第26話 分身のつくりかた
「ん~っ、ああー……今日は早く帰れるな」
夕方六時、校舎を出てうんと伸びをするとボキボキと鳴る首を回しながら校門を目指した。最近は六時を過ぎてもかなり明るいな、日が伸びてきたのか。
鬼村はバイト、狗谷木も姿は見当たらない為気分良く帰宅できそうだ。とはいえ、帰ったらいるということが有り得るから気は抜けないが。
「あいつら二人いるとうるせぇんだよな」
ぼやきつつ校門を出る、ふと視界の端に小さい人影が見えた。何気なく見れば──ランドセルを背負った……女子小学生?
兄か姉でも待っているんだろうかと思ったが、もう六時だぞ。小学生って何時迄に家に帰るとかなかったっけか? まあ今時の小学生は塾通いとかあって早く帰れず大変だったりするんだろうな~。俺がガキの時はひたすら遊んでた記憶しかないが。
「……貴方、桃間の方?」
「えっ?」
通り過ぎようとしていたはずが、何故かその小学生に俺の苗字を呼ばれた。知り合いでもなんでもないはずだけど……もしかして、遠い親戚とか?
「あ……っとそうだけど、お嬢ちゃんは?」
立ち止まり、少し目線を合わせるように屈んだ。ただそれが不満だったのか少女はむっと唇を突き出している。
「私は土御門ナツメ、加間倉学園初等部の六年生よ」
加間倉学園って……金持ちの通う学校じゃねぇか。
そのお嬢様が一体何の用で俺を呼び止めたのか。何となく関わると碌なことにならない予感を感じつつも、俺は訊いた。
「土御門さんは、俺に何か用があってここまで来たのかな?」
「貴方に今すぐ用があるわけではないわ。用があるのはこっちよ」
「こっち?」
俺が訊き返すと少女は高校の敷地を眺め始めた。目を細め、少し嫌そうな顔をしながら。
「先週ここで妖との戦闘があったと聞いたわ。その調査に来たの、貴方なら何か知ってるんじゃないかしら? 桃間さん」
「え」
妖との戦闘──それは、山神と俺たちが戦ったことを言ってるんだろうか。誰か見ていた人間がいたとは思えないが……いやそもそも、なんでこんなに小さい子が妖怪のことを知ってて、さらには『調査』なんて?
俺が答えられずに黙っていると、少女はまたもやむすっとした顔をした。
「……こんな小さくて可憐な子がどうしてそんな話を、とか思ってるんでしょう」
「え! あ、いや……」
この子今自分のこと小さくて可憐とか言ったか?
「あ、妖なんてのがほんとにいるのかな~なんて……」
「妖はいるわ。貴方だって視えているわよね?」
「………」
「隠そうったって無駄よ。私たちにはすぐ判別がつくわ」
「私たち?」
「──私の生まれた土御門家は代々陰陽師の家系よ。大昔から妖たちと戦い、交渉し、国の為に平和を保ってきたわ。ただ年々力も弱まってきて……他の強い家系と比べればもう雑用しかこなせないレベルね」
「陰陽師……」
「ただ、その中でも私は特別よ」
少女はキリッとした顔付きになると、俺を見据え胸を張るようにして腕を組んだ。
「これまで弱まっていた土御門の中でも異例と言えるほどの力を持って生まれた私は、今や土御門の顔とも言える存在。多くの妖に関わる依頼が舞い込み、初等部の授業以外は全て仕事に身をささげているわ」
「仕事って……児童労働は違法だろ」
「妖に法は関係ないのよ」
眉をひそめる様子はとても幼い子には思えなかった。まるで体が小さな大人を相手にしてるようだ。
「来る日も来る日も妖、妖……友達と遊ぶ暇すら与えられず、女の子たちの間で流行っているものもわからない、そんな私には仕事終わりに始まる配信を眺めて投げ銭することしか楽しみがない……」
「……投げ銭?」
「とにかく貴方! ここでの戦いのこと知ってるわね!? 私に隠し事をしようとしたのが良い証拠よ! ……まさか貴方が妖と戦ったのかしら?」
「え、えー……いやなんのことだか」
肯定なんてすればやはり厄介事に巻き込まれる未来しか見えない。俺は目を逸らしてくるりと体の向きを変えた。
「お嬢ちゃんの役に立てなくてごめんな、おじさんは帰るところだから。それじゃ……」
「──貴方! 周りに神獣と化した動物霊がいるのは視えてるわ!」
その言葉に、つい、立ち止まってしまう。
神獣と化した動物霊……三匹のことか。
俺には見えねーけど常に周りにいるのか?
