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第七十話

 空が眩しく光り輝いているのを最初に見上げたのは虚ろな目をしたアンだった。

 胸に刺さった切っ先と同じように刀身も細い銀色のナイフを左手で添えている。

「アンは……みんな、皆が好きだ。シン」

 力が抜けた呟きの途中で瞼を閉ざし、ゆっくりと背中からシンシアが眠る墓の横に倒れていく。

 もう一人、生気のない朱色の瞳を細めてふらついてるのはセレスティーヌ。

「おじさま、ちゃんと……果たした、から。でも、ボク……すごく、哀しい」

 脇腹や胸部を斬りつけられ、真っ黒なローブに鮮血を飛び散らしたセレスティーヌは両膝をついてうつ伏せに、瞼は目を半分だけ閉ざして倒れる。

 目に溜まった透明な雫を二人は垂らしていた。

「アン」

 帝国軍総隊長は静かに名前を呼んで、強く握り続けていたアンの右手をゆっくりと広げると、ひび割れて粉々になった恩恵の指輪が。

 残された帝国兵達はただ口を紡いで黙祷を捧げる。




「おいでアクセル!」

 ニーナ達は灰色と白が混じった毛並みをもつ狼にアクセルと名付けた。

 蒼く丸い瞳をもつアクセルは他の狼より体が大きく、身長の低いニーナを見下ろせるほど。

 商店通りの道を散歩しているニーナとアクセルは住民達から注目を浴びている。

 よたよた歩くニーナの動きに合わせて歩くアクセル。

「ねぇ、どうしてあの時恩恵の指輪が光ったの?」

 微笑ましい光景をお店から眺めているイリスは隣にいる男に問いかけた。

「あれは恩恵の指輪じゃなくて、シルバードラゴンから託された罪滅ぼしの指輪だ。今回は老いぼれの狼が死ぬことで解放された」

「それって、罪滅ぼしと復讐とかって関係あるのかな、フェンリルと……アクセルにも」

 左手に視線をおろして、そっと呟くイリスの寂しそうな声に男は眉を下げる。

「老いぼれは何千年分の罪を抱えてきた。あの態度は臆病な本性を隠す為に培った手段だ。そして、罪滅ぼしにフェンリル達を道連れにして逝ったがアクセルについては分からない、何故あいつだけが生き残ったのか、しかも本当の狼になって」

 ニーナの命令を素直に聞いているアクセルはお座り、伏せ、お手などを披露し、ニーナを背中に乗せて歩いていく。

「いや、あれは犬か」

 苦笑いを浮かべてしまう男。

「これって全て悪夢にすることはできないの? それなら皆またここで、シンシア、アン、セレスティーヌとまた会え」

 言葉を途中で遮るように男はイリスの唇を塞いだ。

 二人の様子に口笛を鳴らした商人達に見られても男はお構いなし。

 緑色の瞳を潤ませたイリスは静かに温もりが残る唇に手を当てて、男から目を逸らす。

「イリス、分かっているだろ? 俺はもうドラゴンじゃな」

 言いかけたところで男を覆う大きな影が現れ、商人達は慌てて店内の奥へ逃げてしまう。

「ア、アクセル!」

 背後から男の頭を狙って大きな口を開けたのはアクセルだった。

 甘噛みをされているだけで血は出ていないが、噛まれている男は苦悶の表情を浮かべる。

「い、いだいだだだ!」

 男の両肩に前脚が二本のしかかり、ひたすら甘噛みを繰り返すアクセルにイリスは笑ってしまう。

『グルアァ!』

「イリスに手を出す人にはアクセルと私が容赦しないんだから」

 ニーナの指示で噛みついたのだと気付き、男は険しい表情でアクセルを突き放す。

「狼のくせにそんな飼い犬に成り果てて、恥ずかしくないか貴様は!」

 人語を理解できるのかアクセルは鼻で笑う仕草を見せて、イリスの側に寄っていき顔中を舐めた。

「あ、ちょ、アクセルってば、くすぐったいって」

 嬉しそうな表情のイリスに、男はさらに怒ってアクセルの顔を引っ張り皮膚を伸ばす。

「この穢れた狼がぁイリスから離れろぉぉぉ!!」

『ガァアア!』

 一人と一匹が狭い店で掴み合いのケンカになり、奥に逃げていた商人達がいつの間にか囲んでわいわい騒ぎ始める。

 自然に外へと放り出されたイリスは呆れて微笑む。

「ね、イリス。本当のアクセルはいつか帰ってくる?」

 日傘を手にイリスを見上げたニーナにイリスは微笑んだまま答える。

「うん、いつかきっと帰ってくるよ」

「じゃあその時はきっとイリスを見てガックリすると思うよ、だって」

 ニーナはイリスの左手中指に填められた金の指輪に触れた。

「結婚するもんね。いきなり知らない男の人を連れてきてびっくりしたんだから!」

 金の指輪に右手を添えたイリスはアクセルと男を眺める。

「うん、皆驚いてた。お母さんも驚いてたけど、嬉しそうだった。シンシアだったら大反対していると思う……でも一番驚いたのはアタシだよ? いきなり町に来て、いきなりこんな指輪渡されて、しかも人間の姿で」

 首を傾げるニーナにイリスは途中で喋るのを止めて誤魔化すように微笑む。

 男の腹部に頭突きを与えて倒し、アクセルは勝ち誇った表情で二人のもとへ戻ってきた。

 蒼く丸い瞳孔と眠たそうに目を細くするアクセルの表情にイリスは頭を撫でて尖った両耳を触りながら優しく囁く。


「改めてお帰り……アクセル。まだ弁償しきれてない分とシンシアの分もよろしくね」


 終わり。

読んでいただき、ありがとうございました。

これからもよろしくお願い致します。

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