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鬼さんコチラ、桃なる方へ!  作者: 四辻十壱
第五章 企みと解

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第98話 脅威たる芽


 街の上空をうねる大きな水の塊が飛び回った。

 それは俺と狗谷木や、あんずの助けを借りつつ空を飛ぶ鬼村へぶつかるようにして攻撃をしてくる。


「くそっ、水なんか相手にどうやって攻撃すんだよ!」


 俺は狗谷木にしがみつきながら煙刀を握り締めているのがやっと。だが、自分で動いていない手前、あの河童の動きをゆっくり観察することもできた。あいつは街に起こした洪水の水を全部引き上げてそれを一か所に集めて俺達に攻撃してきている。ってことは、水の総量はあれだけってことなんじゃないのか。まだ出していない分があるとか言われたらわかりゃしないが、仮にそうだとしたらあの水の量さえ減らしていければ……


「水の量減らすったって、凍らしてどっかに押し込むか、全部蒸発させるとかか? どっちにしたってどうやりゃいんだよ……。大体、状態変化させたところで根本的な解決になんのか……」

「先生、あの河童も鬼の妖力であんだけ強くなってんだろ? じゃあやっぱ結晶体壊すのが最善じゃねーの?」


 狗谷木がそう言いながら迫りくる水流を羽団扇の強風で退いた。俺は遠くに浮かぶ大きな水の塊を見つめる。


「結晶体……鬼村がさっき言ってたチョーカーが多分そうなんだよな」

「あいつさ、バシャーンって水になった時チョーカーだけはそのまま残ってたよ。見た?」

「そうなのか?」


 狗谷木の気づきに、俺もその時のことを思い出そうとするが……さすがに頭に残ってはいない。


「あとさ、その妖力の結晶体だけど……力を使おうとすればする程、わけわかんなくなってくんだよ」

「そうかお前経験者だったな」

「うっせ! ……だからその、なんつーか、こないだのやべーでか狐はまだしもあの河童がそこまで使えると思えねーのよ。これ多分短期決戦なんじゃないかな~」

「………」


 ──短期決戦。


 自分を見失う程の力を使って、そんでしたいことが『桃を食べたい』? どんだけすげぇ執着だよ。……何百年も、そんなん普通じゃない。普通じゃないけど、相手は妖怪だ。理解しようったって無理がある。


 ──右目を閉じて、左目に集中した。


「狗谷木! 俺を放り投げろ! あとあのでけー水の玉にどうにか風穴開けてくれ! 俺が落ちそうになったら助けろ!」

「は!? 今無茶な事何個言った!?」


 狗谷木は納得してないながらも、俺を宙に放った。俺は足元あたりにすももを出現させて大きな手に乗るとそのまま水の塊の方へと投げさせた。俺の目指す場所では、水の塊となった河童と鬼村の攻防が繰り広げられている。そうは言っても鬼村の攻撃は攻撃にはなってない。水を叩くだけのお遊戯だ。あいつの馬鹿力も今はほとんど無意味に近い。

 俺が投げられた勢いで空中を移動している中、横を物凄い速さの風が突き抜けていった。狗谷木が放ったものだ。それがあの水の塊にほんのすこしだが穴を開けた。ちょうどその穴へと俺の身体が収まる。


「あれ、僕の懐に飛び込んでくるなんて迂闊ですね。桃間先生」


 河童の声が聞こえたかと思うと、俺は水の中へと取り込まれた。うっかり吸い込んでしまいゴボゴボと肺が悲鳴を上げ溺れそうになる最中、


 ──まろん!!!


 念じるように頭の中で名前を叫ぶと、まろんの咆哮がびりびりと空気中に響き渡り、水の表面が揺れた。こいつの動きも一瞬鈍る。どうにか力を振り絞って水に溶けかける煙刀を振るった。

 俺の左目に、光るチョーカーが見える。

 そいつに刀の振動が伝わると、水の塊は弾けるように一瞬にして飛び散った。


「げほっ、ごほ……っ……!!」


 滲む視界の中で、河童の姿が見えた。チョーカーを掴んで苦しそうにしたかと思うとそのまま落下していく。俺も水の捕縛が無くなった今そのまま地面へ落下していったが──狗谷木が俺をどうにかキャッチした。


「先生何やってんだよ!? 死ぬだろ!」

「死んでたまるかよ馬鹿やろー……」


 ぐったりとする身体はさぞ重いことだろう。が、狗谷木を心配する余裕も無い。俺達の横を掠めるように、鬼村が地面へと単身飛び降りていった。



 ──ドゴォォ……!!



