67:とつか やつか
食事をいただき、心が満たされる。大根の漬物、黄色くないし、というか薄汚れたような色だが、塩っぱい、発酵臭と酸味、硬い歯ごたえの中に微妙な柔らかさ。味噌汁の温かさ。玄米の甘み、芋のとろけるような舌触り、菜っ葉の爽快な歯ごたえ。米の量だけはあって、ガツガツと頬を膨らませて掻き込み、よく噛んで味噌汁とともに嚥下する幸せ。
ああ、人間の全ての器官は小腸が作り上げたというのがわかる。胃袋は小腸が分解吸収しやすくするために胃酸を出す。肝臓は解毒し、腎臓は分離排出する。骨は体を支え、骨髄は血を作り、心臓はそれを巡らせ、肉に酸素と栄養を行き渡らせる。脳はそれに命じる、舌を、鼻を、美味く感じさせる食物を、手足を使って得るのだと。目と耳と四肢を使い食べ物を得る、顎と歯を使い咀嚼し、嚥下する。そして小腸は栄養を吸収する。残り滓は大腸でさらに絞られ水分を得る。また共生された菌により人間に必須のビタミンB群やKを作る。それだけではない、ドーパミンやセトロニンも腸内細菌が作っている。脳内には2%程度しかいない、残りは腸にある、腸こそが文字通りの人間の幸せを与えている。
などと哲学的に人間の深淵、罪深き小腸について考えながらお茶を啜ってていると、れいかに呼ばれる。
「とつかさんが来られました」
ちょっと離れてると言ってたような気がしたが。隣の村だっけ。もう帰ってきたのかな。
「ごめんなすって。夜分恐れ入りやす。かねかつら様にお願いがあって参りやした」
外から野太い声が聞こえるので、会いに行こうと向かうと、全員がぞろぞろ付いてくる。狐も杖も人形である。
「すまねえこってす。村長のやつかが参りました。どうぞとつかをお救いください」
既に人間の部分が殆どない、顔のみが大蜘蛛にくっついている、この人がお父さんか、似ているといえば似ているけど、呪い恐ろしい。
「とうちゃ、なにさいうね、村のみなも救わねばならんきに」
なんか方言が無茶苦茶なことになってる。
「なんでそんなに方言が混じってるんだ?」
「もうしわけねえです、大和言葉を神代に禁じられて以来、この地の言葉を発しても、勝手にこうなるべしあ」
神様厳しい。
「たがまの村は、もう10人も居無いっちゃよ、叉鬼として猪や狸や山犬は穫れるけんど、鹿は神威で獲れないぞな、蛇も狐もそうだぎゃ。革もあまり売れねーです、とつかは何とか人里で交われっけんども、わっしは無理だ~このま~でらみな死んでおしまいさ~。せめて、とつかだけはと、みな思っちょるけんの」
ディー・ディーって……
『神威ぞな』
……わかった。いや、あれか、神とすら言ってはいけないのか?知らんけど。
「かねかつら様、お願いしんす、何卒、とつかを救ってやっておくれでないか」
「いやじゃ父様、われらは託生え、わっし1人のこうっちも、どうにもならねーべさ」
「あー、はいはい。わかりました」
解呪。
ヒュオーー、吸われる吸われる、ごっつ抜けていくは、え、まだ?まだ抜けんの?
きっつ……。
目眩でくらくらしながら光る先を見ていると、二人が変形していく。効果音が付いている。え?プリキ◯ア?
