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第三十七話

軽い軽い、お話です。よろしくお願いします。

 赤茶のボブヘアが風に揺れ、緑色の瞳から疲れが滲み出ている。

 店を放って町の外を右手中指に填めた赤い指輪と歩いているのは若い商人のイリス。

 現在イリスは傾斜になっている山の木々を手で掴みながら登っていた。

「ここ以外に道って無いの?」

『コレガ一番最適ナ道ダ』

 イリスにしか聞こえないリザードドラゴンの重い声。

 返答に納得できないイリスは眉を下げて、黙々と目的地を目指して登っていく。

「そういえば帝国兵の人がここから入っていくのを見たんだけど、何かあったのかな」

 何気なく顔を見上げると、イリスを簡単に覆えるほどの暗い影があった。

「え!?」

 思考を巡らせている時間はない、物体にイリスは押し潰されて一緒に落ちてしまう。

 大小異なる木や枝にイリスの体が何度も引っ掛かり、皮膚が切れて腕や足に刺さった枝もある。

 防御性のない服の布は破けてしまい、皮膚から鮮血が飛び散るもイリスは苦悶の表情も見せずに目を丸くさせた。

 登っていた山から草原の平地に戻されてしまったイリスは仰向けの状態で呆然とする。

 横を向くと、焦げた悪臭が漂う黒い塊が落ちていた。

「な、なにこれ?」

『コレハ死体、魔力ヲ感ジタ……恐ラク山頂ニ魔術師ガイル』

「ひ、人? これが」

 人間の形が残っていない黒い塊に顔を引き攣らせたイリスは上半身を起こして後ろに下がる。

 一体どれが頭で足なのかも分からない。

 イリスは自らの体をようやく見下ろし、ひどい傷を負っているのだと自覚。

 足や腕に刺さった枝を躊躇なく抜き取り、血が噴出すると草に赤い色が飛沫のように付着する。

「こんな体になってまで殺さないといけないのかな」

 痛みを感じない事に安堵と不安を混ぜて息を吐き出したイリス。

『フェンリルヲ殺スコトガ使命デアリ、誓約ダカラダ』

「あーもう! お父さんのことを皆が嫌っていたり怖がったりしていたの、今なら分かるような気がする」

 お尻を払いながら立ち上がり、再び山に登ろうとしていると近くから男の叫ぶ声が届く。

「ヴェラルド! いないのか、ん?」

 銀の鎧と兜を身に纏う声が低い帝国兵士。

 自身より大きな体を持つ帝国兵士に、イリスは口を半開きにして体を固めてしまう。

 しかし、耳元ではリザードドラゴンが囁く。

『コイツカラ負ヲ感ジル……コレハイイゾォ』

「ど、どうするの?」

 イリスは誰にも聞こえないように呟いた。

 黒い塊とイリスを無言で交互に見る帝国兵士。

『近クニ同ジ負ヲ持ツ奴等ガイル、ソイツノ言ウ通リニ従エ』

 胸に不安を抱えつつ小さく頷いたイリスは黙って、直立をする。

「どこかで見た事があるな、町の商人か? しかし、帝国兵士として怪我人を見過ごすことはできない。お嬢さんこっちで治療をしよう」

「は、はい」

 イリスは軽々と持ち上げられ、運ばれてしまう。

『スコシ負トハ違ウ邪念ヲ感ジル』

「じゃ、邪念って何」

『サァナ』

 はっきりとしない返事に疑問を膨らますイリス。

 帝国兵士は簡易的なテントが張ってある拠点へ戻り、イリスは布が敷かれた場所に下ろされた。

 同じ銀の鎧を着た帝国兵達はイリスを見るなり首を傾げている。

「ヴェラルドはどうした?」

「いや、どこにもいなかったんだ。途中で怪我人を発見してこっちを優先にさせてもらった」

 屈強な兵士達に囲まれて、イリスは少々体を強張らせた。

「なら私が回復を」

 軽装鎧を装備している若い青年が名乗り出て、怪我をしている部位に手を翳すと白く温かい光が手から放たれ、傷を包み込んでいく。

 あっという間に手足の擦り傷や枝が刺さっていた皮膚は傷跡も残らずに再生され、イリスは目を丸くする。

「凄い……これも魔術なんだ」

 感心するイリスに若い青年は笑みを浮かべて頷いていた。

「確かに魔術だが、私のは治癒術で少し異なる物だ」

「そう、なんですか」

 親切に傷を治してくれた帝国兵士を視界に映すと、眉を下げてしまったイリス。

『邪念、邪念』

 同じ単語を繰り返すリザードドラゴンの声は徐々に高まっていく。

 不快に感じたイリスだが、相手がその場にいないので言い返すことができなかった。

「お嬢さん、少し話を聞きたいんだがいいかい?」

「は、はい、なんですか?」

 イリスを運んだ帝国兵士は腰を屈めて目線を合わせる。

「我々の隊長を死に追いやった狼と巫女を追っている。知っているのなら詳しく、教えてほしい」

 その二人が誰なのか、もう分かってしまったイリスは声を詰まらせてしまった。

「お嬢さんは……あの狼を番犬代わりにしていた商人だね」

 確信でも持てたのか、先程までの温厚な声は消えて怒りを抑えた静かな口調でイリスを問い詰める。

 周囲の兵士達も顔つきを変えてイリスを睨む。

『邪念ト負ヲ大量ニ感ジルゾォオ。サァ、犯サレタクナケレバ指輪ヲ前ニ出セ』

「お、おか!?」

 慌てて右手を前に突き出すと指輪に埋め込まれた赤い石から眩むほどの光が放たれた。

 真っ赤な光は帝国兵士達を狙い光線となって飛びこんで行く。

 驚いている時間も与えられずに帝国兵士達は次々と倒れてしまう。

 真っ赤な光は輝きを増して指輪に戻り、リザードドラゴンは機嫌の良い笑い声を上げる。

『良イ負ヲ貰ッタ』

 呆気にとられていたイリスは首を横に振って辺りを見回す。

「死んでない、よね?」

 動かない帝国兵士達に戸惑いを隠せないイリス。

『安心シロ。本当ナラバ肉体ゴト吸イ込ンデシマイタイガ、多少戦力ガアッタ方ガイイ』

 リザードドラゴンがそう囁くと、指輪から漏れた赤い光が大きい体を持つ帝国兵士の中へ入ってしまった。

 鎧を軋ませてゆっくりと立ち上がった帝国兵士は自らの兜を脱ぎ捨てて、無精髭を生やした厳つい顔を露にさせる。

 細い目に浮かぶ鮮血のように赤い色と爬虫類の瞳孔。

 にやつかせた気色の悪い笑みにイリスは顔を引き攣らせた。

「人間の体は嫌いだが文句は言えまい、この体なら自由に動けるだろう。さぁこいつ等を連れて山を登るぞ」

 他の帝国兵士達は操り人形のように立ち上がり、無言でイリスの後ろにつく。

「ちょ、コワッ。どうやって乗り移ったの?」

「人間には理解のできぬことだ」

 不敵に笑いながら先頭を歩くリザードドラゴン。

 イリスが歩けば操られた兵士達も背中を追って一緒についてくる。

 異様な集団に囲まれたイリスは渋々山登りを再開するしかなかった。

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