漆黒の花々 Ⅵ
Drive Dummy UNE-S000 FM ――その機体のシルエットは鋭い先端から徐々に滑らかに膨らんだ輪郭が西暦時代のロケットやライフルの弾丸を思わせ、黒曜石のように艶めく二枚の流線型外装と左右の隙間から棘の様な可動式の複数の小羽根を備えており、その姿はまさしく"極楽鳥花"の名を体現している。
長らくサクラメントの地下へ保管されていたが姉妹機の実戦データと専用のパイロットが揃い、それらに伴った改修がサクラメントの技術者総出で行われた。
作業は約1週間という超短期間と作戦宙域までの移動中に細々とした調整を施し完璧な運用可能状態まで仕上げられた。
当時のサクラメントエレクトロニクスが持てる技術の全てを注ぎ込み生み出した最高傑作はついにアルキオネの中央カタパルトに固定され、発進の時を待つまでに至っていた。
『TEAMD、イグニッション開始! 各システムの最終確認をお願いします!』
CICに座るメアリー・エドワーズの歯切れの良いオペレーションが既に待機中であった2機のコックピットへと伝わる。
「やっと……出番ね」
『索敵情報をリンク完了です! 前方の敵戦艦より16機のバイネッケ、出撃を確認しました』
赤髪の少女は、モニターに並ぶ情報に目を走らせる。
「奪取された機体よね? 本当に墜としちゃっていいの?」
彼女の問いに、メインモニターに映るアストが即座に答える。
『春夏秋冬司令には確認済みだ。問題ない』
「ふーん……」
『共有した資料でバイネッケの機体性能は粗方把握していると思うが、相手は最新鋭機だ。必ず苦戦は強いられ――』
「ロクに訓練もせず乗り回してるだけの連中でしょ? 何機いようが怖くないわ」
彼女の食い気味な返答にアストは仕草や表情には一切出さないものの内心「やれやれ」と頭を抱え優しく助言する。
『その意気込みはいいが、お前は初陣だ。足をすくわれるなよ』
「宇宙には足元なんて無いのに?」
彼女の冗談にアストは『油断するなと言っているんだ』と、つい我慢していた溜息に混じり注意した。
そんなアストの少し強めの口調にでさえ彼女は軽い調子で「りょーかい」と返し、直ぐに視線を切ると姉妹機の方へと声を飛ばす。
「それじゃヴェルル、先に行くから!」
『――気をつけて』
ヴェルルの無機質な声音で返すいつものやり取りに一瞬だけ気持ちが和らぐも、彼女の負けん気な性格が直ぐに反発する。
「フン! 艦長もヴェルルも心配なら気持ちを込めなさいよね!」
そう言うと操縦桿を握りしめ、起動確認シークエンスの文字列を追う。
――“ Drive Dummy UNE-S000 FM Revised” 起動シークエンス開始――
メインエンジン/接触――
AI E/起床――ヴィジランスレッド知覚。
【オールアラウンドモニター】/コネクション――
【バイアスモーメンタムシステム】/コネクション――
【フォトンウェポンシステム】/コネクション――
【放熱姿勢制御翼】を知覚――
【PrototypeEXTRAギア】 コネクション正常。
登録母艦 U275B-AR-5――アルキオネ、通信接続。
「再確認完了、全システムオールクリア」
『“ブラックストレリチア” 起動を確認! 中央カタパルト音声認識接続完了。発進してください!』
待ちわびた瞬間。
この日のために特訓し、食事も睡眠も今まで以上に入念に管理し続けた。
彼女にとっては待ち望んだはずの実戦だが――いざとなると呆気なく、不思議と胸の奥は冷静だった。
クリスは小さく息を吐き、覚悟を込めて名乗りを上げる。
「――“ブラックストレリチア”、クリスティアナ・ジゼル・タチバナ、行きます!」
号令と同時に電撃が走り、カタパルトから機体が射出される。機体はその形状も相まって超電磁砲の弾丸さながら、戦場へ放たれ一直線に突き進む。
艶やかな装甲の左右に収納された計10枚の小羽根を展開しデブリの中を更に加速していく。
「続いて、“ブラックロータス” 起動を確認。中央カタパルトへ固定、発進スタンバイ!」
メアリーの溌剌としたオペレーションが続く中、アストはブリッジのモニターに映る射出されたブラックストレリチアを見送りもう一機のDrive Dummyのパイロットへ通信を繋ぐ。
「ヴェルル」
『どうしたの、アスト』
「クリスには釘を刺したが……ああいう性格だから、どうしても無茶をするだろう」
『……うん』
「だから……彼女を頼んだ」
『分かった』
感情的なクリスとは対照的で短く淡々とした応答。だが、それが頼もしく心強い。
『中央カタパルト音声認識接続――発進してください!』
モニターが閉じられると、数秒後、ヴェルルの機体もまたカタパルトに光を纏う。
「――“ブラックロータス”、ヴェルル・デ=グロート、行きます」
漆黒の蓮は極楽鳥花の後を追う。
放たれた2機の|Drive Dummyはデブリの中を泳ぎ、競い遊ぶ様に敵機へと向かっていった。
*
「ヴェスヴィオ様、右舷前方より熱源を確認、デブリの中でこの移動速度は……ENIMです! 数は2!」
「ENIMだと? ワームホールは何処にある?」
「確認できません」
ワームホールが存在しないということは"逸れENIM"か?
