第43回 “弘が遺したもの”
お面ライダーが小学生とその父兄の命を救ったことは、全国版のニュースでは「また怪人が出現した」という簡単な報道しかされなかったが、地元では大きな話題となった。
それまでも、後頭部に44と書かれたお面ライダーに助けられた人が多数いて、その人たちとクミの小学校の父兄、および、校長の具申が市に取り上げられて、お面ライダー44号の銅像が、図らずも弘が最初にお面ライダーと改人を目撃した公園に建てられることになった。
今日は、その除幕式で、治郎と、治郎から事情を聞いた父親が一緒に来ていた。
まだ覆いのかかった銅像のそばは、助けられた人たちでぎっしり埋まっていたので、治郎は少し後方に父親と並んで立っていた。
しばらくすると、50代半ばの市長とその関係者と思われる中年の男性二人が、大きなキャンバスで覆われた銅像の前に現れた。
市長は、銅像の前にセッティングされていたマイクスタンドに近づくとスピーチを始めたが、治郎はそのスピーチは聞き流して銅像のそばに詰め掛けている人たちを順に見ていた。
その中には、自分をインターポールの捜査官と勘違いしたトラックの運転手や、スポーツジムのそばで拉致られそうになっていた男たちなど、治郎が顔を覚えている人間もいた。
クミとナオミの姿もあった。
しばらくすると、市長の「それでは、ご覧ください!」という掛け声とともに、一緒にいた中年の二人が銅像にかけられていた覆いを引っ張ってはがした。
現れた銅像は、つま先が立ち、膝が曲がり、上半身の起きたカッコ悪いフライング・キックのポーズのお面ライダー44号だった。
「あちゃあー、こう来たかよ」
さすがにこれには治郎も苦笑した。
でも、その銅像は良くできており、制作に際して動画や写真を集めたらしく、全身のディテールはお面ライダー44号の特徴をよくとらえていた。
治郎は感心してしばらく銅像を眺めていたが、すすり泣く声が聞こえて来たので銅像の下に視線を落とすとほとんどの人が涙を流していた。
「え?なんでこんなカッコ悪い銅像見て泣いてんの?」
治郎は驚いた。
そこで、一人の30代半ばと思われる男が治郎に話しかけて来た。その男も、目を潤ませていた。
「あなたは、採石場で私たち小学校の遠足一行をお面ライダー44号と一緒に助けてくれた人ですよね?クミちゃんのお母さんから聞きました」
「ええ、まあ」
治郎は少し驚きながら答えた。
「あの時は本当にありがとうございました!あなたたちが現れなかったら、私たちはどうなっていたか。特に、うちのミユキの親友のクミちゃんを助けてくれてありがとう!」
そう言いながら、その男は治郎の右手を両手でとって揺さぶりながら握手してきた。
「あ、いえ。あれは、ほとんど弘・・・お面ライダーがやったことですから」
「とんでもないです。私、戦っているのを少し見てましたが、あなたも怪物にバイクでぶつかったり、黒ずくめの男たちを倒したりしてたじゃないですか」
「ああ、まあそうですが・・・・・ところで、なんでみんなこんなカッコ悪い銅像見て泣いてるんです?」
「この銅像は、彼、お面ライダーの特徴をよく表しているから、みんな、助けられた時のことを思い出してるんだと思いますよ」
その男は答えた。
「そうですか・・・」
治郎は、そう返事すると、もう一度銅像を見た。
「それでは、私はこれで。本当にありがとうございました!」
男は治郎から手を離すと、最敬礼をしてから去って行った。その先には、奥さんと思われる同年輩の女性とミユキちゃんと思われるクミと同じぐらいの年の女の子がいて、二人とも治郎と目が合うと治郎にお辞儀をしてきた。その二人の目も涙で濡れていた。
大きな泣き声が聞こえて来たのでそっちを見ると、それはクミだった。
その後ろに立って、クミの肩に手を載せているナオミも、大粒の涙をハンカチで押さえていた。
