第18回 “崖のぼり”
「ここを左でいいんだよな?」
ファミレスを出て7、8分走ったところで、治郎は、オートバイを走らせながら、後ろから走って来る弘の方を振り返って大きな声で聞いた。
弘は、無言で大きく2度頷いた。
治郎は、左に折れて少し細い道に入り、弘もそれに続いた。
先を見ると、徐々に上っているようだった。
走っていく途中に、1台、荷台に大きな石をいくつか積んだトラックとすれ違ったが、それが、この先に採石場があることを告げていた。
それからさらに5分ほど走ったところで治郎はオートバイを止めた。
「おい、見えたぞ」
そう言いながら治郎は、弘の方を振り返ってから顎で右前方を指した。
治郎が指した前方に、明らかに採石場と思われる緑のない土色の山肌と、いくつかの工作機械の一部が見えた。その距離は、1キロメートルちょっとと思われた。
治郎はヘルメットのバイザーを上げると、
「そろそろ、ここから右へ入った方がいいな。あそこに細い道があるから、あっちに行ってみよう」
と、弘に言い、右前方50メートルほどのところを指さした。
「わかった」
弘がそう答えると、治郎はオートバイを発進させ、右の小道に低速で入って行き、弘もそれに続いた。道はだんだんと山の中に入って行く感じで、2分ほど走ったところで前方に民家が1軒ぽつんと立っているのが見えた。
治郎は、一旦オートバイを止めると、右のやぶの方を指さし、そちらにゆっくとりオートバイを進めた。
弘もそれに続き、民家から見えないと思われる位置にオートバイを停めた。
それから弘は、バックパックから変身ベルトを取り出すと腰に装着し、バックパックをバイクの収納場所にしまい、自分がかぶっていたヘルメットを外すとハンドルにかけた。
治郎も、ヘルメットを自分のオートバイのハンドルにかけ、それから二人でその民家の後方を迂回するように林の中を進んで行った。5分ほど進んだところでかなり切り立った崖の下に出た。
「きっと、この上が採石場だな。作業をしている音が聞こえるし」
治郎が言った。
確かに、工作機械が使われているようなエンジン音と何かを削るような音が聞こえていた。
「ここまでこれだけの音が聞こえるってことは、現場じゃ相当大きな音だろうからこっちの会話が聞かれる気遣いはないな。じゃあ、ニョッカーが日本語をしゃべる理由を1号さんに聞いてみるよ」
弘は、そう言ってからバックルの変身ボタンを押してお面ライダーの姿に変身した。
それから、ベルトの腰の左側にあたる位置にある小さな箱のふたを開けてから黄色いボタンを押し、「1号」と、言った。
数秒後、「1号だ。どうした44号」という声がお面スーツのヘルメットの中に響いた。
今まで気づかなかったが、よく見ると、ヘルメット内の右上に「№1」という表示が出ていた。
「あ、すみません。ちょっと質問があって」
「なんだね?」
「今までに遭遇したニョッカーは、改人も雑兵も全員流ちょうな日本語をしゃべっていて、全員日本人としか思えなかったんですが、それがなぜかな、と思って」
「うん?・・・ああ、キミはニョッカーのメンバーはヨーロッパから来ていると思ってたのかな」
「はい、そうです」
「ちゃんと説明してなかったな。すまん。実はニョッカーは、世界征服のために、拠点を築いた国で色々な会社を興していて、雑兵は、普段は普通の格好をしてその会社で働いているんだよ。そのためにはその国の人間でないと怪しまれるため、雑兵そのものは、その国内で拉致して洗脳するんだ」
「え!そうなんですか!じゃあ、日本にいるニョッカーは全員日本人なんですね」
「全員ではない。本部のあるヨーロッパの幹部も送り込む必要があるため、外資系の会社に見せかけている会社には、ヨーロッパ各国の人間もいる」
「そうなんですか。改人も日本語しゃべってましたけど、改人も日本人なんですか?」
「基本的にはそうだ。雑兵たちと会話ができないと困るからな。奴らは生身で、我々のような翻訳機能の付いたスーツを着ているわけでないからな」
「それじゃ、改人に改造する施設が日本にあるってことですね。それは許せないなあ」