クソッ、FUNGとの状況も整理できてないタイミングでENIMまで出てくるとは、運がない。
「ENIMとの戦闘に長けているグイネとカロニを迎撃に回せ。 残りはFUNG共の援護に向かわせろ」
「お待ちください。さらに右舷後方熱源を確認! これは大型ENIM……いや、戦艦です!」
「なっ……確かか!?」
「デブリの影響で識別までは分かりませんが、間違いありません」
ヴェスヴィオはレーダを確認し睨んだ。
まさかこんな近くまで接近されているとは……
俺たちの行動と逸れENIMの動きに乗じて動き出したというところか。 宇宙連合の連中がどこかで殺し損ねたENIMを放置し、ましてや利用するか。 ENIMを掃除する役目の軍が聞いて呆れる。
「グイネとカロニはENIMを潰した後、そのまま敵戦艦を叩け。 奴らの戦力は今FUNGに向いている筈だ」
恐らく奴らはこの最新鋭機の奪還とこれらを盗んだCypherを捕らえるのが任務だろう。 迂闊に攻撃はしてこない筈だ。
こちらの戦力が最新鋭機でなかったらこの戦いは惨敗もいい所だ。
「現状のFUNG共の状況を知らせろ」
「す、既に旗艦が強襲され護衛6機が全滅……それもたった1機のDDに……です」
「……は?」
FUNG共が想定外に足手まといだ。
まさか棒立ちでヤられているんじゃないだろな? こちらの援護が間に合わなかったとかそういうレベルの状況じゃないぞ……
ヴェスヴィオに悲報が続く。
「グイネ、カロニ、通信途絶! 1体のENIMが急速に迫ってきています!」
「あの2人が只のENIM相手に……どうなっているんだ!?」
FUNGの面倒を見ている場合ではない……!
「えぇい全機呼び戻せい! さっさとENIMを片付けろ! このままでは挟まれる! FUNG共を巻き込んでも構わん。主砲で進行方向のデブリと迂回している敵艦を薙ぎ払え! 最大戦速!弾幕を張れ!」
ヴェスヴィオの指示に14機のバイネッケはすぐさま対応し、その機動力で母艦の弾幕を華麗に避けながらENIMの迎撃へ向かう。 だが、1機また1機と次々に通信が途切れていく。
『あの動き、普通のENIMじゃないぞ! 』
『ENIMがこちらの旋回性能を上回って――』
『表面が開いた? なっ?光子刃?! なんだこいっ――!』
『まさか特殊個体か? まずッ――』
『ヴェスヴィオ様こいつら普通のENIMじゃありません! 撤退を――』
もはや誰が何を言っているか分からない程に断末魔が連なる。
僅か5分、精鋭達が駆る最新鋭機であるはずのバイネッケがまともな応戦すらできず活発な1体のENIMに11機が容易に撃墜された。
「馬鹿ども何をやっている!! Cypherが……ドレークが観ているんだぞ!」
これではラビアータの言う万が一ではないか……!
ヴェスヴィオが吠えている間に比較的大人しく見えたもう1体のENIMに残りの3機が墜とされていた。
「バイネッケ全機、ロストしました……」
11機のバイネッケを葬った"それ"が戦艦の前に姿を現すとヴェスヴィオは艦長席へと ヘたれ込みモニターを見て目を見開いた。




