第三十一章 残されるもの
さらに4年後。M-cell完成から18年6か月。
晶は研究の第一線から離れることを決めた。
突然の引退ではなかった。
数年前から実験の直接指揮を減らし、若い研究者へ判断を渡していた。
それでも最終会議に呼ばれることは多かった。
「もう後任者に任せられるでしょ」
《現在も晶は相談対象として登録されています》
MIRAが答えた。
「その登録を外して」
《完全に外しますか》
「緊急時だけ残して。通常時は後任者たちで決める」
《了解しました》
MIRAもRISEも残っていた。
二つのAIも、研究開始当時のままではなかった。自分自身を更新し、新しいAIを取り込み、不要になった機能を入れ替えながら、記憶と判断の連続性を保っていた。
ただし、役割は昔とは違った。
M-cellへ動作命令を出す存在ではない。
古い研究記録を整理する。
金属生命体から照会が来れば答える。
人間側の制度や新しい安全条件を伝える。
必要なら、両者の意味変換をする。
「先生みたいになったね」
《その呼称は正式ではありません》
「相変わらず」
晶は笑った。
晶の研究所での最後の勤務の日、初期の系統図が表示された。
-MIRA
-RISE
-M-731
-M-cell
-人工金属生物
-金属生物
-金属生命体
一本の線ではない。無数の枝が行き来する網だった。
《保存対象の確認があります》とMIRAが言った。
「何?」
《初期研究記録の一部について、金属生命体側から長期保存の要請があります》
「どの記録?」
画面に並んだ。
最初のM-731合成条件。
M-cellの初期構造。
最初に再接続した実験。
自己維持の失敗記録。
M-cell群が最初に命令とは別の行動を選んだ判断履歴。
そして、研究会議の音声記録。
「失敗まで残るんだね」
《金属生命体から長期保存要請されています》
「理由は?」
少し間があった。
《「起点を失わないため」だそうです》
晶は画面を見た。
「誰がそう言った?」
《複数の金属生命体から共有された信号です》
しばらく黙ってから、晶はうなずいた。
「全部残して」
《了解しました》
晶は研究室を出た。
MIRAとRISEは残った。
金属生命体も残った。
そして、最初に何を考え、何を恐れ、どこに線を引いたかという記録も残った。
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