 鬼村が飛び降りた衝撃で道路が円形に陥没した。その上には河童も倒れている。項垂れる河童に馬乗りになったかと思うと──鬼村はその胸倉をつかんで顔面を殴り始めた。


「鬼村!!」


 狗谷木に地面に下ろすよう言い、滑空していった先で俺は崩れるようにして地に足を付けた。へとへとではあるがどうにか鬼村へと駆け寄っていく。


「鬼村、おい!」


 俺が呼び止めると、鬼村は拳を握ったままこっちを見た。


「こいつセンセーのこと食べようとしたんだよ? 再起不能にしないと」


 そう言ってまた鬼村は河童の方へと向き直った──が、そこにいたのは『河原』だった。人間の姿へと戻り、殴られた頬を手で摩っている。


「鬼村ちゃ~ん。女の子に乗っかられるのは嬉しいけど殴られるのは勘弁してほしいな~」

「うるさい河原。あんたいっつもセンセーの近くうろちょろしててウザかった」

「えー」

「何を目的にそんなことしてんだろってずっと思ってた。妖怪かどうかはわかってなかったけどずっと違和感はあった。それが何、センセーを食べたい? マジむかつくんですけど。センセーはあたしのだし。あたしが──」




「好きなものに恋焦がれて取り込みたいって思うのは真っ当じゃない? 君と違って」




 その瞬間、鬼村の身体がぴくりと反応し、その隙を突くように河原の、いや、河童の緑色の大きな手が鬼村の首を絞めた。


「さっき桃間先生に妖力の結晶体を攻撃された時はちょっと冷やりとしましたけどね。そのふわふわした煙の刀じゃ壊せなかったみたいですよ。力はまだここにある。今なら鬼村ちゃんを絞め殺すことだってできる」

「殺せるっ、わけ、ないじゃん……っ!」

「んもー強がっちゃって~。試してみる?」


 河童の手に力が入る──寸前、俺はそいつの首元に煙刀を突きつけた。


「さっきのは直接当たってなかっただろうがよ」



 目を丸くする河原の顔を立ったまま見下ろしながら、



 俺はそいつの首に煙刀を勢いよく、刺した。










 ──バチィン……!!!!



「!?」


 切先がチョーカーへと触れた瞬間、弾かれるようにして俺の煙刀は消滅した。それを目の前で見ていた鬼村も驚いたようにしている。


「いっ……」


 弾かれた衝撃が手に伝わり、俺はびりびりと痛む手を見つめた。

 河原の高笑いがその場に響く。


「あはは! あははは! だーからあの刀を使えば良かったんですよ! あれだったから今まで壊せたんでしょう? あの刀が強いから! 桃間先生の力じゃないですよ、桃間の、いや、あの桃太郎って男の力! 今になって戦いを覚えた桃間先生が妖怪にあっさり勝てるわけないじゃないですか! いつも鬼村ちゃんに守ってもらって! 今日は狗谷木くんにもお荷物として抱えられて! そんなんで()()()()()()()に勝とうなんて」











 ──ドスッ






 河原の首へ横から何かが突き刺さった。

 それはもう何度も見慣れた


 ()()()だった。



「え」



 桃間が代々受け継ぎし刀の切先は、狙ったように細いチョーカーへと刺さっている。それはパキン、と割れるような音を立てると勢いよく燃え上がった。


「!! ……鬼村!」


 俺は慌てて燃え盛る炎から逃げ、そして同様に後ろへと飛び退いた鬼村に声を掛けた。


 炎の中で河原のうめき声が聞こえる。しかしすぐにその炎は何事もなかったかのように消えていった。


 残ったのは、頭部が黒く焦げた姿。


「──っ!」


 思わず俺は口元を抑えた。あまりにも非現実的すぎて吐き気こそ覚えなかったが、焦げた匂いはやけに生臭く、鼻を突いてきた。


「……なんで、急に刀が。俺は出そうとしなかったのに」


 今や地面に静かに落ちている鞘のない刀を見て、俺は戦慄した。鬼村はその辺に放っていた金棒をゴトンと音立てて持ち上げ、そして俺の横に並んだ。


「こいつ、世界が重なったとか言ってたじゃん。ってことはさ、刀の場所も今同じこの世界にあるってわけでしょ」

「……?」

「だから、今までは世界が違ったから向こうからこっちに出てこれなかったけど、今は同じ場所にあるからすっ飛んできたんじゃないの?」

「いや、それだとこの刀自体に意識があるみたいな言い方……!」





『──にしてもお前、よくそんな気持ち悪いもん使えるよなぁ』





 頭の中で再生されたのは、かまいたちの鎌埜かまのの声。

 鞘を作ってもらった時に言っていた言葉だ。

 気持ち悪いってのはなんだと思ったが……もしかして。





 ──バシャン!!


