第1話 はじまり
王道ファンタジー作品です。
薄汚れた灰色のローブに身を包み、右手に杖を持った少女らしき人が廊下を歩いている。
「私があいつを倒す。私しか倒せない。」
「落ち着け、まずはきちんと承認を取ってだな。それからチームの編成をしよう。
転移は一度きりなんだ。失敗は許されない。2回目の転移となると次はいつになるかわからん。
そもそもその世界にあいつが逃げたかどうかなんて確定はまだ得られていない。
早まるな。」
彼女と彼女の後ろを歩いて説得を試みている女性は部屋に入った。
部屋に入るなり彼女は杖を振って停止している機械類の電源を次々にオンにしていく。
魔法がなせる超常の力である。
「おいおいこんな勝手なことをしたらさすがに懲罰じゃすまない。
最悪窓際部署に異動になる。クビになるかもしれない。
お前が異世界探索チームの一員になれるように取り計らうから今は落ち着いてだな。」
「チーム?私1人で十分よ。あいつを捕まえたのだって私の力じゃない。
あんたたちがいても足手まといよ。」
「それはチームメンバーに言っていい言葉じゃないだろう。
私たちはチームだ。独りでできないことでもチームならできる。せめて二人とかな。」
それを聞いた彼女はふんっと鼻を鳴らす。どこがバカにしている様子だ。
上司の説得もむなしく機械は次々と起動を終え一つのシステムとして稼動できるようになった。
彼女は転移装置のカプセルの中に入り内部から魔法で転移開始の操作を行う。
「マジで行くのかよ。死んでも知らないぜ。
史上2人目の異世界転移なんだ。まずは動物実験から始める段階だ。」
ちくしょう、そう呟いて上司の女性は苛立たし気に床を踏んづけた。
「この機械を作るのにどれだけの歳月と資金がかかったと思っている。
お前ひとりの我がままで全部ふいにしちまうのか。」
「私は今まで独りでやってきた。
あなたたちを単に利用していただけよ。
あいつだけは許さない。あいつは私の手で捕まえる。
捕まえたら帰ってくるわ。懲戒処分はその時に聴く。私ならここを辞めてもどこでもやっていけるけどね。」
そう言い終わると彼女の体は発光しまばゆい光を放って消えた。
ここに一つの世界がある。
その世界にある日突然魔王が天より現れた。
魔王はその超常の力で魔物を生み出し世界を支配しようとしていた。
いくつもの国が滅び多くの人がなくなった。
人々はこの世のものではない化け物である魔物を恐れ、その力に抗えず逃げるしかなかった。
魔王に対する大規模な戦争も仕掛けたが魔法の前に歯が立たず大敗をしてからは大規模な戦いはできなくなった。
もう世界は魔王の手に落ち人は滅びるのだと誰もが思っていた。
ある夜、魔王が現れた天に稲妻がごとく空に亀裂が走った。
その空間の裂け目より一人の人らしきものが現れる。
「ここがあいつの逃げた世界ね。
今夜なのかしら暗いわね。」
少女の声で独り言をつぶやく。
上司の反対を押し切り一人で異世界に渡った少女である。
高速で降下しながら慌てることなく暗視魔法を自分の目にかけ、遥か上空から世界を眺めた。
「歴史のアーカイブ映像で見たことがあるような城ばかりね。
文明が遅れているのか。魔法が使えるから何も問題ないか。」
少女が落下している地点にはひときわ大きな城があった。
禍々しいガスを放ち大地を死の世界に塗り替えている。
「あの城の中にいるみたいね。異世界転移してきたけどさっさと終わらせてすぐに帰るわ。
これであんたも終わりよ。
滅びなさい。」
杖を城を向け魔法発動の詠唱を始める。
詠唱の開始とともに杖が眩しいほどに光。
まさに天から魔王に天誅を下さんと火球が落下しようとしているようであった。
光が最高潮に達した瞬間、寝ているものを叩き起こすような爆発が起こった。