「その通りだが、まだ、その場所が特定できていない。ニョッカーが一番慎重に秘匿している施設なので、ヨーロッパでも中々見つけられず、ヨーロッパのほぼすべての国にニョッカーは拠点を築いているものの、まだ二つしか発見できていない。発見して破壊できれば、ニョッカーに大きなダメージが与えられるんだがな」
「わかりました。ところで、俺の相棒の治郎が、雑兵も強化された人間のようだと言ってましたが、彼らも改造されているんでしょうか」
「いや、彼らは生身のままで筋力を大きく高める特殊な薬剤を注入れさているのだ。これも、ニョッカーのバイオテクノロジーの産物だ」
「わかりました。なんか色々と許せないな」
「その気持ちが大切だ。ニョッカーが、そういう、拉致や改造を平気で行う組織だということを忘れないでほしい」
「わかりました。肝に銘じます。ありがとうございました」
そう言うと、弘は再びベルトの左の箱にある黄色いボタンを押して電話を切った。
「聞こえてたか?」
「ああ。とんでもない奴らだな」
治郎は、少し怒気を含んだ声で言った。
「よし!じゃあ行くぞ」
弘は、そう言うと、前かがみになってしゃがんだ。
「ん?なにやってんだ、お前」
「お前をおぶって行くって言っただろ!早く!」
と、弘は治郎の方を振り返りながら言った。
「えー!やっぱりそれやるのー?」
「他に方法がないだろ?さ、早く!」
「うーん、しょうがないかあ」
と、言いながら、治郎は弘の背中におぶさった。
「生身のお前にはスゴい加速だと思うから、しっかりつかまってろよ」
と、弘は、両手を治郎のお尻の下で握って立ち上がりながら言った。
「わかったよ。しかし、子供の頃は、ドジなお前が転んでけがしたり、近所の子にいじめられて泣いてたりして、俺がおぶってお前んちまで連れて帰ったことが何回もあったけど、まさか、お前におんぶされる日が来るとは思わなかったよ」
と、治郎は苦笑しながら言った。
「バカ!こんな時に何そんな昔の恥ずかしいこと言ってんだよ!置いてくぞ!」
弘は、少し恥ずかしそうにそう言い、それから、
「じゃあ行くぞ。いち、にーのさんで飛ぶからな」
と、崖の上を見上げて言った。
「ああ、わかった」
治郎は答えて、弘に抱きついている腕に力を込めた。
「いち、にーの・・・さん!」
弘は、そう言ってから、崖の上めがけて思いっきりジャンプした。
「うわー!」
その直後、治郎は絶叫した。
「バカ!大きな声を出すな!」
弘は、小声で治郎をたしなめた。
治郎は、口を思いっきり閉じると同時に、弘にしがみついている腕に力を込めた。
崖の途中の少し段になっているところに弘は着地すると、
「もう一回飛ぶぞ。いち、にーの、さん!」
と、言ってから、再度ジャンプした。
今度は、治郎は黙ってしっかりと弘に抱きついていた。
それをさらに2度繰り返して、二人は崖の上に到着した。
「はい、到着。降りて」
治郎が腕に力を入れて抱きついたままなので、弘はそう言った。
「あ、ああ」
治郎は、そう言って手を放して降りたが、そのまましりもちをついた。
「ん?なんだ?どうした?」
弘は、治郎の方を振り返って聞いた。
「・・・・なんだ今のスピード!今まで見たことないスピードで景色が流れたぞ!新幹線の比じゃなかった。振り落とされるかと思ったよ。目なんか痛くて開けてられなかったぞ」
治郎は、心底驚いたという声で言った。
「あー、やっぱり生身じゃきついんだな。このスーツを着てると動体視力も上がるみたいで、わりと平気なんだけどな。スーツのヘルメットがあるから、当然、目は痛くないし・・・じゃあ、向こう側に行って採石場を偵察するぞ。さあ、立って」
弘は、そう言いながら治郎の右手首を掴んで立ち上がらせたが、治郎は足が震えていて立っているのがやっとという感じだった。
弘は、治郎に肩を貸しながら、
「お前でもこんなことあるんだな。ひひひ」
と、少し楽しそうに笑った。
「うるせー!これは誰だってビビるって!こんな加速、レーシングカーだって味わえないと思うぞ」
と、弁解するように言った。
それから二人は、崖の上の反対側の端の少し手前でまで行ってからしゃがみ込み、崖の端ににじり寄って慎重に下を覗き込んだ。
採石場で働く人たちが見えたが、どの人も作業着を着て普通に作業しているようだった。




