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鬼さんコチラ、桃なる方へ!  作者: 四辻十壱
第三章 街の妖怪たち

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第50話 顔貸屋


「そんなの当たり前じゃないの、こいつは鬼よ!」


 ──土御門の声がエレベーターの中に響き渡った。子ども特有のキンとした声に思わず俺は顔をしかめてしまう。


「鬼っていうのはね、全ての妖の中でも最も力が強くてことわりの通じないものなのよ」

「理の通じない?」

「大抵の妖は行動の指針というものが根底にあるわ。そしてそれとは別に感情というものも持ち合わせてる。戦うことももちろんあるけれど、交渉だけで済ませる時もあるのよ。交渉時には妖の行動の指針に沿って提案するか、事情を素直に伝えて身を引いてもらう……簡単に言えば同情してもらうこともあるわね」

「同情……」

「妖っていうのは思いの外人間の気持ちを理解したりすることがあるの。けど、云い伝えられている鬼には行動に指針はなく、人間の気持ちを理解することもない。ただの化け物なのよ」


 そこまで言って、土御門は長い息を吐いた。そしてエレベーターの扉が開くと同時に「……でも貴女のことをそう思ってるわけじゃないわ」と言って出ていった。言われた側の鬼村は何を考えているのか、しばし瞬きをしたあとで俺を見てにこりと笑った。

 全員がビルを出て外の空気に触れたところで、倉橋くんが口を開いた。


「本日はありがとうございました。調査の方もどうぞよろしくお願いしますね」

「ああ……俺達で役に立てるかはわからないけど」

「いえいえ! 深山課長からも聞いたかもしれませんが、今はこちらも人手不足なので本当に助かります」

「人手不足って、本当にそんなに人がいないのか?」

「いやあ、普段はどうにかなってはいるんですが……最近ちょっと厄介な事件が頻発してまして。って、あれ、ナツメちゃんもう行っちゃった!? すみません、それじゃ僕たちはこれで!」


 ぺこり、と頭を下げると先に行ってしまった土御門を追うようにして倉橋くんは行ってしまった。俺と鬼村は取り残されるようにしてそこに立っている。そして背後にそびえるビルを見上げて俺は肩を落とした。


「……面倒なことになったな」

「ねーねー、もう今日はこれで何も予定ないよね? どっか寄ってから帰ろうよ」

「いいや疲れた、帰って寝る」

「ええ~!?」


 文句しか口から出てこない鬼村を放って俺はビルを後にした。



 ***


 ──対妖情報機関とやらに調査を頼まれてから一週間が経った。

 調査の日時を決められていたわけではないが、頼まれ事を後回しにしておくのは気持ち悪い。だから次の休みがくればさっさと終わらせてしまおうと、早くに家を出るつもりだったが……起きたのは昼の二時過ぎ。結局夕方近くに街をうろつくことになってしまった。鬼村が何度か俺を起こしたというが、記憶にはない。


「センセーってばもう起きないんじゃないかと思った」


 鬼村はそう言いながら唇を尖らせて俺の隣を歩いている。


「疲れてんだよ、土日ぐらいしかゆっくり寝れねーんだから」

「大体さぁ~、学校の先生のお仕事ってそんな大変?」

「大変に決まってんだろ」

「やーそれはそーなんだろうけどさぁ~」


 どこか不満そうでまだ何か言いたげだったが、俺は無視してスマホに映し出された地図を確認した。目的地はそろそろだ。


「で、何の調査なんだっけ」


 鬼村がスマホの画面をのぞき込んでくる。俺は電車に乗る前に説明した内容を再度口にした。


「だから……妖怪が出入りしてるっつー店を見に行くんだよ。ただ何か被害があるわけでもないからすぐ調査って程でもないらしくて──ああ、ここだ」


 話の途中で店の看板が目に入り、俺はスマホに示された店名と目の前の看板に書かれた店名を確認する。



<二条写真館>



 ──何の変哲もない、少し古びた写真館だ。深山さんからの情報によると、一年ほど前に店主が変わったらしい。高齢になった祖父に代わって、孫が引き継いだんだとか。ってことは普通に人間がやってるんだよな。


「……にしてもどうやって入りゃいいんだ。こちらのお店、妖怪がお客さんとして来てませんか? なんて聞いて店主が何のことかわかってなかったら、俺はとんだ赤っ恥だよ」

「結婚式の前撮り写真の予約お願いしたいんですけど~って言って入ればよくない?」

「結婚式?」

「あたしとセンセーの♪」


 何を馬鹿なことを、と思うものの正直悪くないかもしれない。他にいい口実がないわけだし、何より男女二人で入るなら真っ当な理由だ。普通に接客してもらってる間に鬼村に中の様子を探ってもらえばいいか……?