 幾度となく聞いた水の音が、目の前で鳴った。河原がいない。


「!?」


 辺りを見回すと、すぐ近くで黒焦げた河原を支えて立つ花川さんの姿。


「花川さん!」

「すみません桃間先生、おれが礼司くんをなんとかすべきでした。彼は連れ帰ります」

「連れ帰るって……」


 どぷん、と音を立てて花川さんの足元が水の中へ沈んでいくように二人の身体が地面へ吸い込まれて行く。その時黒焦げた顔がにやりと笑った。


「……桃間先生、僕は絶対食べて見せますよ」


 喉を焼かれて掠れた河原の声が耳に届く。


「…………俺を食べたっていいことないらしいけどな、激痛らしいぞ」

「何言ってるんですか。どうなるかなんて、関係ない、僕はあなたを一目見た時からずっと食べたかったんだ。……強くなるのが目的なんじゃない。僕の執着の帰結は……あなたという存在だ」





『今更諦めるなんてしませんよ』





 河原のまとわりつくような声が響いた後、花川さんが河原を連れてその場から消えてしまった。

 ──それからすぐのことだった、俺達の元へ天狗たちや対妖情報機関たい・あやかしじょうほうきかんの職員たちが詰めかけてきたのは。




 ***



「──起立きりーつ


 本日日直の生徒の声が教室に響いた。立ち上がった生徒たちが気怠そうな挨拶をすると、「はい、さよーなら」と応えて俺は早々に教室を退散した。

 それぞれの教室からざわつく声が廊下へと溢れ出してくる中、スリッパを擦る音が混ざった。足は職員室へと向かう。


 ──ガラララッ


 開けてすぐ、「ええーっ」という声が聞こえてきた。一年担当の浅見先生の声だ。


「それは困りましたねぇ。河原先生多分仕事持ち帰ってそのままなんじゃないかな~。連絡つきますかね」


 教頭から何か言われて話しているようだった。俺はそれを横目に自分のデスクへと着く。隣の河原先生のデスクは────私物は一切なく、ほとんど何もないと言っていい程に片付いていた。


 ──河原先生は病気療養の為休職することになった、と朝の会議で校長から話があった。何の病気か、ってのは個人情報だってんで特に触れてはいなかったが。朝俺がここに来た時にはすでにデスクの上は片付いていた。

 あの人が急にいなくなって困ることもいくらかあるようだが、ひとまず臨時の教員が来るまでの授業は他の古典教師がどうにかするようだった。ついでにあの人がやってた仕事のいくつかは他の先生たちに割り振られ、俺も一つ仕事が増えたくらいだ。


 ──街中が大洪水になった一件は、どうやら死傷者は一人も出ていないようだった。一帯の水によって外にいた人間は俺達が戦っていた場所よりも外側へ押し出されたものの怪我はなく、また建物内にいた人々も外へ出ることができなくなったくらいだったという。……建物内へ水は一切侵入しなかったらしい。


 あれから天狗や対妖情報機関の職員たちは騒動を収めるのに躍起になっていた。俺達への事情聴取は少しされたが、その場では一旦解放された。というか、収拾を付ける手伝いをさせられたくらいだ。


 あとから聞いた話だが、天狗や対妖情報機関の動向を河原に伝えていたのは猫股という妖怪たちだったという。山猫調査会ほどではないが、拠点をいくつか設けて組織的に動いていたという話を聞いた。それについてやたらと土御門つちみかどがキレていたが、どういうことかは詳しく聞かなかった。


 河原を連れて逃げた花川さんは、その後店を閉めている。店の玄関に『お休みします』という張り紙だけしていて、あれからどうしているかはさっぱりだ。深山さんたちも彼を追っているようだが、情報は降りてこない。降りるも何も、俺は内部の人間じゃないしな。


 そして──




「ひっ」




 恐怖に息を呑むような声がすぐ傍から聞こえた。通路を挟んで斜め向かい側に席がある三舟みふね先生だ。小柄な女性で、いつもにこにこしているような人だが……窓の外を見て震えている。


