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第16回 “かわいい隣人”

「あれ?」

 火曜日の夜、弘が仕事を終えて夜の7時ごろに自宅近くまで来たら、隣の家に住む7歳の女の子が、その子の家の様子を伺いながら玄関前をうろうろしていた。

「クミちゃん、こんな時間にどうしたの?」

 弘がそう声をかけると、その女の子は弘の方を向いて微笑みながら駆けて来た。

「弘おにーちゃん、おかえり!」

 クミは、嬉しそうな顔で弘にそう言ったが、すぐに暗い顔になって続けた。

「あのねー、ミユキちゃんちで遊んでて気づいたら外が暗くなってて、帰ってきたらママはもう家に帰ってきてるみたいで、怒られちゃうからどうしようかなーって思ってたの」

「あらら、そりゃ困ったね。でも、ミユキちゃんちのお母さんは、早く帰った方がいいとか言わなかったのかい?」

「ミユキちゃんのママもクミのママみたいにお仕事してるから、今日は遅くなるんだって。だから、クミがずっと一緒にいたのー」

「そうかー。クミちゃんは友達思いのいい子だねー。じゃあ、いいものをあげよう」

 そう言ってから弘は、左手に持っていた縦30センチ、横20センチで深さが15センチぐらいの白い紙の箱をクミの方に差し出した。

「え?これはもしかして・・・」

「そう、ケーキだよ」

「うわーい!」

 クミは喜んで、明るい表情に戻った。

「もらったんだけど、3つもあって一人じゃ食べきれないからどうしようかなー、って思ってたんだよ。だから、クミちゃんのママと3人で食べよう。ママには俺が一緒に謝ってあげるからさ」

 弘はそう言って、クミの頭を撫でながら一緒にクミの家の入口を入って行きインターフォンのボタンを押した。

「はーい・・・あら?弘くん?」

 インターフォンからクミの母親の声が聞こえ、すぐに玄関の鍵を外す音がしてドアが開いた。

「こんな時間にどうした・・・あら、クミ!」

 クミの姿を認めた途端に、クミの母親の顔が険しくなり、

「こんな時間までどこにいたの!心配するじゃないの!」

 と、クミに向かって怒った声で言った。

 クミはあわてて弘の後ろに隠れた。

「まあまあ、ナオミさん。クミちゃんは、友達のミユキちゃんの家で遊んでて、お母さんが帰りが遅いから、この時間まで一緒にいてあげたんだと言ってましたよ」

「あら、そうなの?でも、こんなに遅い時間はダメでしょ!」

 と、弘の左側から後ろのクミを覗き込むようにして怒った口調で言った。

「・・・ごめんなさい」

 クミは、弘の後ろに隠れ、うつむいたまま謝った。

「ほら、クミちゃんも謝ってるから。俺も謝りますよ・・・ごめんなさい」

 そう言いながら、弘は深々とお辞儀をした。

「あ・・・なんで弘くんが謝るのよ。調子狂っちゃう」

 ナオミは、弘に頭を上げさせながら言った。

「まあ、クミちゃんも反省してると思いますから、これでも一緒に食べて許してあげてください」

 弘は、そう言いながら手に持ってる白い箱をナオミの方に差し出した。

「あら?・・・ケーキ?」

 と、ナオミは少し嬉しそうな顔をして言った。

「はい」

「もう、しょうがないわねえ。じゃあ、このケーキに免じて許してあげるわ」

「あ、俺に免じてじゃないんですね」

 弘は笑いながら言った。

「弘くんにも免じてあげるわ。じゃあ、上がって」

 そう言いながら、ナオミは来客用のスリッパを出した。

「お邪魔します」

 弘はそう言ってスリッパを履き、ナオミのあとについてクミと並んでキッチンの方へ歩いて行った。



 クミの母親ナオミは、1年前に交通事故で夫を亡くし、今はクミと二人でこの家に住んでいるのだった。

 仕事は公務員で市役所に勤めていたが、夫が亡くなった時に、上司の計らいで残業の少ない部署に異動させてもらっていた。

 ナオミは30代半ばの年齢だったが、夫とは15歳ほど年が離れていて、会社役員だった夫が残してくれたこの家があったため、女手一つでクミを育てることに経済的問題はなかった。

 かなりの美人なうえ、170センチ近い長身でスタイルも良く、性格も気さくで明るいため、弘は、まだナオミの夫が存命なうちからひそかに憧れており、「ナオミさんみたいな奥さんがもらえるといいなー」と、ナオミを見るたびにいつも思っていた。

