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嫌われ者たちの楽園の中で……。

 一方、勇儀達と別れたヤマメはほかの二人を置いて空の見える地底湖の畔の小屋へとやって来ていた。

 ヤマメはその縁側で二日前にそうしていたように、腰を下ろし、空を見上げていた。

 その空はすでに月の姿はなく、星々の薄光だけが湖を照らし、そこは数日前までの秋の色ではなく星空の水面鏡と姿を変貌させていた。

 そんな風景に包まれる中、ヤマメのお供をするのは暖かいお茶ではなく、背中合わせで座るお燐だった。

 先ほどまで涙を流し一人で歩くことすらままならなかったお燐をここへ連れてきたのだ。

 だがここへきて時が経った今。お燐の瞳には涙はなく、ようやく落ち着きを取り戻し始めていた。

 しかし、二人は言葉を交わすことはなく背中合わせで座っていただけだった。

 それはお燐にとってはとてもありがたいことだった。

 お燐は酒の席で話してしまった事にはあまり触れてほしくはなかった……と言うよりは、本来敵であるはずの旧都の妖怪達に地霊殿の内情を話す事は自殺行為と言って他ならない。……いや、今は敵でも何もないのか。

 地霊殿に帰る事を拒絶したお燐にとっては、もはや敵も何もないのかもしれない。

 だが、長年敵として旧都の妖怪たちを見てきたお燐にとっては、あまり気持ちのいいものではないのは確かだった。

 だからこうしてヤマメは何も聞こうとせず、そばにいてくれるのはお燐にとってはとても嬉しかったのだ。

 ヤマメと一緒にいるだけで、安心できたから……。

 背中越しで伝わるヤマメの温度が、床に置いた手を握り返す温度が、ヤマメと言う人物の優しさを温度として伝えてくれる。それが本当に暖かかくて、地霊殿に帰れなくなったお燐にとって嬉しかったのだ。

 だからしばらくの間ずっとそのまま無言が続いていたのだ。

 お互いがお互いの事を考えていたから。だから二人はお互いに声を掛けようとしなかったのだ。そのゆっくりとした空間が、優しい空気が二人を心地よい世界へと導いていた。

 だが、ヤマメはしばらくそのままの時間を維持すると、突然お燐に向けて優しい声を掛ける。


「ねぇ、お燐」

「なに?」

「まださとりの事が嫌いなの?」

「……別に嫌いではないけど。でも……帰りたくはない」


 ヤマメの問いかけに再び方が震えたお燐はヤマメとつないでいた手をほどき、自らの足を抱える。その姿を見たヤマメは一度立ち上がり、お燐と向き合う。

 そして不安そうにするお燐を見てもう一度その手を取り、手を握りながら言葉を掛ける。


「そう……じゃあ、昔話しようか」

「昔……話?」

「そう、私がこの地底に来てすぐくらいのお話……」

「なんで?」

「だって、せっかく二人でいるのに、いつまでも一緒にいるだけじゃつまらないじゃない」

「あたいは……それでも構わないんだけど」

「ごめんね。私はおしゃべりが好きなの。どうしても話したくないなら私の独り言を聞いてくれるだけでも嬉しいかな」

「……じゃあ、聞いてる」

「うん、ありがとう……」


 そういうとヤマメは立ち上がり、部屋の中に入っていく。そしてしばらくするとお盆の上に二つの湯飲みを乗せて戻ってきた。そしてそれを二人の間に置き、ゆっくりと深呼吸をしてから言葉を綴り始める。


「この旧都に来る妖怪は全て人に忌み嫌われた存在だ。それは私も例外じゃなくて、人々に嫌われて、疎まれて地上から逃げてきたの。

 だから初めは怖かったと言えばいいのかな。

 周りを見渡しても知らない妖怪ばかりで、その上この地底に居るという事は地上の人間にも妖怪にも嫌われた妖怪……私が来たときにはまだ旧都ができてなくて、本当の無法地帯だった。

