49:伏見課長2
すてが走り寄り、母屋の裏手に案内される。離れのようになっている土壁の建物、いや東屋かな、引き戸の上框を出たところにお父さんが立っている。非常に難しい貌をしている。
「はじめましてFather、わたくしこう見えて敬虔なクリスチャンなんですよ。文部省から参りましたカイ伏見と申します。唐突に現れまして申し訳ありません。先日はうちのものがお騒がせしたようで申し訳ありませんでした。それにしても良い村ですね、日本の心象風景そのもののような場所だ。こんなところがまだあるとは、いや維持されていることには心から敬意を表しますよ。」
「……伏見さん、ですか。」
「はい、伏見カイと申します。ハワイイの血が混じっておりまして、どうにも軽く思われるのが問題なんですが、仕事は真面目にやらせていただいております、はい。」
「ハワイイの……。文部省のお役人ですか。」
「はい、そうです、そんな大層なものではないのですが、親方日の丸なもので申し訳ありません。」
「……。わかりました、とりあえず中にお入りください。」
Father……。まあ、そうやね、やっぱりここは隠れキリシタンの村なんやね。今もそうなのかは分からんけど、元々はそうやね。本堂の仏像が裏向きに回転できるようになってる。裏は、マリア様。聖母子像風の彫刻になってたからね。そうなると、神父さんの系譜か、村長さんは。んなら、お父さんていうのは司祭ということで、れいかと血は繋がってないのかもしれん。そんならすての扱いは?うーん、何やろ、奴隷的な感じではないしなあ、大昔なら有ったかもしれんけど。奉公とも違うし下女という感じでもない。しいていえば昭和の住み込みのお手伝いさん?
三和土を上がり、廊下をやや歩くと、ガラスの入った障子。ガラスの屈折が微妙におかしい。これ、鉛ガラスかな。障子を開くと、もう普通の客間やん、畳が有る、掛け軸の吊られた床の間。い草の匂い。
村長が上座に座る。正面に課長、俺はややズレて腰を下ろす。
「かねかつら様は、この方と関係があるのでしょうか。」
「いえ、先ほど出会ったばかりです。」
村長は怪訝そうな顔をしている。そらそうやわ、俺も何でこっち、伏見側にいるのかようわからんもん。
「金桂殿には、お手数おかけしております。私の仕事が文部省でして、あ、こちらが名刺になります。改めて、私、伏見カイと申します。」
「私、名主をしております、黒石れいえもんと申します。」
「黒石殿、本日まいりましたのは他でもない、こちらで暮らしている子どもたちの件です。やはり、義務教育の間は、学校にこさせていただきたいのです。」
「現状の学校教育や学校のある村の環境が、倫理的な意味だけでなく正しいとは到底思えないのです。毎年のようにお返事を認めさせていただいておりまして、お読みにはなられてませぬか?」
「もちろん読ませていただいております。黒石様のおっしゃることも、分からないではありません。しかし、法治国家として50年以上の歴史を誇る日本皇国としまして、また四民平等を唱う皇国憲法の下で、義務教育を受けないのは法律違反になるのです。憲兵や警邏巡吏を使うのはこちらの本意では無いのです。」
「四民平等であり個人の人権を尊重する以上は、個人の思想のもとに、個人の願う人生のあり方で何も問題ないと思われるが。」
「あなたやこの村の歴史、過去の迫害や差別下での困難に満ちた生活のことは十分承知しております。」
「我々はようやく信教の自由を勝ち取った。伏見殿も、堂々と信ずる道を述べられ、いわんや出自においてをや。今、不道徳で不自然な自然科学や神無き教育に価値を見出すのは不可能であろうということだ。」
「まあ、世界基準における教育程度に追いつけ追い越せでやや乱暴であるという誹りは免れないかもしれませんが、神無き教育という言葉には語弊があるでしょう。神は個人の心の中にあり、日本皇国民である以上、信ずべき神は個人に委ねられようと、安土されておられる方々への敬意は染み付いているはずです。」