 ナオミが勤めている今の部署には、女性か、50歳前後の妻帯者の男性かしかいなかったので、職場で口説かれるということはなかったが、他の部署の若手の独身男性職員は、みな憧れのまなざしでナオミを見ていた。


「あー!これおいしい!どこで買ったの?」

 ダイニングキッチンのテーブルでケーキを口に入れた途端、ナオミが嬉しそうに聞いてきた。「えーと、お客さんに貰ったので、実はどこの店のかは知らないんですよ」

「あらー、そうなの。惜しいわねえ。じゃあ、今度そのお客さんに会った時に聞いといてよ」

 ナオミは弘に向かってにっこりと微笑みながら言った。

「わかりました」

 弘は、冷静を装って答えたが、ナオミの笑顔に内心ドキドキしていた。

「ところで弘くん、今、ニュースになってるあれをどう思う?」

「あれって?」

「あれよれあれ、確か『お面ライダー』とかいうおかしな名前の本物のヒーローか?って言われている人」

 その言葉を予想していなかったので、弘は思いっきりむせて咳き込んだ。

「あら!?大丈夫!ほら、これ飲んで!」

 ナオミは、弘に出したアイスティーのグラスを取って差し出した。

「あ゛、すびばせん。ちょっと、ケー、ケーキがのどに」

 そう言い訳して、弘はアイスティーをごくごくと飲んだ。

「とても信じられないような話だけど、あのカッコ悪さとドタバタした戦いぶりが逆にリアルで、私は本物なんじゃないかと思うのよねえ」

 と、ナオミが続けたので、弘はさらに大きく咳き込んだ。

「あらら、ほら、もっと飲んで」

 と、手にコップを持ったままの弘を促した。

「あたしは、会いたいから本物だと思うー」

 ナオミの左に座っていたクミが言った。

「しかも、撮影した人は爆発した怪人の破片を浴びたみたいで、血の匂いがしたってコメントに書いてあったでしょう?なんか、そのへんもリアルなのよねー。今日のお昼も職場で話題になって動画をまた観たけど、ヒーローも怪人も動きが自然過ぎて、どうも特撮って感じがしないのよねえ。弘くんはどう思う?」

 弘は、咳き込んだ影響でぜーぜー言いながら、

「あ・・・いや・・・俺は動画を良く見てないから何とも言えませんが、特撮じゃなくて画像を加工して作ったものじゃないかと思います」

「えー、そうかなあ。だって、アップした人は普通の大学生らしいじゃないの。そんな人に、あそこまでリアルな動画を作れるかなあ」

「でも、カッコ悪かったよねー」

 と、クミがニコニコしながら言った。

「そうそう、あり得ないぐらいカッコ悪かったわ。テレビドラマのヒーローとは大違いだったわよね。でも、だからこそ私は逆にリアルに感じたんだけどね」

「そんなに何回も動画を見たんですか?」

「だって、テレビでニュースをやるたびに映してるもの。イヤでも観ちゃうわよ。ただ、最後の爆発するところが少しグロテスクだから、クミにはなるべく見せないようにしてるけどね」

「あたし、3回見たけど、いつもテレビで見てるのと同じだったから平気ー」

「あら?クミ、3回も見たの!?」

「だって、ミユキちゃんちのテレビでもやってたもん」

「あー、そうかー。ミユキちゃんちでねえ。でも、ちょっと気持ち悪いからあんまり見ちゃダメよ」

「わかったー」

 クミは素直に返事をした。


 それから、ナオミは何気に自分の腕時計を見て、

「あら!もう8時じゃない!ケーキに夢中になってて夕飯食べるの忘れてたわ!」

 と、少し慌てた声で言った。

「クミもお腹空いたでしょう?」

「うーん、ケーキ食べたからそうでもないー」

「あ、じゃあ俺はこれで帰ります」

 そう言って、弘は腰を上げた。

「何言ってるの、クミが迷惑かけたんだからうちで食べてってよ」

「いや、迷惑だなんて。全然大丈夫ですよ。それに、お二人のおかずを取っちゃ申し訳ないですし」

「あー、今日はカレーライスだからそこは気にしなくて大丈夫よ」

「クミも弘おにーちゃんと食べるー」

「ほら、クミもそう言ってるし。それに、夕飯の用意もまだなんでしょ?」

「あ、ええ、今から冷凍食品でも温めて食べようかと思ってました」

「ほらー、じゃあやっぱりうちで食べて行ってよ」

「そうですか・・・じゃあごちそうになります。すみません」

 そう言って、弘は再度腰を下ろした。

「わーい!」

 クミは喜びの声を上げた。


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