第102話 地下遺構の奥で待ち受けていたもの
「さっきのが身体強化の魔法か。随分な威力だったが」
クリムゾンハンターとの戦闘を終えた後。
ゴーシュはシェリーが使用した魔法について尋ねていた。
「普段はもう少し抑えているんだけどね。さっきはちょっとピンチだったし出力を上げちゃったわ」
「普段は抑えているってことは……」
「ふふ、ゴーシュさんは察しが良いわね。ご想像の通り、あんまり出力を上げると体への負担が大きくてね。あんまり持続もできないから、出力を上げるのは短い時間にしているの」
「なるほど。しかし、普通の身体強化の魔法と比べて出力が段違いだな。ルインも使っていたが、一体どうやって習得したんだ?」
ゴーシュから見てシェリーは華奢で小柄である。
その少女が先程のように巨大な戦斧を振り回して戦うというのは爽快でもあるのだが、それを可能としているのはシェリーが身体強化の魔法を使用しているからだ。
この種の魔法を使用して魔物討伐などに勤しむ冒険者もいるにはいるのだが、せいぜいが少し足が速くなったり力が向上したりする程度である。
だが、シェリーの使っている身体強化の魔法は明らかにその域を超えている。
人間離れした俊敏性に、巨大な戦斧で目にも止まらぬ連撃を繰り出す膂力など。
シンプルながら効果は強力なだけに、戦いの機会が多い者にとってはかなり使い勝手の良い魔法と言えるだろう。
もしかすると自分も使えたらより戦闘の幅が広がるのではないかと、ゴーシュにはちょっぴり興味があった。
そんなゴーシュの思考を察したのか、シェリーは先回りして答える。
「残念だけれど、この魔法は私と兄さんしか扱えないわ。残念だけれど、ゴーシュさんには使えないでしょうね」
「ハハ、そうか」
「私たちがこの魔法をどうやって習得したかは――」
「……?」
シェリーは目を伏せて言葉を切る。
その表情はどこか印象的で、いつも微笑を浮かべているシェリーとは空気感も変わっていているように見えた。
どこか儚げで、憂いを帯びた表情。
ゴーシュもその変化に戸惑っていたが、シェリーは小さく頭を振っていつもの調子に戻った。
「まあ、それは乙女の秘密ってことで」
「……そうか。それは残念だな」
「フフ。ゴーシュさんなら身体強化の魔法がなくても十分だと思うけれど」
先程の様子が気になったゴーシュだったが、シェリーが言及しないのに突っ込んで聞くのも野暮だろう。
そう考え、ゴーシュは感じた疑問に蓋をすることにした。
***
「この先が目的の場所か?」
「ええ」
少しして。
ゴーシュたちは地下遺構の更に奥へと進んでいた。
そこには何やら大きめの扉があり、これまでの場所にはない雰囲気があった。
(シェリーが回収を任されたモノ。それがここにがあるということか)
ゴーシュは手をかけ、そのまま押し開く。
重く、軋んだような音と共に現れたのは、祭壇の設置されている部屋だった。
「……やっぱりか」
部屋の中央にある祭壇、その上に置かれたモノを見て、ゴーシュはぼそりと呟く。
そこには、以前モスリフ付近の洞窟内で見た黒い石――『黒封石』が置かれていた。
「あら。驚くと思ったのだけれど?」
「この場所が大昔のものと聞いてな。もしかしたらと思ったんだ」
ゴーシュの返答に笑みを浮かべ、シェリーは祭壇に近づき黒封石を手に取る。
黒封石はモスリフの時のようにヒビ割れたりはしておらず、鈍く、ずっしりとした輝きを放っていた。
大賢者エルミナが作り出し、古代の魔物を封じ込めたという黒い石。
そんな石を、シェリーは誰に依頼されて回収しに来たのか。
ゴーシュがそう問いかけようとした時、シェリーの前に半透明の画面が浮かび上がった。
「――ああ、兄さん。無事に回収したわ。そっちも? こっちはとっても楽しいデートになったわ。ゴーシュさんの逞しさにうっとりしちゃった♪」
どうやら交信魔法でルインと繋いだらしい。
シェリーが含みのある話し方をしたせいか、ルインの方からは溜息混じりの声が聞こえてくる。
(そういえばルインも別の場所に向かっているんだったか。シェリーの話からすれば、ルインも同じように黒封石を回収しているということか)
ゴーシュはそんなことを考えながら、ルインと話しているシェリーを見やる。
「――っと、例の連中が現れたわね。まったく、デートが終わるまで勘弁してほしかったのだけれど。ええ、ゴーシュさんもいるし心配ないわ」
ふと、それまで楽しそうに話していたシェリーが緊張感のある面持ちに変わり、ルインとの交信を切った。
どうしたのかと尋ねようとして、ゴーシュも異変に気付く。
「あれは……」
祭壇の奥。
そこには、ローブを纏い仮面を装着した複数の者たちが現れていた。
明らかに一般市民ではないようだが、配信者のようにも見えない。
一体何者なのか。
いつの間に、どうやってここへ侵入したのか。
ゴーシュの頭には次々と疑問が浮かぶが、その解消よりも先に剛牙を構える。
シェリーが戦斧を構えたのもあるが、ローブを纏った者たちがただならぬ殺気を放っていたからである。
「楽しいデートに割り込んでくるなんて、無粋ね。空気を読んでほしいのだけれど」
「……」
「それに悪いけど、貴方たちの欲しがっている黒封石は先に回収させてもらったわ」
「……」
シェリーの言った言葉に、ローブの集団は何も答えない。
かと思うと、ローブの者たちはぬるりとした動きでゴーシュたちの方へと歩み寄ってくる。
「構わん。お前たちを排除して奪い取ればそれで済むことだ――」
先頭の男が発したその言葉にゴーシュは大剣を握りしめ、緊張感を募らせた。





