第三十六話
よろしくお願いいたします。
太陽の光が射しこめる余裕もないほど深緑の葉が無数に重なる木々。
人間が歩けるよう道はなく、傾斜になっているせいか進むのは困難な状況だった。
それでも斜めに伸びた木を白い肌の手でがっちりと掴んで登っていくのは、小袖と緋袴姿の少女シンシア。
『アノ兵士達ガ迫ッテキテイル』
耳元で囁いたのはシルバードラゴン。
低く重いドラゴンの声は普通の人間では耐えられない。
「わたくしまで巻き込まないでほしいですわ」
平然とした態度と冷めた口調で眉をしかめた。
軽やかに木々を掴みながら登っていくこと数分、シンシアは息切れもなく急坂から平坦な山頂へ辿り着く。
「あんな重い鎧を着ているのに登れますの?」
疑問を声に出して振り返ってみても、誰も登ってこない。
「無理ですわよね、相手にしているだけ無駄ですわ」
息を軽く吐いて、足を前に運ぼうとしたシンシアだったが途中で止める。
深緑の葉や木の枝で擦れる騒がしい音がシンシアへと迫ってきていることに気付く。
慌てることなくシンシアは鋭い眼光を放ち、左手を広げて前に翳す。
左手の中指に填めている指輪には赤い石が埋め込まれていた。
枝の先から千切られた大小異なる葉っぱが空中を舞い、折れた枝も飛び出し、銀の鎧を身に纏う帝国兵士が姿を現す。
「こ、小娘ぇ!」
息切れと同時に罵声のように激しく、シンシアに対して向けられた言葉が最後となる。
翳した手から意図的に作りだされた赤と橙の炎が球体に形を変えて、前へ飛んでいく。
分厚い鎧は一瞬にして溶け、帝国兵士は人の姿を留めることなく炎と共に山の激しい傾斜から落ちてしまう。
炎は木々に燃え移ろうとしている。
『シンシア!』
シルバードラゴンの怒りに青い目をハッとさせたシンシアは左手を握り締めた。
すると、炎は空気中から消えて焦げた臭いだけが山に充満。
『今ノハ行キ過ギタ行為ダ』
「わ、分かっていますわ!」
『冷静ニ……ナレ』
落ち着くように促されたシンシアは唇を噛んで、目を細める。
他の帝国兵士は追ってこないのか、足音も何もない。
「今は彼等よりイリスさんを探すのが先決ですの、全く、何をやっていますの……わたくしは」
自らに投げかけた言葉を胸にシンシアは足を進めた。