「……仕方ない、それでいくか」

「やったー! 前撮りって~、洋装と和装どっちもとかできんのかな? あたしウェディングドレスって憧れるんだよね~めっちゃ可愛くない!?」

「おい、本当に撮るわけじゃねーんだぞ」


 勝手に盛り上がり始める鬼村を睨みつけながら写真館の扉を開ける。するとすぐ傍の受付に立つ若い男性が「いらっしゃいませ」と俺達に声をかけた。


「あ、えーと……」


 俺は一瞬言葉に詰まったが、今決めたばかりの来店理由を口に出そうとした──が、鬼村が俺の袖をぎゅっと握った為なんだと振り返った。


「鬼村?」

「………」


 鬼村は店内の奥を見つめ、それから店主の方を振り返った。




「写真撮るの、好きなの?」

「えっ」

「はっ? おい鬼村──」


 不思議そうな顔をする店主に、俺は慌てて鬼村の手を引いた。写真屋で何を当たり前のことを言っているのか。これ以上何か可笑しなことを言い出す前に一度店を出ようと思ったんだ。だが、微動だにしない。まるで巨石のように動かずに、鬼村はもう一度言った。



「写真撮るの好き? でもあの子だと、ちゃんと写らないんじゃないかなぁ」



 鬼村が指を差した先には小学校低学年くらいの男の子が、



 ()()()()()()()()()顔を、



 壁の陰から覗かせていた。




 ***


 二条写真館は、古くからこの地で営んできた。

 子どもの七五三の写真や、家族写真、就職活動で使う履歴書用の写真など……大事な節目となる際にはこの店を頼って多くの客がやってくる──というのは一昔前の話。今や大手のフォトスタジオが駅近くにでき、多種多様なキャンペーンもあり、広告も目立つ為、どうしても客足はそちらへと向いてしまう。昔からの馴染みの客は親族をつれてやってきてはくれるが、それでもこの店を続けていくには厳しい。


 店主であった祖父が店を畳むと言ったのは三年前のことだった。


 写真が好きだった孫の二条にじょう基也もとやはその時専門学校を卒業したてでとあるスタジオで働いていたのだが、どうにか店を引き継ぐことはできないかと頭を悩ませた。


 そんな時に出会ったのが──




「……のっぺらぼう?」

「はい、顔の無い妖怪なんですが……」

「ああいや、さすがにわかります」


 俺は店の奥へと案内され、テーブルに置かれた茶をありがたく頂いた。隣に座る鬼村は頬杖を突いて目の前の人物を見つめているが、そこにいるのは体を揺らして落ち着きない様子で椅子に座る男の子だ。──目も鼻も口も無く、明らかに人間ではないが。


「──写真館の仕事だけじゃ、どうしてもやっていけなかったんです。何か別の仕事もして、二足の草鞋でやっていかないと……そう思っていたところに現れたのがこの子でした」

「……のっぺらぼうが、この店に?」

「夏の暑い日でした。近くではお祭りをやっていて、人が賑わう中で客足も無くて──その日は祖父が病院に行っていたので私一人でした。だからもうお店を閉めようかと思ったんです。店先へ出た時、小さな男の子が私の脚にぶつかってきて……


 その子は私を見上げて



 『顔ちょうだい』



 って言ったんです」


 俺は背筋がぞわぞわと震え上がるのを感じた。

 そんなもの、真夏の怪談でしかないじゃないか。


「……あ、はは……いやぁ怖いですよね。でもその時僕はよくわかっていなくて、何か食べ物か飲み物でも欲しいのかと思ったんです。ちゃんと言葉は聞こえていたはずなんですけどねぇ……。『お父さんとお母さんは? ここを通りかかるまでお店の中で待つかい?』なんて聞いたりして。あ、それにこの子はその時顔があったんです。だからお化けだなんて全然思っていなくて」

「はあ……」

「とにかく、私はこの子を中に入れて、話を聞いてみた。すると『のっぺらぼうだから顔がない』『誰かの顔を真似してみるけどすぐに忘れちゃう』『これもそろそろ忘れそうだから、新しい顔をもらわないと』なんて……聞けば聞くほど、この子は人間じゃないってそこでようやく気が付いたんです」


 俺は話を聞きながらのっぺらぼうの少年を見た。テーブルには子ども用のコップにジュースが注がれていて、のっぺらぼうは口があるはずの部分にコップを当てると、どうやってか中身を飲み始めた。


「──本当なら怖いはずなのに、暑さで頭がやられていたのか私は店内にかけてある写真を指差して『あの中から顔を選ぶかい?』って聞いたんです。するとこの子はぱっと嬉しそうな顔をして……いくつかある中の写真の内一つを指差して、『あれにする!』と言ったんです。そして、消えてしまった。今のは夢だったのかもしれない、とその時は思ったんですが……僕の手の中には五百円玉が握られていた。もしかして顔を選ばせてあげたお礼だったのかな? って……不思議なこともあるものだと思っていると、その一か月後にまたこの子が現れたんです」


