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大切にして、大切にするから

こんにちは、赤依です。


最終更新が四月の頭なので、かなり期間が空いてしまいました。この話で完結ではありません。でも、そろそろです。


では、後書きにて。


追記(2014年5月6日):1,800PVを頂きました。おかしいな、前回の追記を書いたのは三日前のはずだったのに……。

追記(2014年5月10日):600ユニークを頂きました。最終話間近の今、とても嬉しいです。

 進化した文明では、“情報”をデータとして保存する。これまで煩雑に管理されていた物が、目に見えない形に圧縮されてから、まとまった場所に蓄えられていくようになった。

 「あ~れ~、おかしいなぁ……。いつもこの棚に入れてたんだけど……」

 それでも絶滅しない紙媒体。管理するには手間が少々かかるが、欲しい情報が分かっている場合にはデータよりも早く、読みやすい。

 「……あった!」

 目の前の紙の海に飲まれそうになりながら、黒谷は目的の患者資料を探り当てた。

 「こんにちは」

 「ん? おぉ、こんにちは。はい、これね」

 少し“クセ”のついた資料を明日香に渡したが、不思議そうな表情が返ってきた。

 「今日は早いですね。いつもひっくり返してから見つけるのに」

 「そ・れ・が、今なのよ…………」

 苦笑いする明日香をエレベータまで送り、黒谷は再び資料の海へと飛び込んだ。




 「上浦明日香さ~ん」

 「はーい」

 今日は患者が少ないのか、すんなりと受付までたどり着いた。ここで担当医である高橋のいる診察室番号を伝えられるはずだが、なかなか教えてくれない。

 「…………」

 「あの、どうかしましたか?」

 「……敵だわ」

 「はい?」

 「そろそろ諦める頃かしらね……。八番の診察室よ」

 「はぁ、どうも……?」

 適齢期がそろそろ終わる女性の重い溜息を背中に受け、明日香は診察室へと急いだ。途中で振り返って、受付を盗み見ると、寂しそうな顔が下を向いていた。




 「やぁ、こんにちは。元気だったかい?」

 「こんにちは。えぇ、元気ですよ!」

 擦りガラスのドアを閉じて笑顔の高橋と向かい合う。健康に問題なく、渡の努力で車いすも絶好調な明日香には愚問であった。

 「それなら良かった。……でも、それだと聞くこと無くなっちゃうんだよね。う~ん、そういえば来年で大学四年生?」

 「そうですね。就職活動が心配ですが、何とかやっていこうと思います」

 「好みの仕事とかあるのかい?」

 「好み……」

 明日香の視線が床へと少し落ちる。高橋がフォローを入れようと口を開きかけた。

 「今は頑張って探しています。最近は障害者向けの就活ウェブサイトなどもありますから、活用していく予定です…………って、高橋先生?」

 ちょうど十四時の時間に時計から飛び出してきた鳩のような目で明日香を見ながら、高橋は固まっていた。

 「怒らないで聞いてくれるかな……。ボクはね、身体の病気や怪我を治す医者だから、階段から落ちた君の命を救えたことが嬉しかったんだ。でも、どんなに頑張っても足だけは…………明日香ちゃんの足だけは治せなかった」

 「気にしないでください、私は生きてるんですから」

 「いや、気にするさ。ベッドで一生を過ごすには若すぎる君に、車いすを勧めたのはボクだ。その時に、ボクは君には聞かなかったけど、きっと喜んでくれると信じていたんだ。…………でもね、明日香ちゃんは覚えているかな。初めて車いすに座った君が、ボクを含む周囲の人間を冷たい目で見ていてね……」

 「あの時は…………まだ小さかったから、常に上から刺さる視線や、足が動かない恐怖に怯えていました。……随分と古い話を持ち出しますね。あの後、すぐに『嫌いなら乗らなくていいよ』と言ってくれましたけど、今まで乗り続けてきました」

 「ここ最近まで、明日香ちゃんの言葉は暗い言葉で終わることが多かった気がする。心のケアもできる医者だったら、車いすに座る君をいつまでも明るくすることができたんだと…………それだけが、悔しくて」

 高橋の言っていることは無謀にも等しい。医者になることだけでも、相当な努力が必要であるにも関わらず、明日香のすべてを救いたいと並べた。明日香には分かる。高橋という男の『どうしようもない程に手を差し伸べる』気持ちが。

 「怒らないで聞いてくれますか?」

 「なんだい?」

 「正直、寝たきりを選んだとしても…………いえ、嘘ですね。寝たきりを選ぶなんてこと、できませんでした。今だから言いますけど、難しい話が分からなかった事故当時には自分の周りの人間を呪うような気持でした。『ここまで悪化しては無理だ』……。直接は教えてくれなくても、一生動かない気はしました……。母には伝えてくれたようですけど、隠し事が下手ですからね、母は」

 「…………すまない」

 高橋は言葉のみで頭は下げず、明日香の目を見届ける。

 「謝らないでくださいよ。この車いすは私の一部です。お蔭で大学にまで通えるようになりましたし、限度はありますけど一人で移動することもできます。今ではこれを勧めてくれた高橋先生や家族、友人にはいくら感謝しても足りません。これからもきっと……」

