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整備オタク

第四話。

明日香の依頼を受けた渡は、どのようにして車いすを直していくのでしょうか?

 渡は真剣に車いすの各部を見ていた。明日香から聞いた『左に勝手に曲がる』という問題を解決するため、モンキーレンチと目測でのコンビネーションレンチを持っている。ある程度検討を付けた渡は、左前輪を取り外すことに決めた。

 「(きっと、何かが絡まってるはず……)」

 コンビネーションレンチを持ち替えて取り外し作業に取り掛かろうとした瞬間、明日香から質問が飛んできた。

 「あの……、重くありませんでしたか?」

 まるで真っ赤になった顔を隠すように下を向きながら聞いてくる明日香に、渡は目を見て答えた。

 「えっと……何のことでしょうか?」

 「あ、いえ……何でもありません……」

 「(素直に重かったなんて、言えないしなぁ)」

 前輪を留めているボルトを緩め、車いす本体から取り外した。最早、人生の足となっている明日香の車いす。これまで、自分の目の前で整備を行ってもらったことがない明日香にとって、渡の手の動き一つ一つが不思議なものだった。

 「あぁ、やっぱりだ。……あれ? これは……。もしかして、犬か猫を飼ってますか?」

 「え? たしかに犬を飼ってますが……。どうして分かったんですか?」

 「左前輪のボルトに茶色の毛が沢山絡まってましてね。あなたが髪を染めてなかったので、もしかしたら……と、思いました」

 「(すごーい……)」

 「お時間に余裕があるなら、せっかくですし全体の整備をしましょうか?」

 「いいんですか? やって頂けるなら嬉しいですけど、あなたの時間が……」

 「気にしないでください。慣れてますから!」

 「……は、はぁ。(慣れてる?)」

 渡の自信満々の顔に負けた明日香であった。




 まず、整備の手を休めて家からコップ一杯の麦茶を持ってきて明日香に渡した。渡は最初に気づかなかったことを謝ったが、明日香がその謝罪を制した。あまり時間はかけられないと悟った渡は、大掛かりな整備をすることは断念。左前輪のボルトに付着した潤滑剤と混ざった汚れと毛をきれいに除去した。右前輪も同様に取り外してからウェスで汚れを払拭。明日香にとっては取り外せることすら知らなかったのだから、驚きも隠せない。渡は驚く明日香を見て苦笑いするしかできなかった。

 次に、再度潤滑剤をボルトに塗布する必要がある。『潤滑剤だから沢山塗ろう!』という考えでは、今回のようなことが再発しかねない。油は汚れや毛髪などを絡め取ってしまう要因なので、必要最低限がベストなのである。これを左右の前輪に行い、本体に取り付けて前輪の整備は終了。この時点で、渡は自ら車いすに乗って左右均等に前輪が回転するか、ボルトに緩みはないかを確認した。結果、整備良好、直進するようになった。

 今にも拍手をしそうな明日香の感謝を遮り、渡は車庫から自転車用の空気入れを持ってきた。

 「タイヤの空気は抜けてないと思っていたんですけど」

 「それはたぶん、乗り慣れてるからだと思います」

 渡は空気入れのホースが使いやすいように、車輪を回転させて空気入れ口の位置を調節した。この空気入れ、完全な手動ポンプ式のため夏にはあまり使いたくなかったが、そうも言ってられない状況である。幸い、タイヤの空気はそれほど抜けておらず、数回ポンプを作動させただけで空気圧良好となった。しかし、明日香の汗は引いてきても、今度は渡が滝のような汗を流し始めた。

 「助かりました。ありがとうございます」

 「いやいや、最後に残ってるものがありますから!」

 「(もう十分なんだけどなぁ……)」

 タイヤに空気を入れたことで整備の必要性が表れる部分、ブレーキ位置。最悪、この部分は手を触れなくても問題はないが、乗り手が女性なだけに渡は気にかけた。ブレーキレバーを一杯まで後ろに引くとストッパーとして作用するこの部分、これまでのタイヤの空気圧に慣れて使い続けたならば尚更だ。膨張したタイヤによってブレーキシューまでとの距離が少しだけ短くなっている今、完全にストッパーを効かせようとすると力を入れなければならない。車いすのストッパーは、少しだけタイヤが変形するくらいに押せれば問題ないので、少しだけタイヤから位置を離すことにした。ドライバーでねじを緩めてブレーキ全体を前輪方向へ目測で二ミリメートル。左右が終わったところで、もう一度車いすに乗った渡は試運転をした。

 「…………前輪良好。空気圧良好。ストッパーは……確認してもらうとして」

 車いすを降りた渡は最後に後ろに回って介助者が作動させるブレーキも確認した。位置を調節したため、こちらも問題はなかった。

 「よし、終わりました。…………乗って確認してみてください」

 今度は明日香独りで乗り移れた。ストッパーを外して渡と同じような軌道で走行した。

 「うわぁ、すごい!」

 「ちゃちゃっとやってこんな感じです。どうですか、不都合な部分とかありそうですか?」

 心配そうに聞いてくる渡に対して、明日香は首を横に振った。

 「無いと思います。うわぁ、なんでこんなに軽いんだろう……。ストッパーだって……今までより小さい力で使えるし……。うわぁ……」

 「(満足、満足!)」




 かれこれ五分ほど感動に浸っていた明日香だが、渡の苦笑いに気づいて赤面した。

 「す、すいませんでした! ……じゃなかった、ありがとうございました!」

 「いや、いいんですよ。それより、少しお待ちいただけますか? 一分で戻ってきますから」

 「(なんだろう?) えぇ、構いませんよ」

 これまでに活躍した工具をアスファルトに置き、渡は慌てながら家に戻った。特に時間を気にするわけではなかった明日香だが、同じように慌てて出てきた渡に驚いた。

 「そんなに慌ててどうしたんですか?」

 「はぁ、はぁ……。これ、自分の携帯の電話番号とここの住所……です」

 「(…………ナンパ?)」

 「もし、車いすに不都合を感じたら電話をください」

 「(もしかして、私ってかなり失礼な女?) あぁ、そういうことでしたか。でも大丈夫だと思いますけど……」

 「直した責任がありますから」

 真剣な表情の渡は、突き出すように明日香にメモ用紙を渡した。仕方なく受け取った明日香だが、渡のミスに気付いたと同時に、自分のミスにも気づいた。

 「あの……お名前を伺ってもよろしいですか?」

 「え?」

 豆鉄砲をくらったような顔をした渡だが、すぐにメモ用紙に名前を書き忘れたことに気づいた。

 「あぁ……焦って書き忘れた……。竹下渡です」

 「竹下渡さん……。今回はありがとうございました。私は上浦明日香といいます。いつか必ずお礼を持って伺いますので……」

 「いや、本当に気にしないでください。こっちも熱が入ったら止まらなくなっちゃって……」

 やっと涼しさを感じられる時間に、渡の恥ずかしそうな笑い声と明日香の幸せそうな笑い声が響いた。

おはようございます、こんにちは、こんばんは。赤依 苺です。

今回は『お前、何書いてるの?』という意見が出てきそうな内容となりました。しかし、車いすの整備とはこうやって進めていくんだぞ、というのが伝わったでしょうか? 一番大切なのは、整備後の試運転。これを忘れるようなら整備とは言えません。直しているのは車いすという『物』でも、使用者にとっては大切な『身体の一部』です。

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