 だから私は、初めは怖くて地底の隅で固まっていたの。

 だけど、そんな時出会ったのはキスメだった。

 その子は私よりも小さな肩を震わせて、何故自分がここに来たのかもわからないと言ってずっと隠れていたの。もちろん私からも。

 初めは私もあまり気にしないことにしていたけど、でも怯えているその子を見て放って置けなくて、気が付けば話しかけていた。

 そしてキスメと話しているうちに気付いた事が一つ。

 私たちは、地上の人間や妖怪の都合で見放されたんだって。

 確かに悪さして人間たちに追放された妖怪もいるかもしれない。だけどそうじゃない妖怪もきっといる。キスメみたいに突然現れるだけで気味悪がられて地上に入れなくなった妖怪もいるかもしれない。だったら、追放されたこの地底で楽園を築こうって、そう思ったの。

 だから私はその日からほかの人達に話しかけて、明るく過ごして少しでも仲良くできるように頑張っていた。

 だけど、それは茨の道だった。

 妖怪だって知能を持った生き物だから、一度傷ついた心は簡単に人を受け入れようとしなかった。だけどそれで諦めたら意味がないから私はずっと声を掛け続けていた。


 だけど……それは完膚なきまでに崩されてしまった。


 気が付けば私は旧都の中でも嫌われ者になっていたの。

 ここは無法地帯だから……荒くれ者たちの巣窟だから、人間に見放されたことにいらだちを覚え、人間たちを恨む者たちが集まる地底でにこにこと笑っている私は気持ち悪がられた。気が付けば私はかかわった妖怪たちから始まり、地底の妖怪全てに私を排他する動きができ始めていた。

 それでもここで諦めたらいけないと。キスメに応援されたこともあってずっと話しかけていたんだけど……待っていたのは地上にいた時よりも酷い迫害だった。

 日に日に増える生傷。

 耳に残るのは妖怪たちの罵声。

 何度もあきらめようとして、何度もこの地を逃げようとした。

 だけど私が諦めたら、逃げ出したら、何も変わらない。何も始まらない。

 だから私は何度殴られても何度罵声を上げても、地底の人たちに声を掛け続けた。

 そんな時、私の前に現れたのが勇儀だったの。

 妖怪たちに殴られているときに突然勇儀が現れて助けてくれた。

 それからかな……事がうまく運びはじめたのは。

 勇儀が妖怪たちの暴力から守ってくれて、一緒にいたパルスィは言葉が悪いながらにも私の事を悪く言う人をとがめてくれて、キスメが私に勇気づけてくれた。

 その時私は気づいたの。

 一人では何もできないって。

 仲間がいてくれたから初めて事を成すことができるって」

「気持ちはわかる。あたいだってさとりさまが拾ってくれたから……」

「あはは、正直な話。私はお燐がうらやましいよ」

「なんで?」

「だって、お燐には“家族”がいるじゃない」

「家族? 私とさとり様はただペットと主というそれだけの関係だよ?」

「ううん、それは家族だよ。ペットと言うのは種族が違うだけで、一つ屋根の下で暮らす大切な家族だよ。だから私はお燐が羨ましい。いつも一緒にいてくれる人がいて、生まれも種族も違うけど同じペットの姉妹達がいて……楽しく過ごしているお燐が羨ましかったの。地霊殿ができて地獄を管理するようになってからずっとね」

「そんなの……ヤマメだって一緒じゃない。優しい仲間がいて楽しく過ごしているじゃない」

「あはは、確かに勇儀達は優しいよ。一緒にいて楽しいよ。だけどね、仲間と家族とじゃ訳が違うから。いつも一緒にいてくれて、本当の意味で心を許し会える人がいる。それはきっと知能を持った生き物としては一番幸せなんだよ。だから羨ましい」

「だけど、あたいは帰れない……」

「なんで?」

「あたいは……さとり様に嫌われてしまったから」

「ううん、違うよ。さとりはきっとお燐の事は嫌ってないよ」

「なんでそんなことがわかるの?

 私はさとり様の言いつけを無視して、さとり様を傷つけた。だから普段優しくて声を荒げようとしないさとり様が私に罵声を上げたんだ!

