漆黒の花々 Ⅶ
第20艦隊管轄宙域には放置されたデブリと敵艦の残骸が静かに漂っていた。
周辺宙域の安全確認を終えたアルキオネは警戒態勢のまま、この宙域の管轄を引き継ぐ第34艦隊の到着まで待機することになり、先の戦闘からすでに4日と8時間あまりが経過していた。
アルキオネの損害はDD部隊の活躍によりほぼ皆無に抑えられ、FUNGや奪取された新型DDに対しても目覚ましい戦果を挙げた。
しかし、掌握された第20艦隊の2隻のガイア級戦艦は無力化したものの、謎の蒼いDDによって沈められてしまった。
その蒼いDDが最後に取った行動の意図は依然として不明であるが、第13艦隊が接敵したCypherの機体と外観上完全に一致することが確認された。
完全独立部隊アサナトスに与えられた主要任務は、そのCypherを拿捕することにあった。だがその任務を達成することはできず、結果として作戦は完遂には至らなかった――
北暦291年
ケプラー日時 1月17日 20:32
第20艦隊管轄宙域
現在、警戒態勢ではあるが、戦闘後にゼノビアさんとルーナが広範囲に索敵ビーコンを設置してくれたので多少の安心は確保できている。
一花にも連絡済みで返信待ちだし、後はこの宙域の後釜艦隊の到着をただひたすら待ち続けているだけなので気は抜けない状況ではあるが暇っちゃ暇だ。
アストはそう思いつつ、艦長席のモニターでゼノビアのスコープが捉えた蒼いDDの映像を確認し、見覚えのある機体の頭部を拡大する。その形状は改造されているものではあるがエクスィーのものと酷似しており、少しばかり嫌悪感を抱いた。
あの戦闘でこの蒼いDDは取り逃がしたが、誰一人として深追いしようとしなかったのは、正直不幸中の幸いだった。
クリスは故障したブラックロータスに乗ったままのヴェルルを気遣い、そのまま真っ直ぐ帰投した。もしヴェルルがあの爆発をまともに受けていたなら、血の気の多い彼女のことだ。真っ先にあの蒼いDDへ食らいつき、追撃を仕掛けていただろう。
任務を最優先するならば、全戦力を奴に向ける。それが正解なんだろう。だが、俺はごめんだ。
一花やこの部隊の全隊員には悪いが、この判断で非難を浴びようが、降任されようが、それでどうなろうと構わない。責任は取る。
誰一人欠けることなく戦闘を終えられた。それで十分。
「アスト艦長。 第34艦隊 通報艦より通信です。位置情報を確認。約12時間でこの宙域へ到着するとのことです」
最も近くにいた部隊をこちらへ回してくれたのだろう。随分と早い到着だ。1週間は覚悟していたが、これは有難い。
「よし。引き続き警戒態勢を維持。第34艦隊到着後、この宙域を離脱する」
「Copy――全クルーへ通達。第34艦隊が約12時間後に当宙域へ到着。警戒態勢を継続。各部署は持ち場を維持。第34艦隊へ引き継ぎが完了次第、警戒態勢を解除。本艦は当宙域を離脱します。 繰り返す――」
サラ副長の簡潔なアナウンスを聞きながら、アストは艦長席に靠れ、小さく息を吐いた。そして静かにブリッジの天井を見上げる。
「12時間……か」 短いようで長い。
待機というのは、なぜこうも長く感じるのだろう。
それに、この任務の終わりが見えたお陰か、変に腹も空いてきた。
30分後にハンバーガーでもかじりながら、ブラックロータスの整備状況でも見に行くか――
いや、変に顔を出すと整備士の方々に気を遣わせるだろうし……整備もかなり難航しているらしいから、やめておこう。
機体の整備状況を確認したが、ほとんどの機体は余裕のある状態で戻ってきていた。そんな中、至近距離で戦艦の爆発を受けたブラックロータスだけはかなりの修復が必要な状態だった。相当な衝撃だっただろう。外部装甲の可動機構は破損し、機体内部にも細かな破片などによる損傷が多く見られるようだ。
それでも、普通なら木っ端微塵になっていてもおかしくないところを、ほぼ原形のまま留めているのだから大したものだ。
ブラックロータスがいかに高い耐久性を誇る機体なのかが分かる。
そう思っていると手元の端末が鳴る。
一花からの連絡だ。
いつもなら即返信してくる彼女も、こちらの報告内容が内容だっただけに、今回はかなり時間を置いてからの返信だった。
―――――――――――――――――――――
――任務お疲れ様!!――
返事が遅くなってごめんなさい。
まずは、今回の任務の結果がどうであれ、みんなが無事に帰って来られそうだという報告を聞けたことが何よりも嬉しいわ。
ただ、今回の一連の騒動を受けて、総司令部はかなりお怒りよ。
我々が任務を失敗したことについても当然だけれど、それ以上に深刻に受け止められているのが、第20艦隊を巡る問題。
現状、彼らの状況が以前から存在していた派閥間の対立をさらに悪化させているわ。
で、面倒なのが総司令部が"宇宙連合軍全艦隊会議"の開催を決定したこと。
実に25年ぶりになるけれど……前回の会議には、アストも参加していたのよね?
