人狼変化と獣の丘
とある6月の夜の事。
「最近、ベルがますます大きくなっているわ。狼の成長は早いのね。」と、自室で獣人族に関する本を読みながらアルテミスが唸った。
「ベルにあげるご飯は、足りているかしら。」
「ねえ、ベル。」
「何でしょう、長様。」
「ベルはすっかり大人の狼になってしまったわね。」
事実、ベルは大きくなっていた。当時8歳である身長130㎝のアルテミスを軽く超えてしまったのである。最近では、二足歩行もし始め、人の言葉も覚えて、会話もできるようになっていた。
「そうですね。長様のおかげで、成長できているようです。感謝します。」
「ベル、お腹は空いていない?毛づくろいできるブラシは足りている?」
「はい、いつも居心地よく過ごさせてもらっています。」
ベルの住む場所は、アルテミスの自室であった。当初は客間の一つをベル用に使うことも考えたが、ベルが長様の匂いのする場所が良いとの希望により、アルテの自室がベルの部屋を兼用することになったのだ。影に潜り込むこともできるが、一応部屋としての居場所を与えたのである。
「今日は、ベルを拾ってから大体8カ月がたったわね。狼は、8カ月で大人になるのかしら?」
その問いに、ベルは狼の口をぐにゃりとまげて微笑んだ。
「獣人族は、食べれば食べる程、大きく強くなるものなのですよ。食べるものにより知能も増しますし。期間なんて、余り関係がありません。私黒狼族はもともと長命の種族です。」
ベルはアルテミスに拾われてから、夜な夜な獣の丘へ行き、他の獣人を喰らうようになっていた。様々な種族の獣人を喰らったおかげか、ベルの知能は大変増していた。獣人族は、喰らった相手の知識を所有することができる。多様な獣人を喰らうほどにより賢く、より強くなれるのである。そのことを、ベルはアルテミスに言っていなかった。
(もう少しすれば、僕は長様と同じ姿になることができる。そうすれば、もっと長様に近づくことができる。)
ベルは、アルテミスを長として慕うと共に、一人の人間として尊重していた。アルテと同じ、人の姿になることがベルの目標だった。
ベルがアルテの部屋を使うようになってから、アルテミスはだんだんと兄の部屋ではなく自室できちんと眠るようになっていた。とは言っても、三日に一度ほどの間隔で兄の部屋にお邪魔しているのだが。
布団の中、アルテはベルのふわふわの毛並みに顔を埋めながら尋ねてみた。
「ベル、私ベルの昔住んでいた場所がすごく気になるわ。獣の丘と呼ばれている所に、ベルは住んでいたのよね?」
「そうです長様。」
「ねえベル、その、長様という言い方、そろそろ止めにしない?私、ベルには私のこと名前で呼んで欲しいのよ。だって家族なんですから。」
「分かりました。アルテミス様。」
「様付けも必要無いわ。私のことはアルテミスかアルテと呼んでね?私だってベルの事、ずっと名前で呼んでいるじゃない。あと、もう敬語も必要無いわよ。」
「分かった、アルテ。僕は、アルテに救われた。居場所を与えてくれた。僕は狼の性だから、どうしても上下関係を付けたくなってしまう。でも、アルテが嫌なら僕はアルテと同じになるよ。」
そう言うと、窓から外を眺めた。その日は満月であった。黒狼族にとって、満月は重要な意味を持つ。蓄積した闇の元素を昇華させ、獣の姿から人になるために元素を操ることを助けてくれるからだ。
「アルテ、見てて。」
そういうとベルは、満月の光の中、大きく伸びをした。毛が黒い衣に変わり、身長がぐんと伸び、手足がすらりと伸びた。一瞬の内に、ベルは大人の男性に変わっていた。すっきりと引き締まった精悍な顔立ちをしている。身長は180㎝ほどである。
「ベル!ベルなの?」
「アルテ!やっと君と同じ姿になれた!やったあ!」
そういうとベルはアルテミスをぐいと抱き上げそのまま頬ずりをした。
「ベル!あなた!人の姿になれるのね!でも私、ベルのふわふわの毛並みがすごく好きだったのに。」
「大丈夫です。僕は好きに自在に姿を変えることができるようになりましたから。お好みの狼の姿にも戻ることができますよ。」とベルは、元の狼の姿に変えてみせた。
「ねえ、アルテミス。僕と一緒に今から獣の丘へ行きませんか?今の僕なら、アルテと一緒に草葉の陰に潜り込み、一緒に獣の丘まで行くことができるから。今日のような満月の夜は、獣人族にとってはお祭りみたいなもの。僕と一緒に夜の散歩をしよう。」
再び人の姿になったベルに抱きかかえられ、窓の外へと飛び出した。暗い影は、繋がっている限りどこまでも進むことができる。そうしてアルテはベルと共に獣の丘へとやってきた。もちろん、ルビーも一緒である。そうして、獣の丘で一人と一匹は散策をするのであった。