73:地車(だんじり)
要領を得ない獣人の話を総合すると、
1:「な」と「ふ」の集落はくっついている。
2:それぞれに神社があって、それぞれの氏子になっている。
3:ところが、神社の名前が一緒で、縁起も同じ。
両方の拝殿が四百年近く前のほぼ同時期に建立されている。
4:集落そのものは完全にくっついているし、普通は合わせて一つ扱いされている。
5:住民も基本的には別に争ったりしていない。
6:ところが今年、急に住所の登録変更があって、地車の経路を調整した。
7:今年は暦がちょっとおかしくて、閏月の後にさらに余りが出て、秋祭りが早くなってしまった。
8:結果、すり合わせが上手く行かず、大通りで進路が重なった。
9:地車は決してバックしてはいけない。
10:すれ違いはギリギリで出来なくはなさそうだが、言い合いになってしまった。
11:引くに引けない状況で、喧嘩になった……なりかけた。
12:途端に地震が起きて、地車が倒れかけた。
13:おまけに突如雹が降って、大きな虹が出た。
14:只の神罰ではなくて、神様が降臨したとしか思えない。
15:獣人連中はそんな状況の中、突然現れたとんでもない神気の男を見て、神様だと思った。
16:今ここ
獣人連中は、地元の自警団と消防団という組織らしい。
うん、わかるわ、消防団、俺もちょっと入りかけたけど、きつくてすぐに抜けさせてもらったからな。
「とりあえず、どげんかせんといかんわけやね。後一応言っとくけど、俺、神さんちゃうからね」
向かって右のほうが、微妙に傾きが増しているように思われる。やつかさんととつかさんに声をかける。
「ふたり、ちょっと手伝ってくれますか」
「はい!」
「へい!」
歩いていくと、すーっと人垣が割れる。
地車を観察する。多分、行けるやろ。
地車は基本的に前に進むようなコマしか付いていない。ミニカーと一緒やね、せやから、向きを変えるには前後の棒を人力で押して、勢いをつけて滑らせながら回す。失敗すると行き過ぎる、微修正が難しい。
この道は、そもそも舗装されていない。土だから、割とうねっている。こんなん、ようスタックせんようにひっぱってるなあ、と感心する。地車の前に先導するおっさんがおって、上手く修正しとんのやろなあ。向きを変えるのに力を使うのは後ろにつく若い衆やし、一度やらざるを得んかったけど、きつかった。
そもそも地車は曲がらない。なので無理やり回すしか無い。
動いてる地車の進行方向をずらすのに力はそんなにいらないが、ちょっとした力加減で大きくずれるので難しい、しかも勢いがあるから下手するとぶつかって大惨事である。
停止している地車の向きを変えるのも難しい、単純に重たいので、全体に滑ったりする。
場合によっては大きく前後に傾けて、つまり支えるコマの数を減らして向きを変えたりするらしい。勿論これはこれで難しいし、地車の構造でできない場合もあるだろうし、失敗したら大惨事なもの一緒だ。
ただ、俺はわけのわからないほどの力持ちやから。
この地車は割と年季が入っているけど、土台の木組みはしっかりしている。
「俺が持ち上げて起こすから、行き過ぎんように見といてくれますか」
「はい!」
「へい!」
「兄ちゃんらもみててな」
「「「「「へい!」」」」」
【注:みててな、と言った場合、見ているだけ、ではなく様子を見て何かあれば手伝ってな、となる】
倒れている側の電信柱との間に入り込む。地面が割れて、コマが食い込んでいる。傾きは15度位?
