9.ラエルロットの思い
この物語はフィクションです。
登場する人物、団体、名称は架空のものであり、実在のものとは関係ありません。
9.ラエルロットの想い
時刻は八時三十分。
怒りに任せて朝早くに、自宅があるヒノの村から勢いよく飛び出して来たラエルロットは当然朝ご飯を食べてはいない。激しい憤りを抱えながらがむしゃらに町のある方に走って来た為か急激に腹が減り、体が激しくカロリー摂取を求め出す。
あまりのカロリーの消費に腹の虫が頻りに鳴ってはいたが流石に直ぐに帰る訳にはいかないのでラエルロットは仕方なく、落ち込んだ時に時々登っている、あるお気に入りの場所へと向かう。
散々走り回った為か徐々に冷静さを取り戻したラエルロットは、村の鍛冶屋にまんまと夜逃げをされた事で鋼の剣のみならずその代金すらも失ってしまった不運に最初は落ち込んでいたが、その事でせっかく気を遣って一振りの木刀をこしらえて来てくれたハル婆さんに八つ当たりをしてしまった事に後悔しながら激しい自己嫌悪に陥る。
(ハル婆ちゃんには悪いことをしたな。ハル婆ちゃんは俺に言われるがままに、注文をしていた鋼の剣を取りに行ってもらっていただけなのに、つい八つ当たりをしてしまった。俺って奴はなんて事をしてしまったんだ。これじゃバツが悪くてしばらく家には帰れないよ!)
ラエルロットが暮らす寂れた田舎の村でもあるヒノの村の直ぐ近くに、この周辺ではフタッツイの町と呼ばれている割と大きな農業と商業で活気だっている町がある。そう昨日ラエルロットが八級冒険者の試験の結果を聞きに行っていた町だ。
そのフタッツイの町の全体が眺められる緑の木々が覆う小山の天辺までのぼったラエルロットは、朝早くからいろんな人達が出入りし活気で動き出している町の人々の動きを山の天辺から眺めながら自分がしでかしてしまった事を頻りに考える。
結局鋼の剣は手に入らず、その事で祖母に八つ当たりをしてしまった事にはもうひたすら反省しか無い。そう全ては疑いもせずに、事前に鍛冶屋の経営状況を調べもしなかった自分が悪いのだ。
自分がしでかしてしまった事を反省できるくらいに頭が冷えたラエルロットは、疲れを癒やすには丁度いい木の切り株に腰を降ろす。
(恐らくハルばあちゃんは朝早くに、鍛冶屋の家族が一家共々昨夜の内に夜逃げをしてしまっていた事を誰かから聞かされて知ったんだろう。多分鍛冶屋に到着する前に野良仕事に行く村人から直接話を聞いたのだ。そしてその真実を聞いて俺が少しでも落ち込まない様にとあの木刀を急遽こしらえて、それを俺に渡したんだ。そんな気遣い、少し考えれば分かるはずなのに……それなのに俺はあんな酷いことを言ってハルばあちゃんに八つ当たりをしてしまった。情けない、本当に情けない。俺のために気を遣っていろいろと真心を尽くしてくれている人にあんな酷い事を言って仕舞うだなんて、我ながら最低な行為だ!)