 そう言うと、店主の二条くんは少し離れた場所にある棚からアルバムのようなものを取り出してきた。


「……この子は何度も顔を借りに来た。そしていつもお礼にお金をくれたんです。だからもしかするとこれは商売になるんじゃないか……と、思いまして」

「ええ?」


 にこりと笑う彼が差し出したアルバムを見てみると、中には顔の一部分だけが撮られた写真がいくつも貼られていた。見慣れたパーツであるはずなのに、切り取られると随分奇妙なもののように思えて俺は息を呑んだ。


「この子に訊ねてみると、人間の姿を借りたい妖怪は多くいるみたいなんです。でもどんな顔にしたらいいかわからないみたいで。それならうちで写真を撮った人達の顔を、パーツごとに貸し出すのはどうかと思って! 顔そのものだと、街中で本人がばったり出くわした時にびっくりしてしまいますしね?」

「そりゃまあ、ドッペルゲンガーかと思うよな」


 確か自分と同じ顔の奴に会ったら死ぬ……ていうのだったっけ? いや、自分に似た奴は世界に三人いるだったか?


「目だけ、鼻だけ、口だけ……こんなふうに写真を見せて選んでもらうんです。ひとパーツいくら、として。最初妖怪がいくら払えるのかはわかりませんでしたが、思いの外お金を持っているものだと知って今はだいぶ価格を上げています。ちなみに人気のパーツは少し高価格にしたりして──」

「………」

「こうして本業の傍ら始めたのが、顔貸屋かおかしやなんです」

「顔貸屋──」


 俺は表情が引き攣りそうになるのをどうにか抑えた。

 これは、法的に大丈夫なのか。

 いや、相手が妖怪となると法だとか関係なくなってくるとは思うが……。


 勝手に貸し出された顔の持ち主は快く思いはしないだろう。とはいえ、一生知ることもない。形容しがたい感情が渦巻き、言葉は出てこなかった。


「そもそも私なんかに妖怪相手の商売ができるのかと不安でしたが、それは杞憂でした。この子がいろんな妖怪にこの店のことを伝えて回ってくれて。恐ろしい妖怪なんてのは案外街中にはやってこないもので、とても人間に近いというか……フレンドリーな方が多いんですよ」

「フレンドリーねぇ」


 俺は隣の鬼村をちらりと見た。たまたまか鬼村も俺を見て、俺と同じことを考えているのか肩を竦めている。

 妖怪は、確かに人間臭いやつもいる。俺もまだ数えるほどしか会っちゃいないが、そこまで話の通じないものとは思っていない。


 でも……あまり信用しすぎるのもどうだ、いつか足元を掬われるのではないか。


 今でこそ大丈夫だが、山神だって天狗だって初めは俺を攻撃してきた。命を奪うことに容赦はないし、人間ほど罪なこととも思っていないのでは。のっぺらぼうが命を奪うような妖怪かは定かじゃないが……それ以外の妖怪は、わからない。この人がいつ、対価をもらえずに、そればかりか命の危機を感じる状況になってもおかしくはない。



「……怖くはないんですか?」

「え?」

「妖怪自体もですけど、その子だって顔の無い妖怪なわけで……」



 俺の問いに、二条くんはきょとんとした。


「え、ええと……少しは怖いと思うこともありましたけど、今は……」


 そこまで言って言葉を切る。それから考えるように口元に手を当てると、二条くんは笑って言った。


「……今は、この子は僕の友達ですから。もしかしたらこの先他の妖怪を怖いと思うことがあるかもしれないですけど、この子は、怖くないです」


 彼がそう言うと、のっぺらぼうは彼を見上げた。表情がない為、どんなことを考えているのかは予想もつかない。


「祖父から全て引き継いだ今、私が一人でここでやっていくしかないんです。この店を守る為、そしてこの子と一緒にいる為なら、気が引けてしまうようなことでもどうにかやっていきますよ」



 彼らの間に、どんなことがこれまでに起きたのかはわからない。彼の商いを全て否定するだけの何かも俺は持ち合わせていない。

 ただ、この後俺達がこの調査結果を伝えて万が一店が無くなるような結果が起きれば……その時俺は少し後悔するのかもしれない。



「──とりあえず詳細はわかったし、今日は帰るか」


 鬼村に声をかけると、俺は席を立った。鬼村も同様に椅子から立ち上がったが、どん、と後ろの棚に椅子をぶつけていた。俺達の後ろには棚が置いてあり、少し狭かった為仕方がない。ただぶつけた拍子にアルバムを一つ落としたようだ。棚の上に置いてあったのか。


 鬼村が黙って拾い上げ、開かれたページを見ていた。


「すみません、大事な商品ですよね」


 咄嗟に鬼村の代わりに俺が謝ったが、小さな子どもでもあるまいし自分で謝れよ全く、とつい不満を覚える。


「ほら、行くぞ」


 俺が出口へと歩き出したところで、鬼村の呟くような声が聞こえてきた。




「──あたし、この目嫌いだなぁ」




 ぱたん、とアルバムを閉じる音が響く。


 振り返った先で、鬼村のひりつくような視線が俺を捉えた──。


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