火球が魔王の居城の遥か上空で爆発した。
その爆発の煙の中から一つの塊が現れる。
火の粉を浴び体が燃えている様はまさしく隕石のようである。
彼女の魔法は魔王城の張られた防御魔法に弾かれて失敗してしまった。
攻勢から一転して爆発に巻き込まれて吹き飛ばされてしまったのだ。
そのまま西の方角に向かって落下していった。
一夜明けここは学園都市アイゼン。
魔王との戦争に負けたが人々はまだ諦めていなかった。
残りわずかとなった領土を守るために国は勇者育成教育機関を作り魔王に対抗する勇者を育成していた。
王立勇者学校を卒業し本日魔王討伐の為学園都市アイゼンを出発する未来の英雄たち。
それを見送る多くの群衆に交じって彼カザンはその光景を瞼に焼き付けていた。
王より直々に祝福の言葉を贈られ餞別の品々を賜わった勇者一行は城の巨大な正面入口より出て中央街道をまっすぐ進み街を囲む城壁の南門から出発していった。
一級品の鎧に身を包み、一流の武器を身に着けた彼らはカザンとは身分も経歴も違うエリートたちの集まりである。
馬もカザンが使役している駄馬とは違う、毛並みがよく力強い。
豪華な馬具で実用向き以上に飾られたその姿は英雄の肖像画にしてもおかしくないほど鮮烈な光景である。
この豪華絢爛な勇者一行の先頭を行くエルンスト=マクロリーとカザンが幼馴染だと言っても誰も信じないだろう。
エルンストとカザンの出会いは幼少期に遡る。
この2人は学園都市からほどほどに離れた街タカラヒ出身である。
エルンストはその街では誰もが知っているほど有名な豪商の子として生まれた。
幼少期より父より後継ぎとして一流の教育を受けていた。
一方カザンはその家と取引がある数多の零細商家の倅である。
商家と言っても商売だけでは食べていけず自分たちで畑を耕しそれも売ってお金に換えて生活をしていた。
商材は薪であったがありふれた商材であった為値段は安く、運ぶには大変という。
労力の割には稼げない商品であった。
値段は安いが需要があった為辛うじてカザン一家は食べていけていた。
食事を作るときの窯、部屋を暖める暖炉、ふろを沸かす竈。
生活に薪は欠かせなかった。
カザンの父がエルンストの家に薪を納入した際に彼らは知り合い同い年とあって仲良くなった。
お互いの父もその仲を引き裂こうとせず2人は親友として幼少期を過ごした。
エルンストが10歳になったとき学園都市にある王立勇者学校に入ることになった。
それまでは自宅で専属の家庭教師たちに囲まれて勉学に励んでいたが将来の人脈形成のために父が半ば無理やりに入学させた。
全寮制の為長期の休み以外では帰ることは許されない厳しい学校である。
入学のために街を離れる時カザンはエルンストと別れの挨拶をした。
お互い握手をしてエルンストは馬車に乗り出発していった姿をカザンは忘れたことがなかった。
そして18歳の今日立派な勇者となったエルンストと父親の用事で都市に商品である薪の納入に来たカザンを目にした。
2人の差は天と地ほどの差であった。
エルンストからは大衆の1人となったカザンは見えていない。
カザンは学校に行かず父親に付き従って一緒に仕事をして日々生活をして生きていた。
親の仕事を引き継ぐのが当たり前の考えである。
カザンもそのことに何の疑問も持っていなかった。
文字や数字は仕事で使う範囲のみ父が教えてくれた。
父もその範囲しか知らないというだけなのだがカザンは文字が読め計算ができるようになるのが嬉しかった。
勇者一行がアイゼンを出て魔王討伐の旅に出た後、街道を埋め尽くさんばかりだった人々は霧散していった。
最初この人だかりを見たときは何事かと思ったが”勇者一行の出立日”と聞いて眺めていた。
この国ただ一つの勇者育成学校である。ここにエルンストがいるのだと思っていたらまさかその勇者一行の先頭にいるとは思ってもみなかった。
