卒業パーティー 黒幕の陰謀④
そんなゲオルクの姿を見ながら、アイリーシャは一つ疑問に思っていた。
いつもの彼はもっと狡猾で慎重だった。悪事を働いているのであれば、簡単に暴かれないように細心の注意を払っていてもよさそうなのに。今回はとても軽率で、そう、なにか焦っているようにも感じた。
国の実権を握ることが本当にゲオルクの目的だったのだろうか?
「ゲオルクを連れていけ。全ての調査が済んだら沙汰を下す」
アーロンの指示で騎士団がゲオルクを捕らえた。ゲオルクは抵抗することもなく、されるがままに連行されていく。
アイリーシャの前を通り過ぎようとした、その時だった。ゲオルクがぴたりと足を止めた。
「……アイリーシャ嬢。あなたの推測は一つ間違っていますよ」
「……どういう意味でしょう?」
「確かに私は国の実権を握ろうと考えた。しかし、それは私の最終目的ではない」
ゆっくりとゲオルクがアイリーシャに視線を向けた。懇願するような熱を帯びた視線に、アイリーシャは一瞬怯んだ。
「実権なんて本当はどうでもよかった。しかし王族を意のままに操れば、欲しいものが手に入ると思ったのです。ずっと私が焦がれていた人。アイリーシャ嬢、あなただ」
「え……」
あまりにも予想外のゲオルクの言葉に、アイリーシャは絶句した。
周囲もアーロンさえも驚きで息を呑んでいる。
「レイラにカイル殿下を籠絡させ、婚約破棄となり傷ついたあなたを私が手に入れたかった。側に置いて、閉じ込めておきたかった」
ゲオルクはふっと馬鹿にしたように笑って、カイルを見た。
「単純で劣等感の強い殿下はとても簡単に落ちてくれました。もともと能力的にも平凡で、アイリーシャ嬢には相応しくなかったのです」
カイルがかっと顔を赤くして、ゲオルクを睨みつけた。
そんなカイルには目もくれず、ゲオルクは忌々しそうにジークハルトを見据えた。
「時間をかけて着実に事を運ぶつもりだったのです。ところが、飛んだ邪魔が入った」
ジークハルトはゲオルクの視線を受けても表情一つ変えず、冷ややかにゲオルクを見据えていた。
「……少し焦ってしまいました。まだ薬も完全ではなく、根回しも十分ではなかった。けれど早くしないとあなたを手に入れる機会がなくなってしまうと思ったのです」
「……ロイスナー宰相」
アイリーシャは静かにゲオルクの名前を呼び、真っ直ぐに彼を見た。
「あなたが本当に求めていたのは、私ではないと思います」
「…………」
「あなたは……私の母をずっと想っていたのではないですか?」
ゲオルクが大きく目を見開いた。その瞳には隠しきれない動揺が浮かんでいた。
「これもあくまで推測ですが、あなたは若いころ、私の両親とよく時間をともにしたと聞いています。そのときから私の母に想いを寄せていたものの、その恋は実らなかった。だからこそ、母の面影を持つ私を、母の代わりにしようとしたのではありませんか?」
ゲオルクにどれほど自覚があったのかはわからない。だがマリアの報告によれば、ゲオルクが関係を持ったレイラの母親について、母親の姉が語っていた特徴は、どこかアイリーシャの母へレーナを彷彿とさせるものだったという。それを聞いたとき、アイリーシャの中では自然とその結論に至っていた。
視界の隅に、驚いた顔の父ロベルトと表情を崩さないへレーナが映った。へレーナはもしかしたらゲオルクの気持ちに気づいていたのかもしれない。
「間違っていたら申し訳ありません。でも……どちらにせよ、私はあなたの気持ちに応えることはできません。申し訳ありません」
アイリーシャは丁寧に深くカーテシーを行った。
「っ……!」
ゲオルクはぐっとなにかを堪えるような表情をして、ぱっとアイリーシャから視線を逸らした。そして、もうここには用はないとでもいうように足早に歩き出した。
ゲオルクが退場したあと、会場は疲労や困惑が入り混じった重い空気が残った。これでは卒業パーティーどころではないだろう。
「今宵は予想外のことが色々と起きてしまった。卒業の式典は改めて場を設けることにする。食事や飲み物は引き続き自由に楽しんでいくといい」
王と王妃が腰を上げるとみな一斉に礼をした。一人を除いて。
「……カイルよ。お前も退場だ。お前の処遇は改めて決める」
うなだれたままだったカイルがのそのそと立ち上がった。カイルの視線が、アイリーシャと真正面からぶつかった。その瞬間、カイルは歪んだ笑顔を浮かべると、アイリーシャ目がけて飛び出してきた。
「ア、アイリーシャ! 俺はっ……」
「お嬢っ」
ジークハルトが庇う前に、カイルの伸ばした腕がアイリーシャに届くかに見えた。が、カイルの手は空を虚しく掴んだだけだった。
「なっ……!」
ふわりとアイリーシャが宙を舞う。綺麗な弧を描いて後ろへくるりと回ると、音も立てずに着地した。
会場がしんと静まり返る。
カイルは追いかけてきた騎士団に取り押さえられた。
(あ、しまった。やっちゃったわ)
一体、この国のどこにドレスを着て後方宙返りができる令嬢がいるだろう。アイリーシャ以外で。
ぷっ、とジークハルトが吹き出した。
「ちょっと、ジーク!」
「あはは。お嬢、もうバレても文句言えませんよ」
近くに立つターニャも、苦笑いをしてこちらを見ている。両親は、はあ、と大きなため息をついて頭を横に振っていた。
この日の見事な宙返りがきっかけで、アイリーシャが「真紅の影姫」に違いないという噂が瞬く間に国中に広がってしまうのだった。




