8.古びたご神木とハル婆ちゃんの願い
この物語はフィクションです。
登場する人物、団体、名称は架空のものであり、実在のものとは関係ありません。
8.古びたご神木とハル婆ちゃんの願い
『ハル婆ちゃん、何だよこれは、これはただの木刀じゃないか。こんな棒っ切れじゃ剣術の練習なんか出来ないよ! 剣は……俺が注文していた鋼の剣はどうしたんだよ?』
ラエルロットは、鋼の剣の代わりに木刀の剣を用意したハル婆ちゃんに酷い憤りと怒りをぶつける。注文していたはずの鋼の剣が届くと期待していたからだ。
どうやらハルばあちゃんの話では鋼の剣を注文していた鍛冶屋の亭主が行き成り店を畳んで一家共々何処かに夜逃げをしてしまったとの事だ。
多額の借金と経営難でその夜の内に行き先も告げずに逃げ出したとの事だが、そんな向こうの都合などは今はどうでもいいとばかりにラエルロットはそのやり場のない怒りを、鋼の剣を鍛冶屋から受け取るはずだったハル婆さんにぶつける。
そんな訳で当然注文していたはずの鋼の剣もラエルロットの元には当然届いてはいない。そうラエルロットは鍛冶屋の亭主に騙され、まんまと逃げられたのだ。
この日の為に様々なバイトをし、苦渋を舐め、貯めに貯めた小遣いからようやく一番安い鋼で出来た剣を購入したラエルロットだったが、後は購入した剣をただ家で待つだけと言う段階で鍛冶屋の亭主が逃げた事に気付いたのだから期待していた分だけそのショックは大きいだろう。
その思いが強かっただけにその失望とやり場のない怒りは理不尽にもその場にいたハルばあちゃんに向けられる。
だがハル婆ちゃんはそんなラエルロットの無念と悲しみを少しでも和らげる為に朝早くに村外れにある小さな聖堂が建つ御神木の所に行き、その御神木の太い枝から適当な長さの枝を頂戴し・その太い幹の枝を綺麗に削り上げ・磨き上げるかのように研磨し・不格好ではあるが剣にしては長い、まるでどこぞの日の国の太刀のような一振りの木刀を作り上げる。
そしてその作り上げた即席の木刀を鋼の剣の代わりに、不満を漏らすラエルロットに渡すのだが、そんなハル婆ちゃんの苦労と想いも空しくラエルロットの自尊心は深く傷つき、その怒りは爆発寸前になってしまう。
自分には鋼の剣では無く木製の剣がお似合いだと、まるで馬鹿にされているように感じたからだ。
だからこそラエルロットは珍しく癇癪を起こし。日頃我慢していた外での不満や鬱憤を祖母のハル婆さんにぶつけているのだ。
ラエルロットは涙声になりながら荒々しく言う。
「俺を……俺を馬鹿にしているのか。こんな不格好な木刀なんかをこしらえて、一体なんのつもりだ。どうせ俺が今回で四回も冒険者八級試験を落ちた事を心の底では呆れて笑っているんだろ。どうせ俺にはなんの才能もないよ。だけどだからってこれは余りに当てつけが過ぎるだろう。俺にはもう木刀だけで十分だとでも言いたいのか。俺がどれだけ回りの人達に馬鹿にされ、からかわれて来たか知っている癖に。一般の冒険者は皆普通に持っている鋼の剣を……俺の家では貧乏で買えないからお金を貯めてここまで頑張って来たのに……それなのに……それなのに……これはあんまりだよ。何だよこんな木刀!」
そう叫びながらラエルロットはその木刀を家の床へと投げ捨てる。
カラン、コロン!
だがその投げ捨てられた木刀をハルばあちゃんは大事そうに拾い上げると手に持つ布で拭きながらラエルロットに言って聞かせる。
「ラエルロットや、この木刀はただの木刀では無いんだぞい。この木刀はこの村の外れにある聖堂の前に立っている大きな御神木の枝を少しばかり分けて貰ってこしらえた木刀だから有難い御利益と霊力を宿した木刀なんじゃよ。この木刀を持っていれば例えお前が何処に行ったとしても怪我も無く無事に家に戻って来られると思ったから急遽こしらえたんじゃが……やはり駄目だったかのう。お前のために良かれと思ってこしらえたんじゃが」
「余計な事はするなよ。そんなのはなんの根拠も無いただの迷信じゃないか。こんな不格好な木刀なんかを下げて町を歩いていたら回りの人達に笑われてしまうわ。全く……いらないよ、こんな不格好な木刀は!」
「やはり駄目だったかのう、こんな木で出来た不格好な木刀では……」
「当たり前だ。ちくしょう、どいつもこいつも俺を馬鹿にしやがって、もうこんな家出て行ってやるよ!」
怒りの表情を見せるラエルロットは木で出来た古びたドアを勢いよく開けると荒々しく外へと出て行く。その様子を悲しげに見ていたハルばあちゃんの後ろにいつの間にか傍まで来ていたレスフィナが、ハル婆さんが持つまるで太刀のような不格好な木刀を見ながら優しげに話しかける。
「ハルおばあさん、その木刀……手に取って見てもいいですか」