『人間部分以外の部位が分解再構成されているように見えますな。そのままの部分が光って顔や手以外が黒っぽくもやもやしているのはそのせいですな。後荘厳な合唱は何のことかわかりませんな』
ていうか、第九のように聞こえる……音楽は詳しくないが……詳しくないがゆえにそんなふうに聞こえるのか?歓びの歌ですか、そうですか。
「どうですか?」
とつかさん、でかい。俺よりでかい。2メートル超えてね?そのくせ可憐な貌をしていて、バレーかなんかのアイドル選手みたいやん。オレンジの着物がかろうじて股下だが、要は超ミニの変形和服みたいになっていて、やばい。かなーりやばい。
無理やり目線を引っ剥がす。きっとベリっと音がしたと思う。その先にはやつか父さん。フルチ◯。大きい。いや身長とか体格とかだよ。大きい。くそっ!絶対伏見課長も大きいんだよ!やつかさんナイスミドルじゃねーか、いやモデルか俳優みたいじゃねーか、何そのシックスパック。でもフ◯チン。
あっあっあっとか言ってんじゃねーよ、抱き合って涙なんて流されたら、また俺の周りがえらいことになるんだよ、自重してよ。
「エヘンっうほんっ、えーどうですか、体調とか不調はないですか」
「あ゛あ゛あ゛あ゛り゛あ゛り゛がどうぅっっっございまずうぅぅ」
何だかノクターンの小説みたいやな。
「おおきに、かねかつら様、ほんにおおきに」
あ、呪い解けてる。
庫裏に上がってもらい、今後のことを話す。
れいえもんの着物をさらに借りて、やつかさんに着てもらう。
上手く歩けないようやけど、慣れるやろ。
が、ずっとえぐえぐして話にならない。
どうしようか。行くしか無いよな。日帰りできるしな。
母屋の板間に移動して、囲炉裏で粥を作る。米を炊くのは面倒なので、生米から芋を混ぜて煮上げ、振る舞う。れいえもんがどぶろくを持ってきて、混じってくる。やつかさんと肩を抱き合って泣きまくっている。泣き上戸か。この手の絡み酒は苦手なんだよなあ。後はつるとらくまさんに任せて早々に寺に引っ込む。明日は早朝からたぎまに行くことになった。まあ、なんとかなるやろ。
ついでにれいえもんに金を渡そうとしたらすごい勢いでジャンピング土下座されて拒否られた。しょうがないので、つるとらくまさんに100円札をこっそり渡す。うどん一食1円として、とりあえず100食分。困った顔をしていたが、受け取ってくれた。仲居さんに渡す心付けみたいな感じやね。
『気づいてはると思いますが、ちょっと違いますな』
暑苦しくて目が覚めると、男と獣にホールドされてされている。しかも腹の上には幼女だ。
大きめの嘆息、丁寧に腕を抜き、足を外し、そろりと幼女を下ろし、薄い布団を皆に行き渡るように掛ける。静かに部屋を出ると、狐も当然のように付いてくる。
やうやう白くなりゆく山際、少し明かりて、って秋やけどね、今。あれ?デジャヴュ?
早く寝ると早く起きるのは道理やけど、ちょっと早かったかな。
「母屋の方で何やら音がしますな」
ドン、ドン、という低音が僅かに聞こえる。
そっと近づくと、やつかのおっさんととつかの姉ちゃんがいる。
裸じゃねえか。
いや、褌のようなものをしている。
でも、上半身はマッパだ。
二人は緊張感を伴って対峙している。何これ?
「いやぁっー!」
「はあぁっ!」
裂帛の気合が空を切る。
たぶんやつかのおっさんの正拳、それをひらりと躱しざまにとつかさんがローリングソバット。ダッキングして躱すおっさん。流れるようにもう半回転して中段蹴り。とつかさんの脛が、ダッキングして下がったおっさんの肩にぶち当たり、ふっとばされる。
なんだよこれ、総合格闘技かなんかかよ、フルコンタクトじゃねーかよ、うわ、後転から両手で地面を蹴って16文キック、って古いわ!ってそんな詳しくないねん格闘技!技なんか知らねーよ!
そこでとつかさんが俺に気づき、ふっとファイティングポーズを外す。
「かねかつら様!おはようございます!」
また元気っ子か。
「これはかねかつら殿、おはようございまする」
やつかさん、あんなに蹴られたのに平然としてる、タフガイやな。
「おはようございます。二人共早いですね。よく眠れましたか?」
「はい、いえ、あまり寝ておりませんが、じっとしているのももどかしく、軽い運動をしておりました」
軽くねーよ!
「かねかつら様、本当にありがとうございます。体中から力が溢れてきておりますれば、こうして冷ましていた次第、失礼しました」
「いえいえ、元気になられたのでしたら、よかったです。でも、これ、何ていうのか、格闘技ですか?」
「「捔力です!」」
相撲ちゃうやろ!そんないい笑顔でハモンなよ!
ていうか、服着ろ!とくにやつかさん!




