59:エリザベス1
あまりにもうざいので、刀を鞘に戻す。
『ああ、もう終わりか!久し振りに出られたと言うのに!』
「もう、浄化しちゃっていいかな?」
ゆきに言ってみる。
「お気に召すままですな。問題になることはないと思われますな。そもそも常人に扱えない故ここにいるのであれば、感謝されこそすれ、咎められることはないと思いますな。」
『いやいや、それは違うぞ?わしは恐らく罪のない者に殺人を犯させるために使われてきたはずじゃぞ?』
「余計だめやん。」
『いやだから我の持ち主の意向としてはだな、このまま保管しておくべきはずじゃ。それに、おそらくかなりの権力者のはずじゃ。わしの持ち主であるのじゃからな。』
「だから何?ってかんじやな。迷惑極まりない。さっさと浄化しておくか。」
『ちょっとまて、わしは特技が有ってな、そのものが嘘を吐いているかどうか瞬時に見分けることが出来るのじゃ。』
「……で?」
『じゃからわしを持ち歩けばたちどころに判別してやるぞ。』
「別にええわ。じゃ。」
『浄』
『うわ、そんなぁ……』
刀から光が溢れる。まだ光る。えらい長いな。
光が消え、気が付くとさやが薄茶になっている。柄も白っぽい。これはあれか、刀身だけでなく拵えも呪いを受けてたんか。業が深いこって。
改めて鯉口を切り、すっと抜いてみる。白刃、目に鮮やかな波紋を描いている。正面に薄ぼんやりした人影が有る。
「おんざさん?ですか。」
『そうです……。呪いを祓っていただきありがとうございます。』
「浄化のつもりだったのですが、祓ったことになりましたか。」
『はい。私、五百年ほど前に刀工当代村正によりて打ち出されし刀、おんざと申します。魂込めされ、刀精を宿るにいたり、いつの間にか呪具として使われておりました。』
「そうですか。では、もう人にとり憑いたり狂わせたりということはなくなったのですね。」
『はい。ただ、申し訳ありませぬが、あなた様にしか抜けなくなりました。』
What's!?
「えーと、俺しか使えないって言うこと?」
『はい、恐縮です。』
おいおいまたかよ、杖だけでもどうしようと思ってたのに……。
「とりあえず、わかりました。一度仕舞いますね。」
『はい。』
刀を鞘に仕舞うと、おんざさんの姿が消える。
「ゆきさん、どうしよう?」
「どうぞご自由に。主様を止められるものはこの世に存在しません故な。」
「せじろ、どうしよう?」
「私は!今のおんざさんのほうが優しげで好きです!」
……。まあ、いっか。とりあえず保留。大体今の世で帯刀できるんか?
『はい。身分次第ではございますが。』
やっぱりお前もエスパーかよ!まあといっても幽霊みたいな感じやし、いやそれはそれでどうなんや、他の人に見えたり聞こえたりするんか?
『いえ、ゆき様やせじろ様以外に見えたり聞こえたりはしないと思います。』
なら、少しは安心、ちゃうやろ!怖いやん!