「そうだろうか。そもそも、ようやく認められた自由を政府が逆に脅かしにかかりだしたのは、ほんの数年前からだ。地力の問題が顕在化したのと時期は同じ。このままではブリテン王国を始めとする欧州の攻勢に負けてしまう。それ故の富国強兵の一環として教育に力を入れようとしているのだろう?ならば尚の事。二十六聖人たる資格は我が身には有りもせぬが、神とともに生きる他無い道、今更お上に従うつもりはない。」
「そうですか。残念です。ところで、黒石殿は、もしかしたらフロイス様をご存知なのですか?」
「……。」
名主殿が、驚愕したように目を見開き、直ぐに閉じる。
「そうですか。では、昨年発布された通称差別禁止法案についてはご存知ですか?」
「……。」
名主殿の口は硬く閉じたまま。顔が少し赤い。これは、何や?弱み?フロイスって、イエズス会の人やんなあ、「日本史」かなんか、信長とか秀吉とかと会って、その時代の詳細な記録を残してた人や。ていうか、一応読んだぞ、面白かった記憶があるわ。で、フロイスってポルトガル人で、今から四百年以上前の人やん。それが何?隠れキリシタンとしてのなんかに繋がるんか?んで、差別禁止って、水平的なことか?
「この村がもともと前時代の駆け込み寺をベースとして、幕府から直接無縁の認可を得ていたことは知っています。その理由が、あの寺の倉にあることも聞いております。それが数百年前からだということもわかっております。」
名主殿がすうと目を見開く。
「フロイス様は尊敬しております。素晴らしい作品を残されました。しかし私が最も畏敬するのは、オルガンティノ様です。」
「……オルガンティノ様ですか……グネッキ・ソルディ・オルガンティノ、様でしたか?イエズス会の方ですね。長崎で身罷られた。」
「……。」
「さて、本日は私の意思は伝えました。ぜひ考慮いただきたく。また明日参ります。」
優雅に一礼すると、俺に目配せしてくる。ドキッとするやん。
「名主殿。私も後ほどお話したく。午後からもう一度訪れても宜しいでしょうか。」
「……。金桂様。あなたはどこから来られたのでしょうか。」
うわ!ド直球やな。
「違う世界からです。」
「常世ですか?天界ですか?」
「いえ。平行界というのか。無数の可能性の一つだと考えております。」
「伏見殿は、混血の神です。百敷に加え、南洋の荒々しい神が守っている。私はその点、とても頼りない存在で、マリア様の骸のお陰で生き延びておるにすぎない、岐に立つ道標にすぎない。私自身には、何の力も有りはしない。しかし、金桂殿は、マリア様の聖骸を超える力が溢れている。そこにはデウス様の意思が感じられる。なぜ貴方様がここにおられるのか。私はそれを考えなければならない。そう、思っております。」
「……やはり、あなたは神の系譜なのですね。まさか私をここまで一瞬で看破されるとは思いもしませんでした。くなとの神ですか。なぜ貴方がここにおられるかは置いておきます。しかし神が人の姿を取るのは、いよいよ厳しくなってきておられると思いますが。」
「……伏見殿とは、また明日お話いたしましょう。では、金桂殿、後程。」
そういうと名主殿は手をついて深々とお辞儀をし、部屋を去った。
「では我々も参りましょう。お寺に向かわれますよね。私も金桂様と腹を割ったお話がしたくてたまりませんよ?」
なぜ疑問系かよくわからんけど、奇遇やな、俺もそうやねん。なんか不思議と文化レベルが合うというか、どう言えばええんやろ、とにかくこの兄ちゃん、おもろそうやし。色々よく知ってそうやし。
ああ。狐、わかった、わかってる、無茶はせんから。でもこういう相手と話したり酒飲んだりするんはなかなか楽しいんやで?