爽やかな笑顔、鎧を着ていてもわかるほどの筋骨隆々とした肉体。
長期休暇の際都合が合えば会うこともできたがここ数年は会えていなかった。
その彼が逞しく成長した姿を見てカザンは自分のことのように喜んだ。
アイゼンでの商品の納品も終わり彼は自分の街に帰ることにした。
アイゼンからそれほど遠くないところにあるタカラヒは馬で3時間ほどで着く。
カザンは荷馬車で移動しており馬一頭での移動に比べると遅い、さらに馬が貧相なためより遅い。
街はそれぞれ規模こそ違うが壁に囲まれており魔物や魔獣、盗賊が入ってこないように守られている。
それよりも小さな集団の村になると壁もない場合もあり危険な存在に命を狙われることもある。
タカラヒの街はエルンストの父が資金を立ち都市にも負けないほどの立派な壁を築いている。
エルンストの一家がここを引っ越し城下町にでも移ったらタカラヒもよくある村の一つになっていただろう。
自分の街に帰ってきたカザンは自宅向かっていた。
自宅の前の通りにエルンストの父がいた。
「おお、やっと帰ってきた。アイゼンはどんな様子だった?」
カザンは荷馬車の御者台からおり歩いて馬を曳く。
エルンストの父の前に着き、深々とお辞儀をする。失礼があってはならない。
「旦那様、学園都市アイゼンの様子が気になるのでしょうか。
本日はお祭りのようににぎわっていました。
エルンスト様が勇者として今日旅立っていかれました。」
自分でも当時の情景を思い出していた。興奮する気持ちを抑え身分をわきまえた説明に徹する。
対してそれを聞くエルンストの父は眉間に皺を寄せ悩む表情になっている。
「息子は・・・出発してしまったのか。」
「はい。それは堂々とした姿でした。」
「はぁ。なんてことだ。どうしたらよいのだ。」
肩をガックシと落としとても残念そうにしている。
「何か残念なことがあったのでしょうか。
この街に寄って行かれなかったのが悲しいのでしょうか。」
ため息を吐いて、やれやれと言わんばかりに首を横に振る。
「そんなことではない、勇者学校に入れたのは将来の商売のための人脈作りだ、まぁ学校で将来の伴侶を見つけてくれてもよかったのだが。
それがまさか勇者になるとは!
想定外も想定外じゃ。
何度も止めるように言っても耳を傾けもせん。」
一気に話すこの豪商の姿に呆気に取られていた。
普段は物静かでどちらかと言えば寡黙な印象だったからだ。
薪の納入の際にちらりと姿を見かけるくらいで話したこともない関係である。
その豪商がカザンの両肩を力強く掴んだ。
「そこでだ!息子に勇者を辞めるように説得に行ってくれ。
私は思い出したのだ君と息子が昔楽しそうに遊んでいた姿を!
君の声ならばエルンストの耳にも届くかもしれない。
人には適材適所というのがある。
エルンストは儂の後を継がねばならん。」
あまりのことに驚いて言葉も出なくなっていたカザンに彼の父が家から出て側に来た。
「これはこれは旦那様、わざわざこんな場所にいらっしゃらなくても息子が帰ってきたらお屋敷に向かわせましたのに。」
「いや、ことは一刻の猶予を争う状況だ。
屋敷で待っておることなどできん。
今すぐにでも出発させねばならん。」
「すでに出立の準備は終わっています。
まずは状況の説明からしないと息子も何をしてよいかわからないかと。」
父が顔色をうかがうような声音で話していた。
「・・・それもそうか。では君の家に入って説明をするとしよう。」
そうしてカザン父、エルンスト父は自宅に入っていった。
カザンは荷馬車を家の裏に置きに行き馬に干し草を上げてから家に入った。
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