『怖くはないです……。』
「主様!泣いています!」
わかったよ、悪かったよ、怖くないよ。ああ、落語の世界ちゃうこれ。
「で、せじろさん。絵はまあいいんだよな。」
「はい、多分大丈夫です!」
妖しいがまあ、後二つか。
「じゃあ、鏡はどれ?」
「こちらです!」
少し離れた棚に大きめの桐箱が有った。何か箱書きがあり、御札が貼られている。でも御札には何も感じない。効力が切れたのか、端から紛い物やったか、外に漏れないようになっているのか。
箱を開くと鮮やかな絹の袱紗に何か包まれている。取り出すと、それは豪華な螺鈿細工で漆塗りの化粧箱だった。蓋を開けようとすると鍵がかかっている。あれ?そらそうか。どうしようか。おいて……
『You, open quickly!(あなた、さっさと開けなさいよ!)You must hear it!(聞こえているんでしょう!)』
うわっ、英語やん……。
『Yes,English!(そう、英語よ!)Eureka!(やった!)Finally I can talk!(やっと話せる!)』
あれ、こっちの言葉は翻訳されてる、というか思考が読まれているんか、こいつもか……。
『Oh. It's a conversation.(あら。会話よ。)』
「ゆきさん、この英語について、自動翻訳みたいなことは出来ひんやろか。簡単な言葉やからだいたい分かるんやけど、めっちゃ早口やねん。」
「多分集中したら出来ますな。大体、これは思考言語ではありますが、概念伝達を量子的に行っているに過ぎませんからな。言葉として発音されていない想念を素直に受け取ればいいということですわな。普通の人間には出来ませんけどな。」
「そうか、すまんな。」
『What are you talking about?(何をごちゃごちゃ言ってるのよ?)(まあいいわ、久し振りに話せたんだから早く開けなさいよ!)(私の美しい姿を見るがいいわよ!)』
ああ、こんな感じね。しかし、これはあれかロリか。声がやたら高くて響くわ。
『鍵がないんだけどな。』
『(鍵?そんなの一緒に入っているもんでしょ!)』
『いや、無さそうだけどなあ。』
『(もう、頼んないわね!いいわ、開けてやるから!)』
カコン、と音がして、どうやら鍵が開いたようだ。凄いな。物理干渉できるんか。
『(ほら、感心するのは後でいいから!早く開けなさい!)』
「……。開けていい、かな。」
ゆきに聞いてもせじろに聞いても答えは同じと思い、独り言扱いで呟くと思い切って開く。おお、エリーゼのためにやん!すげー、ベートーベン、おったんや!そんなら、バッハもモーツアルトも、チョピンにヴィヴァルディもおるんかな!素晴らしい!滝廉太郎とか山田耕筰とか北原白秋とかどうなんやろ。
「大体居りましたし、大体同じ曲がありますな。」
まじか!ああ、平均律とか童謡とか聞きたいなあ。
「(何勝手に盛り上がっているのよ!)(いい曲だけどね!)(まずはこっち見なさいよ!)」
「ええと、これは普通に英語を発話しているよね?何で翻訳されるの?」
「恐らく、人間ではないからですな。」
「(ええー!私人間よ!ちょっと悪い魔女に閉じ込められてたのよ!)」
それどこのお姫様?
「(そうそう!お姫様なのよ!私は今どこかで眠っているの!)」
少女だね、うん。まあなんだ、不思議の国のアリスそのままやん。服の色は青くないけど。髪の毛もパツキンやないけど。あのオリジナルの挿絵そのまんま、飛び出してきたみたいやね。
「(やだ、私そんなに古くないわよ!)」
「この、霊体?精霊的な?にしては異様に元気で生き生きしてるんやけど。せじろとはまた違う存在感があるんやけど。」
「はい!多分この人は生霊だと思います!」
そうきたか!
「この箱、いつここに来たんか知ってる?」
「はい!三年前かそこらだと思います!」
十二、三位の年齢に見えるが、まあそういう感じか。しかし生霊ねえ。じゃあ本体は?
「(そうよ!あなたは私の本体を探すのよ!)」
あやっぱり。でもなあ、すぐには出来ひんような気がするなあ。
「(まあ、今すぐとは言わないわ!でも必ず見つけるのよ!私の名前はエリザベスよ!エリーゼでもエリザでもベスでも好きなように呼ぶといいわ!)」
俺は箱から鏡の本体をを取り出しながら返事をする。
「ああ、そうですね。エリザベスさん。とりあえず考えてみます。」
鏡、最初は銅鏡か何かと思ったけど、ガラスのきれいな手鏡やね。本体は銀ぽいけど、ピカピカやん。こんなん素手で触ってしもたけど、すぐ焼けてしまうやん。
「(大丈夫よ!私が気合できれいに保っているから!)」
そうですか、凄いな。
「じゃあ、いっぺん閉めますよ。」
「(ああ、まだ話したりな)」
『(いじゃないの、人の姿のほうが話しやすいのよ!)(この姿だと月夜の何時間かしか話せないんだから!)』
「ああ、わかりました。これ、月夜に訳の分からない言葉が聞こえるから、ここに来たんかな?」
「そうかもしれませんな。」
まだブツブツ話しているが、丁寧に風呂敷で包み直し、桐箱を閉じるとようやく静かになる。




