*絶望へのカウントダウン
魔物たちの侵攻は霊術士たちの想像通り、人々に恐怖を与えるに至った。
この混乱を収めるに足る者などいるはずもなく、力なき人々はただ神に祈り、すがる事しか出来なかった。
そうして、「人」でいようとする者たちと「魔物に魂を売る」者たちとが互いに激しく争い分裂が始まる。
生きるための選択といえば聞こえはいい。しかし、それが正しいかどうかという部分までを考えられる者は少ないのかもしれない。
人であり続けるためにはその命を賭けなければならない。だからといって魔物に服従すれば、命は長らえる代わりに人としてのあらゆるものが奪われる事になる。
世界は今までに経験した事のない戦いに呑み込まれ、死と絶望と叫びを作りだしていく。街はことごとく破壊され、誰を信じればいいのか解らない。恐怖は力なき人々を服従させ、魔物たちの力を強力にする。
そうした人々を護りながらの戦いは、霊術士たちの心身を徐々に疲弊させていった。
──破壊された街の一角
「デイ!」
「右だ」
デイトリアは冷静に久住に指示を出す。魔王からの命令により、魔物たちはデイを捕らえるために躍起になっていた。
いくら倒しても続けざまに現れる魔物たちに久住はうんざりした。久住の能力は霊的なエネルギーを体内に取り込んで身体能力を超人的に向上させるというものだが、人間である以上は疲労もするし体力は無限ではない。
その中で、デイトリアの動きは少しも衰える事もなく魔物をなぎ払っていた。彼の闘い方は独特だ。エネルギーを手に集中させて凝縮し爪で引き裂いていく。
それは野性的でいて、流れるようなモーションは芸術的でもある。
鮮やかなデイトリアの動きに見惚れるがそんな場合じゃない。これじゃ守ってるんだか守られてるんだか解らないなと久住は苦笑いを浮かべた。
デイトリアを守るためにいる久住だが、どちらかといえば久住がピンチに陥っている。
その動きから繰り出される爪の攻撃は強力で、腕のひと振りで十体ほどを引き裂くほどだ。それでも、誤って久住に攻撃が当たらないようにと力を抑えているようにも見える。
押し寄せる魔物たちに囲まれているというのに、久住は何故だか妙な安心感に浸っていた。本来であるならば、視界全体に魔物が見える現状にたった二人で勝てるとは到底思えない。
しかし迫り来る魔物は巨大で、ふとすればすぐに命を落とす恐怖を完全に拭い去る事は適わない。
そんななか、魔物たちの背後から見知った姿が現れた。
「久しぶりねぇ、元気してたぁ?」
マリレーヌはなまめかしくその妖艶な体を強調するように二人に歩み寄る。
「なんだこの女。妙にムカツクぜ」
「うるさいわね! あんたなんかさっさと死んだらどうなのよ!」
「なんだとこのアマァ!」
「奴のペースに乗せられるな」
いささかヒステリックな女に驚きつつも久住をなだめる。
「ガデスは元気かね」
「あなたが素直にこっちにつけばすぐにでも会えるわよ?」
色目を使いつつ牽制する。
「あら、ダメよ。こっちにつく振りして魔王様に近づこうなんて考えちゃ」
口角を吊り上げて鼻を鳴らす。この一帯だけが静かな静寂に包まれ、遠くから響く爆発音までもが遠のいているようにも思えた。
「デイトリアちゃん、大人しくしなさいな。そうすれば痛い思いしなくて済むんだからさぁ」
久住は以前にも感じた違和感に眉を寄せた。
こいつもデイトリアと言った。やっぱりこの前のは聞き間違いじゃなかったんだ。
その時、威圧感を漂わせる幻影がゆっくりと二人の前に現れた。魔物たちは幻影であるにもかかわらずひざまづき、それが彼らにとって畏怖する存在なのだと示す。
影は閉じていた瞼をゆっくりと開くとデイトリアを見つめた。デイトリアはその視線にたじろぎもせず魔王と見合う。
「デイトリア。人間たちが君の正体を知っても、君を守ると信じているのかい?」
「守られるためにいるのではない」
「君が人間だと思っているから守っているんじゃないのか? 無駄なことはやめておけ」
「すべき事をしているだけだ。無駄な事などありはしない」
揺るぎのない瞳はガデスの喉を詰まらせる。
「久住、教えてやろう」
魔王は大きく息を吸い込み、切り替えて男に発した。
「デイトリアはもはや人ではない、そんなものは過去の話だ。人間の振りをしているが性別も無く、老いることも無い」
「は? お前なに馬鹿なこと言ってんだ」
鼻で笑うが、本人からの否定の声が聞こえない。久住は、自分が聞こえなかっただけなんだろうと思いたかった。
「デイ……?」
振り返ると、何事もないように無表情に立つデイトリアがいた。
どうして否定しない? なんで黙ったままなんだよ──!?
「本当なのか?」
嘘だと言ってくれ。頼む──デイ!
「そうだ」
「嘘だ!」
久住の激しい動揺にガデスは薄ら笑いを浮かべた。