 そうじゃなきゃ、あのさとり様が怒るはずないもん。少し悪さした程度だったら軽くこつかれた後に優しく頭を撫でてくれるのに……あの時のさとり様は違った。あたいは本当に嫌われちゃったんだ……」

「たぶんそれはね……きっと一時的なものだよ」

「一時的……?」

「だって、人はそう簡単に嫌いになれるものじゃないもん」

「……そんなことないよ。人は激情した後に人を嫌いなる。

 それは嫌われ者の私たちが一番よくわかってることでしょう?」

「ううん、嫌われ者だからわかるの。

 喧嘩した時から嫌われるまでは時間がある。

 失った後にその大切さを知るってことばがあるでしょ?

 まさにあれの通りだよ。人は喧嘩してからその人が隣いないことが寂しいことだってわかるの。だけどその時に人によってはこう思うかもね。《寂しくなんてない。あいつを私は嫌いだ》って。そうやって自分に暗示を掛け続けて少しずつ嫌いになっていく。

 だからね、お燐は本当の意味で嫌われてなんかないよ」

「ヤマメ……」

「でもね、このままでもダメ。

 今はまだ嫌われてないかもしれない。だけど人は恐怖心を持ってるから、相手が嫌ってるかもしれないともって話しかけることができない。だから自分が動かなくちゃ、例え拒絶されたとしても、本当は大切に思ってるんだってその人に伝えなくちゃ。


 言葉は力だよ。心はエネルギーだよ。


 大切な人がいて、その人に伝えたいのなら真っ直ぐに向き合わなくちゃ何もできないよ?」

「……でも」

「怖い?」

「……うん」


 ヤマメの問いかけにお燐は俯いてしまう。

 ヤマメの言い分はわかる。だけど、そんな理屈で人が仲直りできるのならばこの世に戦争などありはしない。

 だからお燐は怖いのだ。

 さとりと会うのが、会って拒絶されるのが怖い。全身が震えあがり、強者の前に晒されたかのように恐ろしい。だからヤマメに諭されたとしても行動に移すことなんてできるはずがなかった。

 だが、ヤマメはそんなお燐の手を優しく両手で握り、さらに語りかける。


「ならね。私がお燐の手を握ってあげる。一緒にさとりの所に行こう?」

「え?」

「一人で行くのが怖いのなら私も一緒に行ってあげる。二人だったら怖くないでしょ?」

「え、いや……でもそれは」

「あはは、さとりの事は勇儀から聞いただけだからあまりよくは知らないけどね。でも、私と勇儀はさとりの事を嫌ってるわけじゃないよ? たぶん、さとりも不器用なだけだと思う。いろんな妖怪を見てきたからね、私は誰であろうと嫌おうとは思わないかなぁ」

「なんで?」

「だって、私たちは妖怪だから。妖怪は楽しく生きていく者だから。誰かを嫌いになってしまったら、きっとその人とは仲良くできなくなる。誰かと楽しく過ごせないのは、私は楽しくないと思うから人は嫌いにはなれないよ」