「ちょっと弘の家に行ってくる」
治郎が銅像の方を見たままそう言うと、
「そうか」
とだけ、同じく銅像の方を見たまま父親が答えた。
治郎は、H2 SXで弘の家に乗りつけると、合鍵で、今は主のいなくなった弘の家の玄関を開けて中に入った。
そして、ゆっくりと各部屋を見て周った。
「へえー、こんなに部屋がたくさんあったのか。奥には入ったことなかったからな。まあ、確かにとんでもない広さの建物だ」
感慨深げにそんなことをつぶやきながらすべての部屋を周ってから、最後に弘の部屋の前にたどり着いた。
ふうっと一つ鼻から息を吐くと、ドアを開けて中に入った。
部屋の中をゆっくりと見回したが、ふと、本棚の中段に見慣れないフィギュアがあったので目を止めた。
「あれ?あんなのあったっけ?」
そうつぶやいて、本棚のところまで歩き、そのフィギュアを手に取った。
それは、お面ライダー44号のフィギュアだった。
「あいつ、いつの間にこんなものを作ったんだ?」
苦笑しながら治郎は言った。
「ジロウクーン、イマスカー?」
そこで、入り口の引戸が開けられる音がした直後に妙な日本語が玄関から聞こえて来たので、治郎はフィギュアを棚に戻すと玄関に歩いて行った。
すると、開けられた玄関の引戸のところに白人が3人立っていた。
その中央の人物が一歩前に出ていたが、仕立ての良さそうなジャケット姿ではあるものの、頭部は耳から後ろを残してほぼ禿げ上がっており、身長こそ180センチ近い長身だったが、出っ歯で腹も出ていて、まるで、あしたのジョーの丹下団平を長身にしたような見た目だった。
「俺が治郎ですが、どちらさんでしょう?」
そう治郎が答えると、三人は2歩ほど前に出て玄関の中に入ると引戸を閉めた。
それから、ジャケットのボタンを外したが、驚いたことに3人とも弘が持っていたのと同じ変身ベルトをしていた。
それから、バックル右側のスイッチを押して、閃光とともに3人ともお面ライダーに変身した。
「私だ。1号だ。後ろにいるのは、2号と5号だ」
変身したあと、中央の男が、今度は流ちょうな日本語でそう言った。
「ああ、1号さんてそんな感じだったんですか」
と、治郎は無感動な声で言った。
「ん?想像していたのと違ったかね?」
と、少しとぼけた感じで1号は言った。
「いや、別に想像とかはしてなかったですが、もう少し若い人かと」
「気を遣わなくていいよ。今はこんな風体だが、これでも若い頃はマーシャルアーツでトップクラスの選手だったんだよ」
「あー、そうなんでかー。すごいですねー」
と、治郎は全然気持ちの入ってない声で答えた。
「で、何の用でしょう?」
「ほかでもない、弘くんがしていたベルトのことだ。彼のベルトが見つからないんだが、君は知らないか」
「そうなんですか。知らないですね。俺はあのとき、救急車に弘をまかせて帰っちゃいましたから」
「そうか。あの決戦の後、現場を探したんだがどうしてもみつからなくてね」
「ニョッカーに持っていかれたんじゃないですか?それか、誰か残ってた一般の人がいて持って行ったとか。あんなものが落ちてたら興味引かれますよね」
「そうかもしれんな・・・でも、もし君が見つけたら、君にあのベルトを引き継いでほしいと思って、その依頼も兼ねて今日はやって来た。君なら適任だ」
その言葉に、治郎は少しカチンとくるものがあった。
「いや、俺はそんな柄じゃないし、弘ほど正義感も強くないから無理ですよ」
と、治郎は少しイライラした調子で答えた。さらに、
「それに、まだ死にたくないですからね」
と言って、完全に拒否した。
「そうか。まあ、見つからなければしょうがない。彼には悪いことをしたとも感じているし」
その言葉を聞いた途端、治郎の怒りが爆発した。