「桃間が代々膨大な妖力を受け継いでいるにも関わらず使えずにいたことは知ってるわ。でも貴方……少しは力を使えるようね」
「膨大な妖力?」
「あら、もしかして桃間が何も知らずに代々力を受け継いでいるなんて噂も本当なのかしら。……まあいいわ。貴方に聞けばここでの戦闘のこともすぐわかりそうだし、調査はまた今度にするわね。貴方の返答によっては対妖情報機関や国からの直接処分も有り得ること、覚えておいて! ……それではごきげんよう」
土御門ナツメと名乗った少女は俺に背を向けると肩までの短い髪を靡かせ颯爽と行ってしまった。俺はその場に取り残され、ぽつんと立ち尽くしている。
「……今、処分とか言ったか?」
乾いた笑いが出て、俺は帰りの電車に乗り遅れたことに気づくのに時間がかかった。
***
──夜、風呂から上がるとテレビの音が聞こえた。消したはずなのに。俺は嫌な予感がしてパンツ一丁で居間まで行くのをやめて服を着た。
「……勝手にテレビ見てんなよ」
テーブルの上に頬杖をつきながら画面を見つめている鬼村に言葉を投げかける。鬼村はこっちをちらりと見ると「おかえり」と笑った。
最近は二人きりになると何されるかわかったもんじゃない為どうにもぎこちなくなってしまう。俺の部屋だってのに安らげないなんてどうかしてるだろ。
「センセー今日誰かに会った?」
「誰か?」
訊かれて「ああ」と声を上げる。あの小学生のことか。
「会ったけど……なんでわかんだよ」
「女の勘~」
いぇーい、とピースをしてくるが表情は明るくない。妙に気にかかりつつも俺は鬼村の向かい側に腰を下ろした。
「陰陽師だっつー女の子に会ったよ。こないだ学校の敷地で山神と戦った、ってのがなんかどっかにバレてるらしくてそれの調査だとよ」
「あーいるいる、昔からそーゆーの。こっちがちょっとふざけてただけでも、『誰に対する呪いだー』とか『使役されてるのかー』とか、いろいろ鬱陶しく関わってこようとする奴ら。あたしはめんどいからすぐどっか行ったりしたけど、他の血の気多い奴らは戦ってたまに返り討ちにされてたりしてー……」
「その子に言われたんだよ、『桃間が代々膨大な妖力を受け継いでいる』とかって。噂になるくらい桃間って有名だったのか。ただの桃農家だと思ってたのによ」
その時、テレビでタレントが何を言ったのか鬼村は「あははは」と大口を開けて笑うとしばらくして落ち着いたようにリモコンで電源を消した。もう見ないらしい。
「そりゃ有名じゃん? 桃太郎なんて当時超有名人なわけじゃん。単身鬼退治に向かって、まあ途中で三匹拾ったけど、フツーにめっちゃ強い奴だったんだからその当時の陰陽師とかだって一目置いてるんじゃん? てかさ、その鬼のせいでめちゃくちゃ困ってたんだったら普段から妖怪と戦ってる奴らが集まって倒しに行ってもおかしくないよね~」
なるほど、そうなのか。
陰陽師でさえ数を集めて倒すような鬼に対して、桃太郎は一人で倒しに行くなんて無謀なことをした。で、結局は退治してきたわけだ。そりゃ有名にならないわけもない。
「……それにしたって、膨大な妖力なんて何の為にあるんだよ。そんなんあったら俺だって陰陽師~っつーのに匹敵するくらい強くってもいいんじゃねぇの?」
「センセーが自分の妖力に気づきもしなかったのは使い方とかそういうのをどっか途中で継承しなくなったから、もしくは桃太郎自体がそもそも力について何も教えなかった、っていうのが考えられるけど~。まあでも、その力の使い道自体はあったわけじゃん」
「使い道?」
「ほら、桃間はいっぱい子ども作ってきたでしょ?」
「…………はあ???」
要領を得ない。
何を言ってるんだ?