経験者として、頼りにしているわ!
開催日時等の情報は別途送るから引継ぎの艦隊が到着次第、急いで"第1コロニー"へ向かって!
P.S. 私を含めて、最大5人まで出席していいみたい。アスト以外の出席者については、そちらで相談して決めておいてね。
―――――――――――――――――――――
まーじか……。
宇宙連合軍全艦隊会議……。
俺がまだぺーぺーの時に参加した会議だが、本当に突っ立っていただけだから肝心の中身は何も覚えていない。経験者(笑)だ。 頼りにしないでほしい。
ただ、言えるのはあれは会議という名の各艦隊による戦力アピールの場だったということだ。
司令官の連れがどれほどの人物なのか。それを暗黙のうちに競っているようだ。
例えば名の知れたエース級パイロットを4人も連れていれば「これだけの人員を会議に割いていても、我々の艦隊にはまだ余裕がありますよ」そういうアピールになる。
誰を連れてきたのか、誰を連れてこなかったのか。
それだけで、その艦隊の立場や思惑まで探られる。そういう場だと当時は感じた。
「どうするかな……」
アストの呟きはサラ副長の耳に入る。
「どうされました?」
「色々面倒なことになってね……。 エデンで会議があるんだが……」
「エデンでですか? 我々が作戦に失敗したとはいえ……些か過剰な場所ですね」
第1コロニー エデン
それは、人類が初めて宇宙に建造したコロニーである。
当初こそ人類の新たな生活圏として使用されていたが、現在では上層部のための会議室とも言うべき場所として使われている。
そして何よりも"地球に最も近いコロニー"という唯一無二の重要性から、地球圏を統括する第1艦隊の管轄下に置かれ、最小規模のコロニーでありながら度重なる改装や防衛設備の増強、厳重な警備によって、堅牢堅固な要塞と化している。
要するに宇宙連合軍の最終防衛ラインってわけだ。
「まぁそれもそうなんだが。"宇宙連合軍全艦隊会議"、だそうだ」
「……!」サラ副長は驚いたが、少し考えた後に納得した様子だ。
「第20艦隊がらみであれば妥当な判断ではありますね。 ですが我々の様な独立部隊が参加するというのは前例がありません」
「あぁ。 それだけお偉方は今、大混乱ってことさ。 それで、会議に参加する3人選定して――」
「では、私とDD部隊の隊長であるゼノビア、元第7部隊のジョセフィーヌではいかがでしょうか? 」
サラ副長は参加したいようで、かなり食い気味だが――
「いや、もしもの時を考えて副長である君と隊長のゼノビアさんはアルキオネに残ってもらおうと思っている。戦力的にジョセフィーヌさんにも残っていてもらいたいところだが……」
サラ副長は口角を下げ何とも言えない表情でこちらを見つめている。
「えっと、他の艦隊とうちでは戦力規模が違うからね……仕方ないね」
「そう、ですか……」
見るからにしょんぼりしている……
彼女が会議とかそういうのが好きだというのは知っているし、俺だって本当はサラ副長が常に後ろにいてくれた方が心強いのだが、一向にアサナトスの戦力増強ができない一花司令の手腕を今は恨んでほしい。
まぁ、どんなに余裕があろうと、たかが会議の見栄のために指揮官や最高戦力を削ぐ意味は無い。本来は司令官や俺みたいなお飾り1人が出れば事足りるのだ。
「では、クルー全体に会議について共有致します。 参加者が決定次第、報告致します」
「あぁ、頼んだ」
にしても、人間の体感というか感覚は不思議なもので、先ほどまで待機する12時間が長く感じていたが、エデンまでの移動期間と会議のことを考えると急にこの待機時間が短く感じる。
さて、色々面倒が増えたが、まずは――
「メアリー、少し席を外す。 些細なことでも何かあったら連絡を入れてくれ」
「了解です! どちらへ行かれるんです?」 CIC席からひょこっと顔を覗かせる。
「余裕のある内に テリヤキバーガー だ。 メアリーも食べるか? 持ってくるけど」
「ご遠慮します!」
「あぁ……そう?」
元気いっぱいに断られた……
「サラ副長はいかが?」
「私も先ほど携帯食をいただきましたので」
余計に暗いオーラが見える……
「あ、そうなのね……。えぇと、それじゃ行ってくる」
少し寂しい気もするが、今日は一人で食べるとしますかね。