 そういうと、ヤマメはお燐の目の前で満面の笑顔になる。

 お燐はその時気がついたのだ。ヤマメが優しい理由。暖かい理由が。だからお燐は立ち上がって出口に向かって歩き出す。そして笑顔で振りむいた。


「……ヤマメは強いね」

「強くないよ。ただ、嫌われ者だから人が好きなだけ」

「あはは、ありがとう。じゃあ、あたいは行くね」


 そういうと、お燐は旧都に向かって歩き出す。

 その足取りは軽やかで、もう何も悩んでいないとヤマメは確信することができた。

 だからその後を追おうとはしなかった。

 これは地霊殿の問題。未だに勇儀とさとりが交友関係を結んでいない状況ではこれ以上関わるのは危険であろうと言うのがヤマメの解釈だった。

 だからヤマメはその背中を見送り、地底の闇に消えたのを確認してから再び小屋の縁側に座って星空を見上げる。そして先ほど用意した湯飲みを再び口に着け傾ける。

 すると水面が揺らぎ、一陣の風がヤマメを包む。


 ――それは北風だ。


 秋の終わりを示し、冬を舞い込む冷たい北風が今年も旧都にやってくる。

 だが、この小屋にやってきたのは北風だけではなかったようだ。


「終わったのか?」


 ヤマメの背後の部屋から聞きなれた言葉が聞こえてきた。

 その声に首を縦に振ると、その声の主は腰までかかる黄金色の髪を揺らしながら小屋の縁側まで歩き、ヤマメの隣に腰を下ろしてあと一つ余っていた湯飲みを手に取る。

 そしてその中のお茶をごくりと音を立ててから口を開く。


「いいのか?」

「なにが?」

「一緒に行かなくて」

「いいよ。お燐が決めたことだからね」

「そうか……」

「それで、勇儀もさ。お疲れ様」

「なんだ、気づいてたのか」

「わかっていたよ。だって勇儀は私よりもずっとお人好しだからね。怒っているとか言いながら本当はただのお節介でしょ?」

「いやぁ~わからないぞ。私は鬼だからな。もし言う事を聞かない奴だったら本当に追放していたかもしれない」

「あはは、うん。でもこれで私たちの役目は終わりだね」

「……気にはならないのか?」

「何が?」

「あいつらの行く末」

「うん、だって絶対にうまく行くはずだもん」

「なんで?」

「だって、お燐はすごく純粋で真面目な子だし、さとりはさとりで勇儀が何かをして心を開かせることに成功したんでしょ? じゃなきゃここに来るはずないもんね」

「なんだ、お見通しか」

「勇儀と私は旧都ができる頃からの付き合いだもんね。友達の事はわかるよ」

「……照れるな」

「あはは、だからね。二人はきっと仲直りする。だって二人は家族なんだから」

「まぁ、そうかもしれないな……。でもこうなったらまたお燐とは敵同士になるかもしれないぞ?」

「それも愚問だよ。だって、私たちは敵同士でも、その前に友達だから。たとえ戦わなくちゃいけなくなっても、私はお燐が好きであることには変わりがないんだよ」

「はっはっは、ヤマメらしいな」


 ヤマメの返答を聞いて勇儀は大声で笑い、その後湯飲みの中にあったお茶を一気に飲み干す。それを見たヤマメも同じように飲み干し、その中身を勇儀は酒を注ぐ。そして自分の湯飲みにも酒を注ぐとお互いに目の前にかざす。


「ま、何はともあれ、これでこの騒動は決着を見せるわけだな」

「そうだね。さとりとお燐がうまく行かなかったら、その時はまた大変だけどね」

「ま、その時はその時さ。とりあえずはお互いお疲れさまってことで」


 ――乾杯。


 地底湖の小屋に甲高い音が鳴る。

 ここは幻想郷地底――旧都。

 人々に忌み嫌われた者たちが住まう荒くれ者たちの都。

 だが、そこに住まう者すべてが悪い妖怪ではない。


 人に嫌われたが故に、人を好きになり、誰よりも他人を思う者たちが住まう。

 

 ――もう一つの夢の楽園がそこには広がっていたのだった。




最後まで読んでいただきありがとうございました。

今作はちょうど一年前に作ったお話で、東方projectのお話としては小説第二回目のお話でした。

元々地霊殿のキャラクターたちは僕の中ではすごく好きなキャラクターなので、みんなを登場させれるような話を書きたいなぁ……思っていました。


はい、知っている人は何人かつっこみを入れられそうな文章ですね。

わかっています。突っ込まなくてもわかっています。


ちなみに作者はヘボシューターでも、一応EXはクリアできています。

そのため、【あのキャラ】が出てないことは百も承知です。


そう、何を隠そう。

古明地こいしちゃんが出ていないんです! この話。

ここで一つ言い訳をさせてください。

だって、あの古明地こいしちゃん。こういう心に残る話を書こうとしたらどうしても一人でお話を無意識のうちに攫ってかれて、シリアスというよりもギャグに持って行かれかねないんです。それくらいにあのキャラはキャラが濃いんです。

地霊殿メンバーの中でこいしちゃんが一番大好きという方。本当にごめんなさい。


いつかこいしちゃんも出れる物語を書きたいと思います。


次回作については、キスメちゃんの恋心を書いてみたいですねぇ~と思っています。


興味がある方。また、今回の話を読んで面白いと思ってくださる方がいらっしゃったら、また次回……といっても数日だと思いますが。後日また読んでいただけることを望んでおります。


では、長々となりましたが、筆を置かさせていただきます。



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