俺が眉をひそめていると鬼村は後ろに両手をついて足を伸ばして座った。足先が俺の膝に当たりそうになったが放っておいた。
「力自体の継承は長男の第一子に限る、みたいのは前見たじゃん?」
「ああ、なんか日記に書いてたな」
「でも自分が持ってる妖力を分けることってできるんだよ。あー、妖怪が子ども作る時自分の妖力を練って~ってのと似てるのかもだけど」
「?」
まだ理解が追い付かなくて俺は疑問符を浮かべてしまう。
「子どもを作る=分身を作るっていうかさ~。今まで言ってなかったけど、センセーたち桃間っていう家系はあたしたちから見たら大体みんな同じに見えんだよね」
「どういうことだ?」
「前に魑魅魍魎がでっかくなって窓から覗き込んできたときあんじゃん。あんときあたし言ったしょ。あいつらは『気』みたいのを見てる~って。」
「そういや言ってたな」
確かその気っていうのがこいつのは馬鹿でかいから俺が隠れて見えない……みたいな話だったか。そこまで考えてあの時見たでかい目玉がフラッシュバックし全身が総毛だった。
「あたしら妖怪ってさ、体に備わってる気を見てんの。目でももちろん見てんだけどさぁ~。まあだから、例え整形して顔が変わったところであたしらからしたら全然どこの誰だか普通にわかる~みたいな。祟り神とかに祟られちゃった人間が名前を変えて顔を変えて逃げようがバレちゃうってわけ」
「怖いな。……って、それでなんだ? 桃間がみんな同じに見える、ってのは」
「例えばセンセーのおじーちゃんの子どもを例にするとさ、妖怪からしたらみーんなおじーちゃんに似て見えるってこと。センセーのお父さんにしても、その子どもであるセンセーの兄弟はみーんな一緒だし、なんならお父さんがおじーちゃんに似てるんだから孫もおじいちゃんにちょー似てるみたいな。もー判子で押したみたいにみんな顔一緒! 金太郎飴かよ! って感じ」
「ってことは俺も、弟たちと同じように父親や祖父に似て見えてるってことか」
「あーでも、センセーは、センセー」
「?」
「なんでだろうね、細かいことはあたしにはわかんないけど。呪われてるからとか?
とにかく、センセーは一人」
「………」
まとめると、
桃間は力ってのを持ってる人間が子どもを作ればそれが分散されて自分の分身が増える……
たくさんいる分身たちは見分けがつかないから桃間家は妖怪たちからすると決まった人間一人に対しては手出しがしにくい……?
ああだから俺のコレは『呪い』なのか。
分身を増やせないからこいつら妖怪に狙われた時に隠れられない、と。
いや
……逆に今までは身を隠す必要があったってことか?
こいつはさっき「桃間っていう家系はあたしたちから見たらみんな同じに見える」って言ってたんだ。ってことは普通の人間はそうではない。
何から隠れる必要があったんだ……?