「悪いこと?悪いことで終わりかよ!あんたらがあんなものを弘に渡すから弘は死んじゃったんだろうが!しかも、弘が極度の運動音痴でこんなことは向いてないのを承知で!」
「治郎くん、それは、ちょっと違うよ」
1号は冷静に答えた。
「違う!?ふざけるな!何が違うんだよ!」
「テッポウウオ男と最初に戦った後、成り行きでお面ライダーにしてしまった弘くんには荷が重いと考え、弘くんのベルトはこちらで預かって廃棄処分にするからもう手を引いて構わないと伝えた」
「なに!?」
「それなのに弘くんは、『人を助けるために戦うことに強い充実感を感じている。今まで自分は何も考えずにただダラダラと一日一日を生きてきたが、今は、生まれて初めて何かを成し遂げていることを実感している。だから、このまま続させてくれ』と、言ってきたのだ」
「まさか!」
「本当だ。私は、『このままいくとキミは死ぬことになるかもしれないが構わないのか』と聞いたが、彼は、『構わない。目的のない人生をダラダラと生きるよりは全然いい』と答えたのだ」
「・・・あいつ」
「そう、だから、我々としてもできる限りのサポートはするつもりだったが、今回は、陽動作戦でこっちのメンバーが引き付けられて助けが間に合わなかった。本当に申し訳ないことをした」
治郎はしばらく下を向いて黙っていたが、
「・・・・もういいよ。帰ってくれ!」
そう、下を向いたまま怒鳴った。
3人は少しの間黙っていたが、
「わかった。私たちは全員、これでこの地区から引き上げる。君には感謝している」
1号がそう言うと、三人とも変身をといてから一礼をして出て行った。
治郎は、弘の部屋に戻ると再びお面ライダー44号のフィギュアを手に取って、ベッドの縁にもたれるように床に腰を下ろした。
そこで、机の上にあった電話が鳴った。
治郎は、少しの間ためらったが、机まで行き電話をとった。
「はい」
と、治郎は短く言った。
「小林治郎さんですか?」
意外なことに、電話口のかなり年配だと思われる声の相手は治郎の名を告げた。
「そうですが、あなたは?」
「私は佐々木家の顧問弁護士で、大下と申します。お宅にお電話したらここにいらっしゃると言うのでお電話を差し上げました」
「そうですか。なんでしょう」
「弘さんの遺産のことです」
「ああ・・・」
治郎は、その話がいつか来ることは分かっていたので、感慨のない声で答えた。
「単刀直入に申します。弘さんの遺言状がありまして、全財産を小林さんに譲るという内容になっています」
遺言状という言葉に治郎は驚いた。
「遺言状!?・・・・あいつ、そんなものを残してたのか」
「はい、内容には問題がないので、弘さんの遺産はすべて小林さんのものになります」
「そう」
治郎は気のない返事をした。
「手続きのために、改めて小林さんのお宅にお伺いしますが、本日は、遺言状の件と簡単な遺産内容の説明のためにお電話を差し上げました」
「そう。わかった。遺産の内訳なんかうちに来た時でいいよ」
「いえ、さわりだけでもご説明させてください」
大下は構わず続けた。
「まず、何か所かの口座に、定期、当座を含めまして預金がございます。その、総額は約14億円です」
「14億!?」
「はい、そうです。それから、今、小林さんがいらっしゃる家屋の資産価値が3億円です。さらに、お父様が役員や顧問をやられておりました数社の・・・」
大下の説明は続いていたが、治郎は受話器を耳から離した。
(なんでだよ。なんでだよ。そんな金があれば一生遊んでくらせるじゃないか。なのに、自分の命が危なくなるのをわかっててあんなことを引き受けた。・・・・・バカだ。アイツはやっぱりバカでドジだ)
そう考えながら、治郎の頬には大粒の涙が伝っていた。
大下の説明はまだ続いていたが、治郎は静かに受話器を置いた。




