第四十九話
帝都への道は遠く人の足だけではかなりの日数を使わなければならない。
頼れる乗り物は周りになく、次の町か村で探すしか方法はないと判断した二人。
山を下りて森林を抜けた先は平らな草原地帯で、どこを眺めても緑の景色が広がり建物は見当たらなかった。
「ここから先に町とかあるのか? 前に行ったときは馬車だったから全く分からないんだが」
「ありますわよ、一日かけて歩けば」
さらっと答えられ、青年アクセルは蒼い目を眠たそうに細めて青みがかった黒髪を掻く。
アクセルは自らの首に深緑の宝石が装飾された首飾りを身に着けていた。
「ここでずっと待っていても馬車は来ませんわ。さっさと行きますわよ」
白い小袖と緋袴姿のシンシアはアクセルを置いて足を動かし、左手中指に填めた赤い宝石が装飾された指輪を右手で触れる。
彼女の背中を視界に映しているアクセルは肩をすくめて、止まった足を前に進めた。
広大な草原地帯には簡易的な道があり、草を抜いて肌色の土が露出させた道は帝都に向かって続いている。
その道を歩く二人以外に人はいない。
アクセルは青い空に首を上げると意味なく目を細めた。
本日は晴天で心地いい風が吹き、暑くもなく、寒くもない気候。
「内戦が近いですのに、天気だけはいいですわね」
空を見上げて呆れた様子で呟くシンシアに、アクセルは正面を向いて頷く。
「どうせドラゴンやフェンリルが来たら天気なんか完全に悪くなるさ、今ぐらいいいだろ」
「そうですわね……できればドラゴン達とは関係なく終わらせてほしいですわ、これは人間側の問題ですもの」
アクセルはその言葉に口角を下げた。
「いやいやどうみてもドラゴンが悪いだろ、リザードドラゴンが特にな。あいつが何かしたんじゃないのか」
シンシアは反論せずに黙って歩き、耳元で囁かれる声にも相槌を打たない。
不機嫌さが目に見えるほど漏れているシンシアの後姿に、アクセルは怪訝な表情を浮かべてしまう。
「ずっとこの道を歩かないと駄目なのか……退屈だよな」
シンシアより遠く先の景色に目を凝らしたアクセルは不満を呟いて、数秒後目を丸くさせた。
草を踏み潰しながら逞しい四脚で駆けていく何十匹の狼。
エサを求めて行動しているのではない、アクセルはそう確信して走り出す。
しかし、アクセルが身に着けている首飾りが走ることを阻止するかのように全身を痺れさせる。
「ぬぅあお!?」
唸り声を上げたアクセルは膝をついてしまう。
「アクセルさん! その首輪は狼に変身しないようにするのが本来の役割ですのよ、無理ですわ!」
「だけどよ、あいつらが」
歯を食いしばって狼達を指したアクセル。
「彼等はフェンリルの同胞ですわね、何をするつもりか分かりませんが放っておいた方がいいと思いますわ」
あっという間に狼達は一定の速度を保ちながら、遠くへと姿を消してしまう。
シンシアは一本道に続く景色を脳に思い浮かばせると、アクセルを強く睨みつけた。
「放ったら駄目ですわ!!」
目の色を変えて走り出したシンシアにアクセルは髪を掻きながら立ち上がり、
「どっちだよ」
呆れながらもシンシアを追いかける。
身軽な体で息切れもなく走り続けているシンシアと重い体を走らせるアクセル。
距離が縮まらず、狼達の姿も見えてこない、アクセルは胸の締めつけに動きを鈍らせてしまう。
足はゆっくりとした歩行になりシンシアの背中が見えなくなった。
「くっそ、首輪をしても辛いな……」
少しだけ俯いた瞬間、遠くから地を揺らすほどの振動と音が耳に届く。
顔を上げると土煙が空に広がって、抉られた草や土が塊のまま周囲に飛び散らせている。
「あのバカ何をやったんだ!?」
休憩している暇はなくアクセルは土煙が舞う場所まで小走りで進む。
いつまでも続く平坦な草原地を走っていくと、あるはずの道が抉られ巨大な円形の窪みができていた。
自然にできた物とは思えない状況に、アクセルは右左に首を動かしてシンシアを探す。
「シンシア?」
名前を呼ぶと遠くから返事が聞こえる。
深い窪みから顔を出してきたのは紛れもなくシンシアだった。
「ここですわ」
アクセルが伸ばした手に掴まったシンシアは地上に足をつけて、一息。
「アイツらをやったのか、お前」
その質問に対してシンシアは口を紡ぎ、目を伏せている。
答えようとしないシンシアに肩をすくめてアクセルは苦笑。
「まぁ結構激しい音がしてたから、そう簡単に聞き逃せるレベルじゃないな」
抉られた穴や土の塊を眺めながらアクセルは呟く。
沈黙を貫くシンシアは左手を右手で覆い隠し、強くギュッと握り締めている。
「とりあえず近くの町に案内してくれ、な?」
シンシアの肩をポンと叩いたアクセルは余裕の笑い顔で腕を前で組み、シンシアを待つ。
「分かりましたわ」
空気が抜けるように暗く静かな返事をしたシンシアは自ら作りだしてしまった穴を避けて町に続く道へ誘導する。
「まだ、かかるよな?」
一日かけて行かないと辿り着かない町なのだから当然か、とアクセルは頭に浮かべて質問すると、シンシアは言葉を出さずに頷く。
彼女の背中から滲み出る不機嫌さにアクセルは何も言わず、大人しくついて行くことを決めた。