「まー簡単に言ったらセンセーは丸裸ってことだね!」
鬼村のあっけらかんとした言い方に俺は現実へと引き戻される。あんまり可笑しそうに笑うのでむっとした。
「……嫌な言い方だな。でもじゃあなんで襲われるようになったのは最近なんだよ。今までもずっと丸見えだったってことだろ?」
俺の問いに、鬼村は何故か「あー……」と言い淀んだ。
何だ。
何かあるのか。
「それはまあー、いろいろあって隠されてたっていうか、隠してたっていうか」
「隠されて? 誰に?」
「うーん……神様、みたいのとか」
「みたいの?」
「あとはあたし?」
「は!? お前!?」
ぽかんとする。
何を言ってるのか。
大体隠すってなんだ、俺はこの三十数年間普通に過ごしてきたし隠されてきた気なんてまるでないぞ。
「あーえっと、説明がちょっとややこしくなっちゃうから~……また今度?」
「おい、めんどくせぇだけじゃねーのかそれ」
「あーははは……まーめんどくさいかな」
「鬼村ァ!!」
「ごめんごめんってばぁ~。あ、そうだ」
鬼村は何か思いついたように言うと、少し体を起こした。そしてにやりと笑うとつま先で俺の膝をつついた。
「センセーが~、あたしにちゅーしてくれたら教えてあげる~みたいな?」
「………」
「ちゅーで済むなら簡単じゃん? あたしはちゅーできてハッピー、センセーは何でか理由が知れてハッピー♪」
「………」
「えー、めっちゃ怒ってるじゃん」
俺は自分の感情を隠そうともしなかった。
明らかな嫌悪の感情をこいつに向けている。
いや、こいつを嫌悪してるわけじゃない。
ただ……
「交渉の材料に体を使うな」
「?」
「そんなんでキスされてお前嬉しいわけ? ハッピーとか思うんだったら……尚更汚すようなやり方すんなよ」
鬼村はぱちぱちと瞬きをして、それからそこに正座した。
俺も少しばかり居直り……気恥ずかしくなって顔を逸らす。
「……やだ、センセーもしかして今めっちゃピュアな説教してる?」
「んだよわりぃかよ」
「童貞っぽいね」
「童貞なんだよ!!」
「あーでもそっかそっか。うんうん。あたしもわかったかも。センセーと良い感じになる為に必要なのは、今は積極性より『雰囲気作り』かな~」
「はあ??」
「最近の感じからしてもっとグイグイ行けばイケるんじゃん? とか思ってたけど、それよりはもっと気持ちをあたしに向けないとダメってことだよね。まあそろそろあたしのこと好きになりそうな気はするけど~」
「んなこと勝手に決めんな!」
俺が怒鳴りつけても、鬼村は勝手に一人頷いて考え事をしている。それから膝をついてこっちに近づいてきた。俺は嫌な予感がして後ずさりをする。
「ねーセンセ」
「っ、な、なんだよ」
「今まであたし、大事なこと言ってなかったのかも」
「大事なこと?」
鬼村がにじり寄ってくるのに合わせて後退していくが、だめだ、もう少しで壁にぶち当たる。
「あたしにとって大事なのはセンセーと子作りすること~って、思ってたんだけど。でもセンセーといるようになって気づいたんだぁ」
「何……うっ」
どん、と背中がぶつかる。軽い痛みに呻いて目を細めると、半分になった視界に鬼村の胸の谷間が映される。やばい、と思って目を閉じてしまった。
聴こえてきたのは、
囁くような僅かな声量の声。
いつもの鬼村らしからぬ
少しだけ震えた、緊張した声。
「……あのね、
あたし
センセーのこと
す──」
──その時、けたたましい程の呼鈴が鳴った。
俺の部屋のじゃない。
隣の部屋のだ。
『美鬼ちゃん美鬼ちゃん美鬼ちゃーん! オレ! 友達にゲーム借りたからさ~一緒にやろ!』
聴こえてきたのは狗谷木の声。
助かった、と思い恐々と目を開けば……
正に『鬼の形相』がそこにあった。
「……お、鬼村?」
「………」
「狗谷木が来てるみたい、だけど……」
「……………………握りつぶす」
鬼村はそれだけ言うと静かに立ち上がり、行ってしまった。
廊下は異様に静かだった。
特に言い合う声も聞こえない。
いや。
どんな物音を立ててもわからないように、あちら側へ行ったのかもしれないと思うと俺は背筋がゾッとした。
「……少しでもあいつのことをか弱そうに感じたのは、多分錯覚だな」
──そう呟いて俺は盛大なため息を吐いた。




