*始まる叫び
「魔王につけ」
「それを言いに来たのか」
ご苦労な事だと肩をすくめる。
「返事は」
「聞く必要があるのか」
しれっと答えたデイトリアにルーインは目を吊り上げた。
「まったく、なんだって貴様はそんなムカツク言い方をするんだ」
「むしろこの状態に疑問を持つべきだと思うが」
その言葉にしばらく考えていたようだが、それもそうかと納得した。
「そうだったな。今までのことがあった故につい貴様に乗せられた」
デイトリアは、人のせいにするのかと目を据わらせる。それから、互いを牽制するようにしばらく沈黙が続いた。
「魔王が動かない理由は私にあるようだな」
「殺してやろうか」
眉を寄せ、デイリトアの勘の良さに舌打ちする。
「それが可能ならばやるといい」
その物言いは魔王の命令に云々という意味ではなく、勝ち負けに対するものだと明らかに示していた。
仮にも魔王の代理を長年務めてきた自分になんたる事をと奥歯を噛みしめたが、乗せられるなと深呼吸して平静を取り戻す。
「魔王は近々、侵攻する。お前との交渉も続けていくだろう。もし数百人の命と引き替えだと言われたらお前はどうする」
「なんだと?」
苦い顔をしたデイトリアにニヤリと笑んでかき消えた。
──魔王の城はいつになく静まり返っていた。玉座のガデスの前には三人の魔将とルーインがひざまずき、何かを待っているようだった。
ガデスはそれを確認するように部屋を見回すと、銀色の鎧をきしませながら立ち上がり悠々と右手を掲げる。
「時は満ちた、今こそ人間界に侵攻せよ! 彼らに恐怖と殺戮を──!」
その声は魔界の隅々まで響き渡り、魔物たちは一斉に雄叫びをあげた。それはまるで魔界全体が震えたようだった。
「やっと動いた。いつまで待たせるのかとイライラしてたよ」
ギルは溜息を混じらせて肩をすくめる。
「仕方ありません。元々は人間だったのですから手間取るのも当たり前です」
なだめるようなファリスの言葉の端々には、やはりどこか人間を小馬鹿にしているものが含まれていた。
マリレーヌは二人を見やると上品にかつねっとりと笑みを浮かべる。
「ウフ、やっと人間界が私たちのものになるのね。うれしいわ、こんな陰気くさい所とはおさらばよ」
そう簡単に行くといいがな……。ルーインは魔将たちを一瞥して心中でつぶやいた。
──魔界の動きに人間界もどよめきたつ。空間の揺らぎを確認したキャステルの組織はそれを全ての霊術士たちに瞬く間に伝えた。
長い期間があったおかげで、世界各地の神霊組織との連絡網は完璧に出来上がっていた。
「とうとう来たか」
我々は勝てるのか。いや、勝たなければならない。祈りにも似たキャステル言葉は闇に吸い込まれるように消えていく。
「デイ……」
連絡を受けた久住は、ソファに腰掛けているデイトリアスに不安な眼差しを向けた。覚悟はしていたものの、いざその日が来るのかと思うと緊張を隠せない。
「己の命を第一に考えろ」
久住に応えるように閉じていた瞼を上げ、視線を宙に見据えて発する。
「わかってる。わかってるさ──」
自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
魔物の侵攻が始まれば世界は悲鳴に包まれる。それを勇介が本当に望んでいる事なのかデイトリアには計りかねた。