「うっし」
気合を入れて、土台に手をかける。
ガコッと音を立てて電信柱から外れる。ちゃんと見えないが、そんなに屋根も破損してへんような。
そのまま水平横移動、慎重にズリズリ進める。
「後2尺です!」
「そのまま真っすぐ!」
へいへいわかりました。これが不思議なことに、きついのだけど、無理でない感覚。
ぐぐっと押す。強く握ると土台が破壊しそうやから、体全体を使って当たり面積を増やしている。
「おっけーでーす!」
「よっしゃー」
歓声と拍手が湧く。
「あの辺やったら擦れ違えそうやから、ひっぱるでー」
「「「「「おーっ!(かーっ!)(にゃー!)」」」」」
自警団のおっさんに先導させて、れいかやすても混じって曳いていく。
「もいっちょうー」
「「「「「おーっ!(かーっ!)(にゃー!)」」」」」
俺は反対側にまわり、皆で押して微調整。
もう一つの地車も同じ様に引き起こし、ゆっくりと擦れ違わせる。
「おつかれさまどした」
「「「おつかれまです」」」
「「「おつかれさまー!」」」
「かーっ(以下略)
祭り囃子が鳴り出すと、何人かの獣人の連中が取り囲んで深々とお辞儀する。
「ありあとやしたーっ!」
「いやええよ。ところで、けが人はどうなん、大丈夫なん?落ちた人とか」
「へえ、骨折はしてないようです、捻挫程度で済んだみたいです」
「それはよかった」
「あの、厚かましくて申し訳ないんスが、お願いがあります」
「?何やろ」
「実は、今日は奉納相撲があって、むらなかの威勢のええのんが出る予定してたんですが、この事故で何人か怪我しまして……よければ代わりに出ていただけないかと」
そうきたか。あー、面倒くさいなあ。
「すごいです!」
「かねかつら様はすごく力持ちですから」
「誰も敵いませんよ!」
あー、ねえ?どうしよ?
『面白そうですな』
狐も面白がってるなあ。まあええか。
「まあ、ええよ」
「おぉ!ありがとうございます。そちらの方たちも出ていただけないでしょうか」
やつかさんととつかさんに頭を下げている。
「いや、この子は女ですよ?」
「はい、女性も男性も俵担ぎという部門がありますよって、それに参加してもろたら、きっともりあがります」
とつかさんが眼をキラキラさせている。
「でる?」
「はい!楽しそうです!」
「わっしもがんばります!」
やる気元気、がんばるなあ。
「ではそちらの兄さんは俵担ぎと、奉納相撲のトリで、かねかつら様ですか、こちらの神さんと対戦して下さい」
「おぉ!それはいかつい!ぜひ一番取らさせていただきます」
えええ、そうなん?なんかえらいやる気みたいやし、しゃあないなあ。
「わかりました。何時頃でしょうか?」
「トリは多分5時頃になりますんで、4時位には用意をしていただきたいです。俵担ぎは午後3時頃です」
もう一つの自警団の法被を着た獣人も話しかけてくる。
「こちらでは、相撲とかはありませんが、琴の演奏と田舎狂言が奉納されています、夜の7時頃に演じます。
よければ、席を作りますので、狭いですが、見に来ていただけないでしょうか」
「ほう!狂言に琴とな!ぜひ見させてもらいます」
「それは素敵ですね、曲目はなんですか?」
「附子です。お琴は、すみません、忘れました、すみません」
「附子ですか、面白そうですね、ぜひお邪魔させていただきます」
食いつきがよろしおすね。
「では、すみませんがよろしくお願いします」
「はい、甘酒とお神酒も振る舞われますので、よろしくお願いします」
あ、そうや、こういうときは寄付、いや花代か、ご祝儀のほうがええか。
懐から封筒を取り出して、あ、100円札あんまりないねんなあ、1000円札でええか。しかもご祝儀袋がないから生やけど、ええか。
「えと、これ、ご祝儀ね。」
適当に畳んでそれぞれに渡す。
「「うぉ!1000円!ご祝儀いただきましたー!」」
見事にハモっている。
祭り囃子がより一層複雑化したビートを刻むと、何人かの獣人が踊りだす。えらく長い。
「「ご祝儀あーりあとやしたーっ」」
「「「「「「「あーりあとやしたーっ」」」」」」」
軽く黙礼して、それぞれの地車が移動していくのを見送る。
側面の木彫りや、屋根の一部が壊れてたからなあ。スーさんのせいやしなあ。尻拭いにはなったかなあ。
「りくさん、聞いてた?」
「一応、聞こえておりました。魂鎮めですか。ま、なんとかなりまっしゃろ。あおいさんも手伝ってな」
「わかりました。うふふふ」
「しかしまあ、須佐之男様とは、かねかつら様の底が見えませんな」
「本当ですねぇ」
「いや、なんというか、たまたまやんね?」
「「「そうですね」」」
狐までハモる必要はないですよ、ホンマ。




