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30:蜩のなく頃に

 ひぐらしの声を聞きながら、一度本堂に戻ることにする。

 杖の見分も有るしなあ。本堂に着くが早いか桶を持ち出したすてに促され、水を出す。足を洗ってくれる。

 こういうのは文化なんか?昭和初期を描いた漫画で、普遍ではないけど存在するのは知ってるし、江戸時代の宿屋とかでそういうサービスが有ったのは知ってるけど、今もか?

 また女衆が来てくれて、夕餉の準備をするという。自分は暗くなる前に書物をしたいと言って、本堂に残ることにした。

「メモ帳みたいのが欲しいな。」

 文机は子供が使うからかあまりきれいではない。面が微妙に傷ついていて、稀に筆が取られる。

 ふと気づいて、表面を手で触る。所々、ひらがなのような跡がある。カタカナもある。それは、1mmも無い、筆跡だ。昔、子供の頃、机によく落書きをしていたなあ。最近の机は固うて跡も残らんけど。相合傘とか、いたずら書きされて、囃し立てられて、うーん甘酸っぱい。

 れいかが呼びに来る。今日もごちそうらしい。ありがたいことやね。お父さんは今日は来れないらしい。まあそのほうがいいか。杖と話さんとあかんしな。狐とも話さんとあかんしな。ToDoリストが膨大になるから項目分けせなあかんけど、消されへんのが辛いわ。パソコンとかシャーペンとか消えるボールペンに慣れてるとあまりに不便や。そういや、そういう研修に一回参加させられたな。あれはあれでおもろかったけど、ずっとはきついよな。どうにか慣れるんかな。作ってみてもええかもしれへんな。

 寝る場所は分けてもらうことにした。俺は本堂になった。狐は俺と一緒で、杖も当然やな。杖がまた自然に不自然な動きをするから、ちょっとびびる。

 明日の昼前には話したいとお父さんに伝えてもらって、女衆には帰ってもらった。女衆は恰幅が良かった。背は140cmも無いくらいか。当然毛がない。これ、毛があれば大阪の普通のおばちゃんやん、よう考えたら。大体おじいちゃんかおばあちゃんか分からん人もぎょうさん居るしな。超時空お風呂漫画でもねたになってたけど、その通りやしな。風呂、入りたいなあ。ヒヤシアメ飲みたい。

 れいかとすてに断ってまた倉に行く。狐はついてくる。夕暮れも終わりに近く、この辺が本州の真中付近とすれば、午後六時くらいか。杖が微妙に震えている。喜びの表現か?

 杖を縁に置き、自分は脚をぶらぶらさせて腰掛ける。狐も縁に飛び上がり、丸くなっている。

『あるじさま!』

『ああ、来たよ。誰そ彼時やね。』

『ゆうひですね!ひさかたぶりにみました!』

『それは良かった。』

『はい!こちらにくるまではこばれてからとてもながいあいだとじこめられておりましたから!とてもうれしいです!』

『それは良かったね。どのくらいここにいたのかな?』

『よくわかりませんが、なん十かいもあついのとさむいのがありました!』

 んなら、数十年?百年経ってない?おもったより最近やな。

『お前のことはなんと呼べば良い?』

『わたしはつえですから!じょうどへのみちをみちびくつえですから!なまえはありません!』

『じゃあ杖でいいのか?』

『もし!あるじさまにつけていただけるなら!うれしいです!』

 ま、そうなるわな。しかし俺無機物に名前つけるの苦手なんよ。車とかヌイグルミとか名前つけてるやつもいたけど、なんかなあ、かっこ悪い気がしてまう。でもこいつは命かなんか有るし、吝かではないか。

『浄土への道を導くのか?』

『はい!なんだいもまえのあるじさまは、そうおっしゃってました!わたしがいるとみなをみちびけると!』

『その方の名前は覚えてるか?』

『おぼえていません!』

 残念やけど、これ、まさか口からなんか出してる人の杖じゃないやろね。そんなら多分千年以上前のものってことやん。そんなものすごいもん持ってるのはちょっとビビるわ。

『あるじさまは、さいしょのあるじさまよりもおおきいかたです!さいしょのあるじさまのあとは、わたしをやでいたおでしとか、やさしいぼうさまとかこわいおさむらいさまとか、いろいろなひとのあいだをたびしました!そのあいだ、いまのようにくらにはいっていることがおおかったです!でも、ずっとまっていたのです!ずっとまっていたのです!』

 大事なことだから2回言ったのか。

『あるじさまにまたあえるとおもっていました!あるじさまとわたしはつえになるまえからなかがよかったのですが!しんでからまたおあいできて、それからあるじさまがしぬまでいっしょでした!』

 ええ、それって、俺が空也上人みたいになれってことか?いや無理無理そんな素晴らしい人間には到底なれんよ。

『いえ!あるじさまはやさしくてつよくてすばらしいかたです!わたしはまたあるじさまのようなかたにあうことができてほんとうにうれしいのです!ただおそばでねるときもたべるときもたびをするときもいっしょにいられればうれしいのです!』

『そうか。そうやな。最初の主様は名前つけなかったんか?』

『はい!まだわたしもこうやってはなすこともできませんでした!』

 なるほど。ん?ほならこれ普通に付喪神?

 いやいやもっと聖なる感じがええかな、こういうセンスはないけど勘弁やで。

『じゃあ、清浄なる鹿の杖、清杖鹿と書いて「せじろ」。』

 案の定なにかがごっそり杖に吸い込まれる。量子的ななにか。そう言えば許されると思ってへんか有機人形とか高次元意識体は。確かに詳しいこと言われても分かれへんけど!

『……主様の知識が、インストールされました。今度とも宜しくお願い致します。』

 おおぅ。なんだかやけに聞きやすくなった。しかしインストールって。まあ分かりやすいけど。

『ああ、こちらこそ。』

『せじろは、多分ちょっと変わったことが出来ます。そのことがわかりました。主様のお陰です。』

『何やろ?』

『怨霊の浄化です。残留思念とか、呪いの類です。主様もお出来なりますが、ちょっと方法が違うようです。』

『へえ、どんなふうなんやろ?』

『主様は、量子状態を変化させることによる書き換えで消滅させることが可能なようです。私は書き換えにより過去の状態を意識上で再現させることが出来るようです。そこの狐とも違います。狐が以前失敗したことです。』

『……。つまり、呪い以前の状態とか、何年前の心持ちとかってことか。』

『はい。後そちらのペットとも意識をリンクさせることが出来るようです。』

『ペットとは失礼ですな、アクセサリー風情が。』

 うわー、ちょっとまって。

『狐も聞いてたの?』

『お忘れですかな?私とも念話をしましたよね?』

 その通りやけど、杖との話に入れるとわ思わんかったわ。

『思い出しましたか。そもそも最近私のことを狐狐とただの動物のように考えられるのは納得がいきませんな。それに私より先に無機物に名前をつけるのはどうにも先達としての威厳が損なわれますな。早々に命名していただきたく思いますな。』

『ペットが何か偉そうに言っておりますが、ペットはペットですからご主人様のご自由でございます。せいぜいゆっくりお考えくださいましね。』

『何をいうこの棒野郎!』

『野郎ではございませんわこの雌狐!』

『わかった!わかったから!喧嘩はやめて!私のため』

『『それ以上はだめです!』』



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