第五十七話
訓練場からぶかぶかのズボンを引きずられているのは盗賊のアクセルだった。
二匹の狼がアクセルのズボンを噛んで貴族と皇族の居住区から逃れ、人気のない路地裏に入る。
「ちょっと待て、なんで邪魔するんだよ。離せって!」
言われた通り二匹は口を開けて解放、アクセルは息を吐いて地面に座り込んだ。
白銀の狼と小柄な体に傷跡をたくさんつけている狼の二匹がアクセルの前でお座り。
『困ったことになったんさ』
小柄な狼は表情を変えずに言葉を話す。
「アヤノの居場所をまだあの低身長に聞いてないんだ。じいさんらの頼み事をしている場合じゃねぇ」
その言葉に小柄な狼は一笑。
『内戦を引き起こしたのはそのアヤノさ、ワシら同胞を使って魔力暴走をさせている』
「はぁ? どういうことだよ」
人相の悪い面をしているアクセルの顔はさらに歪む。
『それはね、今から向かう先にあるさ。商人のお嬢さんがアヤノを殺す為に単身で監視塔に行ってるさね』
「馬鹿、それを早く言え! じじいそこに案内してくれ!!」
『あいあいさー』
小柄な狼と白銀の狼は路地裏から抜けて町中をだく足で駆け、アクセルはその後ろを追いかけて全力で走る。
犬か狼か区別がつけられない帝都の住民達は建物の窓から二匹を見下ろして隣同士で話し合う。
そんな住宅街を走り抜けていく二匹と一人は監視塔を目指す。
帝都を囲む城壁に設置されている監視塔を見上げたアクセルは蒼い目を凝らして誰かを探している。
『ここまで来てもお嬢さんが見つからないなら、監視塔の中にいるかもしれんね。ところでアクセル』
走りながら余裕で言葉を発した小柄な狼はアクセルに声をかけた。
「なんだよ、こんな時に!」
『ルフレイという坊ちゃんに会ったことはあるかい?』
「あるけどなんだ」
『坊ちゃんいい子なんさ』
突然何を言い出したのか、アクセルは小柄な狼を睨んだ。
「ちょっとしか話さなかったがいい奴なのはわかった」
『アヤノが好きかい? それともお嬢さんが好き?』
理解できない問いにアクセルは怪訝な表情を浮かべる。
「何が言いたいんだよ」
『さぁね、なんだろね』
小柄な狼は調子のいい声で監視塔の根元に到着すると徐々に足の速度を緩めていき、扉の前でお座りの姿勢に。
白銀の狼も同様に隣でお座りをしてアクセルを見上げる。
『アクセル、アヤノが帝都で処刑されそうになったのは事実さ。けど帝国軍の一部が処刑を反対して免れ、今まで魔獣の森で帝国兵として隠密行動をしていた』
アクセルは深緑の宝石が埋め込まれた首輪に手を添えた。
『でもアヤノは帝国軍に誤情報を送って内戦を引き起こさせたんさ、理由は知らないがね。残念ながらワシらはフェンリルの仲間だからここまでしか無理さ』
見て確かめてこいと首を一度上に動かして、小柄な狼は鼻息を出す。
軽く何度か頷いたアクセルは扉を前に立ち、腰に巻いているポーチに手を伸ばして掴もうとしたが、空振りをしてしまう。
アクセルは気付いた。
「武器がない」




