第5話 荒波(あらなみ)を掻(か)き分(わ)け、切り開いて出航(しゅっこう)せよ
バンドのメンバーは、お母さん以外は皆、パンク・ロックというのか派手な服装で。ちょっと十代には見えないような、毛羽毛羽しいメイクで超絶ギターソロをプレイしている。黒髪のお母さんが作った曲は、かなり激しくアレンジされていて、プロ仕様としか言いようがないレベルになっていた。
他校からのバンドメンバー(高校生なのだろうか?)は、演奏能力が高すぎて、高校の文化祭レベルを遥かに超えている。生徒の出し物として、これはどうなのかと私は思うけれど、きっと学園長の娘さんが手を回して出演許可が下りたのだろう。
しかし最も優れていたのは、バンドの中で一人だけ学校の制服姿である、髪を染めたお母さんの歌唱であった。卓越、という表現が浮かぶ。バンドの演奏が、彼女の声の前では霞んでしまうのだ。並び立つ者のない、女王の威厳がステージ上にはあった。一曲目が終わって、会場は大喝采だ。
「素敵ですわ、お姉さま」
校庭に設営されたステージを見上げながら、学園長の娘さんが言った。椅子は用意されてなくて、観客は皆が立ち見である。学園長の娘さんと黒髪のお母さん、そしてクラスメートは一箇所に集まって、中央でステージを観ている。
「彼女……こんなに歌が凄かったの?」
「いや、カラオケで聴いたことはあったけど、ここまでじゃなかったよ。才能が開花してるわ……」
黒髪のお母さんとクラスメートは呆然としていた。誰もが分かる。これほどの才能は周囲が放っておかない。髪を染めたお母さんは歌手としてメジャーデビューを果たすだろう。髪を染めたお母さんは、あっという間に大人の世界へプロとして羽ばたいて、私たちを置き去りにするのだ……黒髪のお母さんたちの心には、そんな考えが浮かんだようだった。
二曲目が始まった。バラードの要素もあって、それでいて今風のテンポが速い曲調だ。そして曲は中盤の間奏部分に差し掛かる。髪を染めたお母さんは一息ついて──客席にいる、黒髪のお母さんへと手を振ってマイクで呼びかけた。
「おーい、最愛の人ぉ! 素敵な曲を作ってくれてありがとう! そんな貴女に言いたいことがあるから聞いて!」
髪を染めたお母さんは、学校の勉強をしていないから視力が良い。中央にいた黒髪のお母さんを見つけて、良く通る声をかけている。『何だ何だ?』と観客の視線が向いてきて、目立ちたくない黒髪のお母さんはビックリしていた。
「ネットで発表されてる、貴女の曲を聴いてさ。すぐに分かったよ、貴女が私を愛してるって。嬉しかった。だから私も、貴女を好きになってさ。そして貴女の曲に歌詞を付けて、歌ってみたくなった! 作詞はスムーズにできたよ。だって曲が、私への愛から生まれたって分かってたし。それで、『私も貴女を愛してる』って気持ちを込めて歌詞にしただけ!」
「ちょっと……止めてよ……」
黒髪のお母さんが、ひたすらアタフタしている。一向に構わず髪を染めたお母さんは続けた。
「そしたらさ! 自分で言うのも何だけど、曲も私の歌も凄いことになって! バンドのメンバーからは『天才だ!』って褒められちゃった。でも私だけの力じゃないよ。貴女の曲が、そして貴女の愛があったから、私の才能は花開いたの。貴女が居なかったら、私は複数の彼女ちゃんたちの間をフラフラしてるだけのバカで終わってたわ! 貴女が私を変えてくれたの。だから今度は、私に貴女を変えさせて!」
ギャーン、とタイミング良く、ギタリストが楽器を掻き鳴らす。間奏部分は続いていて、つまり髪を染めたお母さんによる、黒髪のお母さんへの告白はまだまだ続くようだ。
「バンドのメンバーから言われたわ! 『貴女は自分の才能から逃げられない。どこまでも世間が、貴女を追ってくる』って! それは貴女も同じよ。たぶん私たちは一生、世間から、好奇の目から逃れられない。だったらさ、一緒に打って出ようよ! 『好きな人を好きだと宣言して、何が悪い!』って言ってやるの。二人で世界を変えましょう!」
髪を染めたお母さんと、黒髪のお母さんの視線が合う。目から目へ、情熱のエネルギーが伝わっていくのが私には分かる。常に俯きがちだった、黒髪のお母さんの目には、今や炎が灯っていた。
「そういう訳だから、私を好きでいてくれてる子猫ちゃんたち、ゴメンね! 私には最愛の人がいるの! お詫びと言っては何だけど、これからも私を応援してくれれば、新しい世界を見せてあげる。私は世界を切り開いてみせるわ! だから、どうか私たちを祝福して!」
あちこちから『キャー! お姉さま、素敵ぃ!』と歓声が上がる。そんな中、学園長の娘さんとクラスメートが、黒髪のお母さんへ話しかけた。
「告白に応えてあげては、どうですか。返事は早い方がいいですよ」
「そうそう、あのバカに言われっ放しってのも腹が立つでしょ。私たちが道を切り開くから、前に行きな!」
クラスメートたちが集団で、『はいはい、道を開けてー』と強引に割って入っていく。頷いて、黒髪のお母さんは前へ進んでいった。気を利かせたバンドのメンバーは、まだ間奏を続けている。そしてステージの前へと辿り着いた黒髪のお母さんは、全力で叫んだ。
「まったく、もう! 目立たず生きていきたかったのに何もかも滅茶苦茶! ええ、いいわよ! 私の人生を全部、貴女にあげる! 私が貴女を支えていくから、責任を取って、ちゃんと世界を変えなさいよね!」
良く通る声が響く。そして、その日一番の、祝福の歓声が二人のお母さんを包み込んでいったのであった。