激しく卑下しながらラエルロットは自分の心の小ささに思わず溜息をつく。
(はあ~、我ながら情けない。もう少しここにいて、帰ったらハルばあちゃんに素直に謝ろう……)
ラエルロットがそう思っていると黒いローブを着た可愛らしい黒髪の少女が現れる。そうラエルロットを探しに来たレスフィナである。
レスフィナはやっと追いついたと言わんばかりに安堵の溜息をつくと、切り株に腰を下ろすラエルロットに優しく話しかける。
「ラエルロットさん、こんな所にいたんですね。こんな山の頂上まで来て一体何をしているんですか。そろそろ帰らないとせっかくの朝ご飯が冷めてしまいますよ。いろいろと憤る気持ちも分かりますがハルおばあさんもとっても心配していますからそろそろ帰りましょう」
笑顔を向けながら手を伸ばすレスフィナにラエルロットは何だかバツが悪そうに言う。
「君には情けない所を見せてしまったようだな。見てて分かったとは思うが、俺って駄目な人間だろ……なんの才能も能力もないただの凡人だ。そうさ、俺はいつもこうなんだ。いつもこんな感じでハルおばあさんには迷惑を掛けてしまう。俺には特にこれと言った特技も力も能力も無いからな。それにもう俺は二十歳だ。こんな歳になってもまだ冒険者八級試験すらも四度も落ちるんだから……昨日俺に喧嘩を売ってきたあの年下の三人に馬鹿にされても本当は文句は言えないんだ。あいつらは十六歳か十七歳くらいで冒険者八級試験を受かったと言うのにな。本当に俺って……情けないよ」
そう自分を悲観するラエルロットの目からはうっすらと涙が溢れる。今まで我慢していた思いが言葉となって出た事によって感情が高ぶり、涙として出たのだ。そんな自分の心の弱さを……負の感情を何故か赤の他人でもあるレスフィナにカミングアウトする。
切実に自分の情けなさを語るラエルロットだったが、話を聞いていたレスフィナはその可愛らしい顔を近づけると何がいけなかったのかを調べる為に色々と質問をし予測をする。
「なら何故試験に落ちたのか、もう一度一から調べ直してまた来年受け直すしか無いですよね。何故自分は落ちたのか、受かった人達から話を聞いて全てを取り入れるのです。ですがおかしいですね。私が昨日見た限りでは、少なくとも実地は七級冒険者になるくらいの資格は十分にあると思うのですが、もしかして筆記試験が悪かったのでしょうか?」
「いや、筆記は毎年充分にその平均点を満たしていたから恐らくは実地試験だろ。そうとしか考えられないんだが」
「そうですか……ですが先ほどラエルロットさんは自分の事を、何の能力も無いただの凡人と言っていましたが……ラエルロットさんには人には無い能力がありますよ。それは諦めない心……何事にも前向きに何かに挑み続けるその強い思いです」
「は、はあ……」
いきなり出た歯の浮く精神論に何とも言えない表情を向けるラエルロットだったが、レスフィナは構わず話を続ける。
「いいですか、ラエルロットさん。力が劣る女性や子供が一回で受かるとされる第八級冒険者試験を毎年諦めずに四度も受け続けるだなんてそう出来る事ではありません。何故なら普通の人は二回も試験に落ちたら恥ずかしくて次回からは冒険者になろうとは誰も思わないからです。まあ、普通の人は色々と屁理屈や理由をつけて簡単に諦めるでしょうね」
そのレスフィナの言葉にラエルロットの心臓がグキっと痛む。レスフィナの奴、俺が気にしている事をハッキリと言いやがって。
「でもあなたは違う。例え心無い人達に陰口を叩かれても……年下から馬鹿にされても……冒険者になる夢を諦めたくはなかったのではありませんか。それは何故か、そんなのは当然ですよね。それはあなたの夢が……思いが……自分の見栄や自尊心よりも勝っていたからです。決して諦めずに何かの夢に向かって挑み挑戦し続ける……その行為が、その思いが素晴らしいのです。それはとても凄い事だとは思いませんか!」
「そう言われてもなあ……俺はただ毎年気を取り直して挑戦しているだけに過ぎないんだが。それに受からなければ頑張っても意味は無いし」
「そんな事は無いですよ……その思いは……知識は……努力は……そしてその様々な経験はあなたの力となって必ず明日に生かされていくはずです、だから大丈夫です」
「そんな物かな。そんな精神論よりもレスフィナはこの世界を作り出すくらいの古えの神様に選ばれた黒神子なんだから俺に事前に訪れる不幸を全て吸い取る事は出来ないのか? その方が絶対に楽なのに」
そのラエルロットの考えにレスフィナは少し困った顔をする。
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