おまけのおまけ
活動報告に載せていたものを移しました。
※お忍の王様が帰ったあと
「おまえ、本当に陛下の顔わかってなかったんだな」
「……そうみたいですね」
自称ただのルーヴェンスが、騎士団長に連行されていったあと。
片づけながらランスロットが呆れの目を凛子へ向けた。それについては言い訳のしようがない。気まり悪げに凛子は肩をすくめた。
「だって、花祭りのときはわけわかんなかったし。そのまま城までつれてかれても、王様と一緒だったわけじゃないし」
「まあな」
ロッチェの花が降っていた広場の賑わいを思い出し、ランスロットが苦笑する。夏至の日。あのときはものすごく人が多くて、盛り上がりも最高潮だった。
そんな最中だったのだ、着飾った凛子が現れたのは。
「顔なんて、あのとき覚えられなかったですよ。それからは謁見なんてなかったし、いきなり結婚とか言われるしでバタバタして。それで結婚式やらされたけど、王様を前に顔を上げるのは不敬だって言われたから」
そのあとの初夜なんて、灯りは最小限。凛子だって初夜だ初夜だと思っていたら、緊張もするし戸惑う。顔だどうとか気にしている場合ではなかった。
だから数日後に廊下で会ったとき、凛子が国王陛下に気づくことはできないわけで。むしろ、気さくに声をかけてくるのだから、陛下ではないだろうとさえ思っていた。身分の高い貴族なら、城のなかに入ることができると教えられたからなおさらだ。
「……ろくでもねえなあ」
聞いているだけでも、丁寧な扱いとは言えない。素性のわからない相手だから、と言われればそれまでだが、そのカーミャリーコを側室に仕立てたのだから矛盾である。
無精ひげのはえた顎をなでると、ランスロットは金槌を定位置へと戻す。作業台を拭き終えた凛子が、汚れたタオルをたたんで桶に入れた。腰にぶら下げていたタオルもそこに突っ込む。
「えらい人の考えはわからないですねえ。側室にしたくせに、歓迎しているわけでもないし。監視するにしても、ほかにやり方あったでしょうに」
ランスロットの汚れたそれも受け取って、ふたり並んで、窯の火が消えたことを確認した。細い煙が空気に溶けていくのを見送る。
「なるほどね、それで愛想尽かして抜け出したってわけか。――女ひとりも幸せにできねえなんて、この国終わってんなあ」
冗談半分、本気半分。
ため息まじりのランスロットに凛子は笑った。ロッチェの女神が愛した国。凛子が迷い込んでしまった、白い花を愛でる国。
「そんなこと言って。ランスロットさん、この国大好きなくせに」
「うるせー」
行くぞ、と話をぶった切ったランスロットに急かされて、凛子は灯りを落とした作業場をあとにした。
ぶっきらぼうな言葉を最後に黙り込んだランスロットは、むっつりとした顔でくしゃりと髪をまぜる。まったく、素直じゃない。凛子はこっそり笑った。