 そろそろ定期検診が終了する時間。扉越しに人の気配が増してきた。

 「ボクでもなく、君のお母さんでも友達でもない誰か。……大切にするんだよ」

 「ええ、もちろんです」

 「って、これは明日香ちゃんじゃなくて男の子に言うセリフだったかな?」

 「お互いに、大切に、ですよ」

 相手を大切にすれば、相手が大切にする保証はない。しかし、渡から離れる考えなどない明日香には、渡からの気持ちが必要だった。

 「相手が好きだから、自分も大切に、ですね」

 「あぁ、そうだね……。さて、今日の検診は終わり」

 「ありがとうございました。高橋先生も、お相手見つけたらどうですか?」

 「若い子に言われちゃったら頑張るしかないなぁ。まぁ、次の検診の時にビックリさせてあげよう」




 診察室を後にし、寂しそうな受付の人との世間話を終え、一階へ移動するためのエレベータの前へ移動したとき、受付から高橋の声が聞こえてきた。


 「やぁ、今日は何時までだい?」

 「今日は早上がりですよ。……あれ、もしかしてシフト変更ですか? 今日はちょっとマズいですけど……」

 「いやいや、変更じゃなくてね。早上がりなら都合がいい。実はボクも君と同じ時間でね」

 「……本当だ。ところで、声が震えてらっしゃいますけど、大丈夫ですか?」

 「…………大丈夫だよ。もし時間が取れるなら、病院の下のバーに行かない?」


 「あの、上ですか、下ですか?」

 「……え?」

 白衣を纏い、胸ポケットに数本の筆記具を携えた診察医に声をかけられ、明日香は正気に戻った。受付からの声に気をとられてエレベータの前で固まっていた明日香を、医師は車いす故に不都合があると感じたのだろう。本来ならば単に手が届く位置にボタンはあるが、操作を忘れるほど衝撃的な会話だったことに間違いはない。

 「し、下で……お願いします」

 思わず頼んでしまった。

 一階に降りた明日香に気づいて、黒谷が明日香に声をかけた。

 「あ、検診終わった?」

 「はい。……あの、黒谷さん」

 「どうしたの?」

 資料を返却してから視線を数秒泳がし、率直に聞いた。

 「高橋先生の浮いた話って聞いたことありますか?」

 「うん? 高橋先生? いや、浮いた話は聞いたことないかなぁ」

 「……なるほど。ちょっと耳を貸してください」

 「え~何かなぁ……」

 そう言って腰を折る黒谷の耳に、エレベータ前で聞こえた『高橋の浮いた話』を入れた。さすが病院で務めているだけあって、夕たちのように大げさな声は出さなかったが、よほど衝撃的だったのか、静かに口を覆うだけだった。

 「…………明日香ちゃん」

 「はい」

 「成功するように、祈ってましょうか」

 「そうですね。次に会うときは私、ビックリしないといけないので」

 「なにそれ?」

 「さっき高橋先生から言われました」

 「もし成功したら、社内恋愛をすっ飛ばして職場結婚よ……。高橋先生、やるわね」

 「できるだけ内密に……」

 「分かってるわよ」

 黒谷が先に立って自動ドアを開ける。毎回変わらない、黒谷の心遣いである。

 「ありがとうございます。じゃぁ、また今度」

 「はい、じゃぁね」

 小さい頃からの知り合いだから、黒谷とのやりとりは常に子供っぽい。しかし、明日香は嫌いではなかった。




-=-=-=-=-=-=

<Time> 20XX/08/30 17:01:55

<From> 上浦明日香

<To> 竹下渡

<Subject> Re:明後日の予定

<Text> 0.2 Kbyte

------------

明日の予定なら空いてるよ。

どこで会う?

私も話したいことがあったから、

落ち着いた場所がいいかな。

-=-=-=-=-=-=


-=-=-=-=-=-=

<Time> 20XX/08/30 19:25:50

<From> 竹下渡

<To> 上浦明日香

<Subject> ReRe:明後日の予定

<Text> 0.2 Kbyte

------------

俺の家でもいいんだけど、明日香の

移動が極力楽な場所にしようと思ってる。

まだ決まってないんだけどね。

場所の指定があれば教えて。

-=-=-=-=-=-=


 「……ねぇ、お母さん」

 「なに、明日香?」

 「明日、出掛ける?」

 「…………そう言えば、おじいちゃんの腰が悪くなったって聞いたから、様子を見に行こうと思ってたのよ。明日にでも行くけど、一人で大丈夫?」

 「だ、大丈夫!」

 「そ、そう……。午前十一時頃から出るわね。帰ってくるのが夕方過ぎちゃうから、夕飯は遅くなるわよ」

 「具体的な時間まで……」

 「あれ? 必要だと思ったんだけどな~」

 隠し事が下手なのは、母親譲りだった。 


-=-=-=-=-=-=

<Time> 20XX/08/30 20:10:11

<From> 上浦明日香

<To> 竹下渡

<Subject> ReReRe:明後日の予定

<Text> 0.1 Kbyte

------------

私の家……とか。

-=-=-=-=-=-=

お読みいただき、ありがとうございます。


クライマックス(だと勝手に考えている砂浜での告白)を過ぎ、あとは山を下りるだけ。私の現実が多忙でして、なかなか高頻度での更新はお約束できませんが、楽しみに待っていただけるならば幸いです。


では、次話にて。

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