「ああ、いいぞえ、確かに御神木の木の枝をもらい受けて朝早くに手彫りで削って作った、かなり不格好な木刀だからな……ラエルロットが怒るのも無理はないかのう。だがワシはラエルロットに少しでも元気になってもらいたかったんだよ。この木刀は有難い御神木の木の枝から削って作った木刀だからのう、持っているだけでラエルロットの身を守ってくれると思ったんじゃよ。あの子は苦労人の頑張り屋だからのう……いつまた無茶な事をして大怪我をするか分からない。そんなラエルロットの為にと思い、願いと心を込めて作ったんじゃが……やはりこんな手掘りの木刀じゃ怒って当然じゃな。しかし、本物の剣を買うお金は家には無いしのう……一体どうしたらいいのやら」
そういいながら激しく落ち込むハルばあちゃんにレスフィナは優しく言葉をかける。
「なるほど……確かにこの木刀は位の高い御神木の木の枝から作った木刀のようですね。この木刀からはその霊力と人の強い温かな思いがヒシヒシと伝わってきます。この御神木の木刀に願掛けをしながら心を込めて作りましたね。その思いがこの木刀からは願いとなって伝わって来ます」
「ああ、ラエルロットの無事とこの子が幸せになる様に願いながら作ったからのう。でもそんな思いも、この木刀も余計なお世話だったのかのう……」
「大丈夫ですよ、ハルおばあさん。その思いは十分にラエルロットさんにも伝わっています。今はただ鋼の剣が手に入らず、貯めていたお金を全て騙し取られたショックからハルおばあさんに八つ当たりをしているだけです。その内、頭が冷めたら自分の非に気付いて自ら謝りに来ますから安心して下さい。ラエルロットさんもハルおばあさんの本意は知っていますからね」
「そうかのう……もしかしたら私はラエルロットの心を傷つけてしまったのではないかのう。私が満足にラエルロットに欲しい物を買ってあげられないから、いつもラエルロットが苦労をしているというのに、こんな惨めな思いをさせて私は一体どうしたらいいのかねえ……いつも文句一つ言わずに頑張っているあの子が不憫でならないよ」
両手で顔を覆いながら嘆くハルばあちゃんを見ていたレスフィナは優しく言葉を返す。
「いいえ、ラエルロットさんは幸せ者です。こんなにも自分の事を思ってくれているご家族がいるんですから。自分自身が愛されている事に気付くのはよくその人がいなくなってからだと聞きますが、ラエルロットさんは人の思いや優しさを軽んじる様な、そんな人ではないと思いますよ。だって彼は私に差別なく優しく話し掛けて来てくれるくらいに、誠実で優しい人ですから」
「そうじゃ……そうじゃな、ラエルロットは優しい……私のただ一人の自慢の孫じゃよ」
そう言うとハルばあちゃんは何処か悲しげな目をしながら棚の上に置いてある一つの写真の入った写真立てに目を向ける。そこには和やかに笑っているハルばあちゃんと仲が良さそうな二人の男女の夫婦に、その娘らしき十代くらいの少女に抱き抱えられているまだ幼い赤ん坊のラエルロットの姿があった。
「あの三人が今も生きていたら、ラエルロットに惨めな思いはさせなかったのに、本当に私は不甲斐ない祖母じゃのう」
レスフィナはハルおばあさんの視線の先にある写真縦の方を見て確認する。
(なるほど……ラエルロットさんにはご両親とお姉さんがいたのですか。でも亡くなった理由を聞くのはあまりに不謹慎ですからその理由を聞く訳にはいきませんね。これはかなりデリケートな問題のようですからね。でもこの写真に写っている……まだ赤ん坊のラエルロットさんを抱きかかえている若い少女は……ラエルロットさんのお姉さんか何かでしょうか。う……ん、どこかで見たような気がするのですが……他人の空似でしょうか。それにこの少女はなんだか私に似ていますね。まるで鏡でも見ているかもようにそっくりなのですが、他人の空似でしょうか。不思議な事もある物ですね?)
何気に家族が写る写真を見つめていたレスフィナだったが、意を決したかのように優しい声で励ます。
「大丈夫ですよ、ハルおばあさん。ここは私に任せて下さい」
酷く落ち込むハルおばあさんを気遣いながらレスフィナは肩に掛かっている黒いフードを深々と被ると、直ぐに古びたドアのある入り口の方へと足を向ける。
「ラエルロットさんは怒り任せに勢いよく外に飛び出して行ってしまいましたが、私がちょっと行ってラエルロットさんの気持ちを落ち着かせて来ます」
「大丈夫かのう……ラエルロットは私を許してくれるだろうか?」
「許すもなにも、ハルおばあさんは何も悪いことはしてはいないのですから、何も気に病む事などないのですよ。もしそれでもラエルロットさんが機嫌を損ねている様なら、逆に私が彼を怒って差し上げますわ。『あなたは子供ですか……余りハルばあちゃんに心配を掛けさせる物ではない』と言ってね」
そう言うと黒神子・レスフィナは、何処かで泣きべそを掻きながらふてくされていると思われるラエルロットの後を追うのだった。
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ラエルロットの為にヒノの御神木から手頃な枝を分けて貰い、その枝から一振りの木刀を拵えるハルおばあさんの図です。
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