作りたいなって……」
「そこで他の属性も作るところがお前だよな」
回想しながら緩の話を聞いていた勝八だが、その中でふとおかしなことに気づいた。
「汚かったぞ、ペガスの水」
「えぇ!?」
水の精霊とやらがきちんと働いているのなら、勝八もあそこまでドロヘドロにならなかったはずだ。
勝八が指摘すると、緩はびっくりと声を上げる。
それから、頬に両手を当てて呟いた。
「もしかしたら、水の精霊に何かあったのかも……」
「それか、宰相に協力してるのがその水の精霊って奴とかか?」
元々、精霊とやらが宰相に力を貸しているのではという話だったはずだ。
問いかける勝八に、緩は頬を覆ったまま首を横に振った。
「精霊は一個人に協力したりしないし、そもそも精霊って普通の人には感知できないの」
先ほど言い渋ったのは、これが理由らしい。
ついでに水の精霊とやらに協力してもらえたとして、自国に水を汚すメリットは宰相にもないだろう。
となると別の精霊の仕業か。
それともまた別の存在がいるのか。
「交信できるのは、その精霊の巫女だけで、水の巫女も今は……」
「死んだのか?」
勝八が考えていると、緩はまたしても新しい設定を口にする。
そろそろキャパシティオーバーになりかけた勝八は、ストレートに尋ねてしまう。
悲しげに頷いた緩だが、すぐさまバッと顔を上げる。
「あ、でも勝ちゃん会ったことがあるんだっけ」
「はっ? 幽霊とかに知り合いはいないぞ」
彼女の不可解な言葉にアホ面を晒す勝八。
だが、緩は首を横に振ると説明を改めた。
「シャシャ族。彼女達が、水の精霊の意思を伝える水の巫女なの」
シャシャ族……なんだっけ。
少し考えてから、勝八は思い出した。
猫耳のついた、幼女種族。
幻惑魔法が得意だが、ペガスに攻め込まれ……。
「滅ぼされたって聞いたけど、生き残りの人がいるんでしょ?」
そして、唯一の生き残りがいる。
移動娼館ローズフェリアの元締め。
勝八の貞操を奪おうとした、やり手ロリ婆。
「あれが、巫女ぉ?」
娼婦云々関係なく、巫女という言葉とは程遠い人物。
マリエトルネその人の姿を思い出し、勝八は思いっきり懐疑的な声を出したのであった。