「どうしました?」


 俺が声をかけると、三舟先生は青ざめた顔をして「い、いえ」と答えて職員室を出て行ってしまった。彼女の背中を見つめ、それから振り返って窓の外を見る。



 ──まるで鳥のようだが奇妙な姿の生き物が空を駆け上っていった。



「………」


 俺はそれを見て、ため息を吐く。

 世界が重なったというあの日から、俺達の世界で当たり前に妖怪が見えるようになった。だが、見えているのは元々妖怪の存在を知っていた人間たちと、あとは見えるようになってしまったほんの一握りの人間だけだ。まだ大多数は妖怪という存在がすぐ傍にいることを知らずにいる。

 あの日も河童の姿を見てしまった人間たちが数名いて大変な騒ぎにはなっていたらしいが、大きく報道されることはなかった。とはいえ、SNSではまだそれについて話しているひとたちが多くいるらしい。人の口に戸は立てられない。

 世界が重なったというのも、完全にではないらしく安定するまで時間がかかるという。今はまだ不安定な状態ってことだ。これから一体どうなっていくのかは俺にはわからん。そこをあーだこーだと話し合うのはそれこそ対妖情報機関と、天狗と、国なんだろう。


 物を整理すると俺は立ち上がり、職員室を出ていった。


 今日は部活がない、生徒たちは全員下校だ。これ幸いと俺は校舎裏へと回り、煙草に火を点けた。


「ふーっ……」


 煙は立ち上らずに俺の周りを漂う。もう一吸いした時だった。


「や、桃間先生」


 近くの用具倉庫から出てきたのは白井だ。強い妖狐である闇狐あんこの。俺はそいつとは違う方を向いて煙を吐き出した。


「こないだは大変どしたなぁ、それで明日から『修学旅行』? ふふっ、大忙しなんと違う?」

「はあ……まあ、そうですね。休みどころが無くてやってられませんよ」


 じろり、と睨むと白井はくすくすと笑って被っていた帽子を脱ぎ、その頭からぴょこんと大きな狐の耳が二つ生えてきた。


「そないな先生にもっと疲れさすようなこと、話しまひょか」

「………」


 返事はしなかったが、俺が促したとでも思ったんだろう。白井は話し始めた。


「何であの鬼があんたと子ぉ成したいって言うかわかってはる?」


 すたすたと歩いてくる白井が、俺の前でぴたりと止まった。その高い鼻先が、俺の鼻頭すれすれまで近づいてきた。


「桃間に宿るのんはただの強い性欲とちがう、子孫繁栄の力、子ぉ増やす力やで」

「子を増やす力?」

「増やすって、四人五人、多おして十人やらそないなレベルと違うで?




 ──数百、数千、数億や」




「は……?」

「人間の子ぉの増やし方は非効率やさかい、そないな数増えることはあらへんけど。そやけど相手鬼やと話はちゃう」

「………」

「なあ、鬼がどないな存在かは知ってるやろ? 鬼は災厄。人間にとって、時には自然にとって、不利益を被る存在や。そやさかい、



 あの女は、鬼の災厄を増やして埋め尽くそうとしてるに過ぎひん。


 いわば──この世界を崩壊さす災厄増殖因子ウイルス


 あの桃太郎はんはこの世界に対する脅威を……消そうとしとったんとちがう?」





 ──ぽとり、と煙草が地面に落ちる。いつの間にか指の間をすり抜けていっていた。


「たまたまあの鬼と誰かの会話を近うで聞いとったひとがおってなぁ。そのひとから教えてもろうてん。ま、そのひともこないだこの舞台から退場したみたいやけどね」

「退場、って……まさか、河原のことか」

「さあ桃間先生──この舞台の一番の主人公は誰になるやろか」


 大きな狐耳が揺れ、それを隠すように帽子を被ると、白井は一歩下がってにこりと笑った。


「うちはただの脇役、ほんでもう出番は終わったも同然。観客として楽しましてもらいますえ」


 長い竹箒を持ったまま、白井は行ってしまった。

 取り残された俺は地面に転がる吸いかけの煙草を見つめる。

 じりじりと紙を焼いていく先がまだ若干赤く見え、それは静かに黒くなっていった。


「………」


 そこに立ちすくんだまま、俺は目を瞑った。





『──桃太郎は、人間にとっちゃ正義せいぎなのかもしんないけど。お願い、センセーだけはあたしのこと……信じてて』



 ()()()意識朦朧とする中聞いた言葉が頭の中でもう一度再生される。




 ──俺は転がった煙草を踏み潰した。




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