第五十二話
「イリスのバックにいたのはあいつか、中身は既に別人格がいるみたいだな」
落ち着いた声、その側にいるのはフードを被ったルフレイだった。
分厚い書物を手に抱えて俯いているルフレイは小さく頷く。
「恐らくリザードドラゴンだと思います。それと本当はアクセルも魔獣の森へ連れていく予定でした、ですが」
「問題ない、たいして役に立たない奴を連れてきても困る。一番厄介なのは巫女様だ」
「あいつは巫女じゃありません、そんな奴に様をつけるなんて」
ルフレイの言葉に鼻で笑う。
「私の中で巫女様はずっと巫女様だ。ドラゴン信者達に監禁され、植え付けられた忠誠心から解き放たれた今、かなりの脅威になろう。巫女様が帝都へ着く前に決着をつけなければ」
ルフレイは静かに一礼して窓から見下ろせる帝都の街並みを眺めていた。
ゆっくりと時間が進む帝都を歩いている人は少ない。
帝都には不穏な空気が流れていて、帝国兵士が五人編成で巡回警備をしている。
広大な都市を各地から招集された帝国兵士が巡回し、全ての兵士が鋼鉄鎧を身に着けて鋼鉄の槍を縦に握っていた。
皇族と貴族が住んでいる区域には兵士達が使う訓練所があり、そこに騎士団が縦一列に並ぶ。
銀の鎧と銀の剣を装備している騎士達。
整列した騎士団の前に立つのは騎士団長のバスだった。
金髪碧眼の爽やかな顔立ちをしたバスは銀の剣を鞘から抜いて刃先を空に向けて構えている。
「もうすぐフェンリル討伐及びフェンリルの腹と呼ばれる信者達の掃討作戦が始まる。僕達は他の部隊と同様前線へ配置されるが、それからは僕が指揮した通りに動いてくれ」
騎士達は胸に右手を当てて一礼。
彼らの従順さに頷くバスは銀の剣を鞘に収めて、未だ沈まない太陽を眺めた。
「隣接しているあの町はどうなっても構わない、皇族から許可を頂いている」
慈悲のない言葉を添えてバスは部下より先に訓練場から去っていく。
訓練場から続く城内へ入ったバスはそこで帝国兵を束ねる総隊長の男とすれ違おうとしていた。
軽装鎧で湾曲した長い弓を背負い、腰には切っ先が細長い両刃の剣を差している。
黒いマントが目印で中央には深紅のドラゴンが刺繍されていた。
体格は横幅に大きく筋肉質で、身長は男性の平均、体重はそれ以上。
お互いに横目で覗きながら会話もなく通り過ぎていく。
立ち止まったのは総隊長。
背後には二人の帝国兵が同じく軽装鎧で腰に両刃の剣を差していた。
「帝国での小さな内戦でどうして国中の兵士を集めなければならないのか、分かるか?」
二人の帝国兵は口角を一直線に何も答えない。
「そうだ、答えはいらない。やれと言われた事に従い、ドラゴンと皇帝に忠義を示すのが我々帝国兵だ。その姿勢をこの戦でも貫いてみせろ」
感情のない帝国兵は右手を胸に当てて一礼し、総隊長の後ろを絶対の距離で保っている。
「さて、あの騎士は裏切るか、否か、少し様子を見る。アーリィ」
二人のうち一人の帝国兵を呼ぶ。
長いポニーテールの女帝国兵は返事をした。
「バス騎士団長を追跡、もしくは近しい人物から情報を聞き出せ」
命令に従い、アーリィと呼ばれた女帝国兵は反対方向へ行ってしまう。
「アンはまだ来ないか」
「間もなく帝都に着きます。しっかりと伝えましたので」
低い声の帝国兵はフード付きのローブを纏い、体を隠している。
表情は分からない、分かるのは性別が男だということ。
「シンシアお嬢様は?」
「馬車で帝都に向かっています。あの盗賊も一緒のようです」
「悪夢の中にいた奴か……随分シンシアお嬢様と親しげだった。怪しいな、来たら一応見張っておけ」
帝国兵は一礼し、城内へと姿を消していく。
前に進めば訓練所へ、後ろに下がれば城内の奥に行ける通路で総隊長は立ち止まったまま動かない。
険しい表情を浮かべると、深く息を吐いた。
口を堅く閉ざして目を細めて、ゆっくりと前に向かって進んでいく。




