第五十三話
帝都の正門前に七十人で編成された帝国軍小隊が槍を片手に持って乱れることなく整列していた。
小隊の横にはバスが率いる騎士団も白馬を連れて同じように整列。
彼らを見送る為に帝国軍総隊長が部下二人を従えて先頭に立ち、獣に似た瞳孔でバスを睨む。
すぐに小隊へと顔を向き直し、
「アーリィも小隊と同行しろ、報告を忘れるなよ」
後ろで絶対の距離を保っている二人のうち長いポニーテールの髪型をした女性帝国兵を呼んだ。
右胸に手を当てて一礼したアーリィは小隊の最後尾へと移動。
「第一前線部隊は既に出発している。まずは帝都周囲に隠れているであろう人の皮を被った獣達を潰し、そこから山と平地に分かれて魔獣の森を目指せ! いいな!!」
聞いているだけでビリビリと耳が響くほど届く総隊長の言葉に帝国兵達は一斉に右胸に手を当てた。
「命はドラゴンと皇帝に捧げるもの、奪われるなよ」
静かに、それでも七十人に届いたのか、綺麗に声を揃えて返事をする。
小隊隊長である兵士の指揮により、部下達が一斉に槍の穂先を空に掲げながら行進していく。
騎士団は後ろから見守りつつ白馬を手綱で操り、小隊の歩く速度に揃える。
爽やかさを残すバスの背中を険しい表情で睨む総隊長は残った部下に声をかけた。
「アンが来たらアーリィの仕事を任せてやれ、これから俺の後ろにつくのはアンとお前だ」
「……はい」
「シンシアお嬢様が戻られたら必ずドラゴン信者が動き出すだろう、盗賊を監視しつつシンシアお嬢様から狂信者を近づけさせないようにしろ」
命令通り、フードで全身を隠している部下は一礼して音も残さず姿を消す。
誰もいなくなった背後を暖かい風がなぞり、総隊長は一瞬だけ震えて帝都の中へと戻っていく。
帝都に住む人々は賑やかさを取り除かれたのか声を出さずに仕事をしている。
総隊長は周囲を睨みながら皇族や貴族が住む城に戻ろうとしたが、視界の先を遮る暗い何かが目の前に現れ、総隊長は目を細めた。
目の前には総隊長といい勝負ができるほど逞しい肉体をもつ巨大な人物、その上に鋼鉄鎧を装備している帝国兵は赤く爬虫類に似た瞳孔で総隊長を睨んでいる。
「どこの小隊だ? 名前は、隊長は、任されている町は?」
厳つい顔同士が睨み合い、怯えた住民達は建物の中に避難してしまう。
「ドラゴンを崇拝しているという信者の居場所を教えていただきたい、帝国軍総隊長」
「名前は!」
質問に答えない兵士に怒声を響かせた総隊長は腰に差しているレイピアと呼ばれる細い剣の柄に手を乗せた。
いつでも抜けれるように。
名前を聞かれた帝国兵は赤い目を細めて振り返る。
「こいつの名前は?」
小さな声で誰かに質問をする帝国兵。
「え、知らないよそんなの。ていうか本当の帝国兵に話しかけてどうするの」
帝国兵の背中から慌てた少女の声が聞こえ、総隊長は帝国兵の後ろに回った。
大きい体に隠れていたのは赤茶のボブヘアで緑色の目をした少女。
動きやすい服装をしており、その服はボロボロになって白い肌が所々見えている。
「あ、そのーこんにちは」
「な……お、女の子?」
右手の中指には赤い宝石が埋め込まれた指輪を填めていた。
「一体どういう事だ? 事情を説明しない限り離さんぞ」
「ドラゴン信者がいる場所を訊いただけでしょうに、何か不満でもあるのでしょうか総隊長」
目上の人間に対する態度ではない見下した口調と表情に苛立つ総隊長。
「だから名前と小隊と任されている町を言え!」
「なんだそれは、イリス」
「もぉ、面倒な事はアタシに押し付けないでよ」
放置されてしまった総隊長は唸り声をあげて拳をつくる。
イリスが中指に填めている赤い指輪をもう一度視界に映すと、総隊長は首を傾げた。
「赤い指輪……どこかで見たな、シンシアお嬢様も確かつけていたはずだが、まさか」
最悪の事態が過った総隊長はイリスの右腕を強く掴み、勢いで体ごと引っ張ってしまう。
顔を歪めて少女らしい甲高い声を一瞬だけ発したイリス。
「シンシアお嬢様から奪ったのか?」
低く声を震わした総隊長は険しい表情で至近距離から睨みつける。
「い、違う、これはアタシの、アタシの大事な指輪なんだから。大事な指輪だって知ってるから奪ったりなんかしない!」
負けじと鼻先にいる総隊長を睨み返したイリスは右腕を力強く引いて、総隊長の手を振りほどいた。
「シンシアも同じ指輪をしているけど、これはアタシのです」
そして、大人しい声で目を細めて呟く。
イリスの横にいる厳つい帝国兵は赤い目を丸くして、
「そうかそうか、そんなに俺のことを大切に想ってくれているのか、人間に愛されるのは不快というか不思議というか、だ」
歓心する。
「誰がアナタの事、これはアタシのお父さんの形見だから大事なの!」
笑う厳つい帝国兵と怒っているイリスを交互に見て、総隊長は頭を抱えた。
「シンシアお嬢様を知っているようだな、とりあえず城へ連行する。お前もだ、何故ドラゴン信者を探しているのか、その理由もしっかりと訊かせてもらうぞ」
ふて腐れている二人に総隊長は眉間に皺を寄せて、
「そんな顔しても連行するからな!!」
声を荒げる。
静かな帝都に響く賑やかな声達を人々は窓から眺めていた。




