7.1.1.世界が揺れた朝
焦げた匂いが、まず来た。
次に水の音。消火ホースが路面を叩いている音。それから、人の声——報道、野次馬、係員、全部が混ざって、何も聞き取れない塊になっている。
規制線の黄色いテープが張られていた。その向こうに白い煙がまだ立ちのぼっている。商業区の広場の端が、黒く抉れていた。石畳が砕けて、めくれ上がっている。爆発の中心から放射状に、焦げた跡が広がっていた。
「近づくな」とエディが言った。シェリーの一歩前で止まりながら、目だけは周囲の全方向を測り続けていた。
「……分かっとる」
でも、足が止まらない。
規制線のすぐ内側に、白いシートが被せてあった。その輪郭が、人の形をしていた。三つ。
(三人)
声には出さなかった。胸の中で、その数字を押さえ込んだ。動かないようにした。
取材車のスピーカーから音声が漏れてきた。「——死者三名、負傷者は現時点で十七名——犯人は義体を装着した成人男性、義体に仕込まれた爆発装置が起動したとみられ——生命純潔同盟が犯行声明を——」
シェリーはその音声を聞きながら、路面に転がった金属片を見ていた。義体の関節カバー。指の部品。人間の体の一部だったもの。
ーーー
犯行声明の全文は、ラゼルが三分後に送ってきた。
シェリーはエディの後ろでそれを読んだ。一回。二回。
「おかしい」と言った。
「何が」
「まず手法。純潔同盟は義体化を憎んどる組織だて。人間の体に機械を入れることは神への冒涜だって言い続けてきた連中が——なんで義体を武器に使う。自分たちが否定してきたものを、自分たちの手段にする?」
エディが黙った。
「それから文体」とシェリーが続けた。「この声明文、同盟の人間が書いとらん。語彙が違う。彼らはもっと感情的な言葉を使う——神罰、冒涜、断罪。でもこれは法的な文書みたいな構造になっとる。どこかから引っ張ってきた文章を、つなぎ合わせた感じがする」
「……それ、今ここで誰かに言うか?」
「言えない」
「なんで」
「証拠がない。証拠なしに言えば、混乱を煽ってるって見られる。純潔同盟を庇ってるって見られる。私の法案活動を潰す材料にされる」
エディが「うん」と言った。
「でも」とシェリーが言った。「このまま捜査が純潔同盟への攻撃だけで進んだら——本当に仕組んだ人間が、そのまま消える」
ラゼルから追加メッセージが来た。「施設らしき場所を特定した。座標を送る。ただし明日の作戦会議まで動くな」
シェリーは座標データを開いた。アストラリス郊外。倉庫群。
(明日まで、か)
ーーー
政府の緊急会議は、午後から始まった。
大きなテーブル。十数名の人間。全員が書類を持っていた。
「まず管轄の確認から」と議長が言った。「本件、義体化案件として内務省の管轄か、爆発物案件として治安局か——」
「治安局は現在の定員では対応が——」
「では合同捜査班の編成から入りましょう。ただし編成には各省庁の合意が——」
「合意形成には両院委員会の——」
シェリーは書類を見ていた。
「——義体化した人間による犯行という前例がない以上、適用法令を確認してから——」「令状の範囲が義体案件か人身案件かで証拠能力が——」「昼の教会が関与する案件は聖務調停局を通じて——」「聖務調停局は今期の予算承認が——」「予算は緊急枠か通常枠かによって——」「緊急枠の適用条件が今回満たされているか確認が——」
(また手続きだ)
「——天族代表からは今回の事件を契機に義体化規制の強化を求める声が——」「魔族側は調査の透明性を——」「人族代表は被害者補償の優先を——」「ドワーフ連合は義体製造業への影響を——」
シェリーは一度だけ口を開いた。
「現場を見ました。義体パーツの飛散に方向性があります。特定の方向に向けて爆発するように設計された装置です。事故ではなく、意図的に作られたものです。また——」
「それはあなたの見解ですね」と、テーブルの端の官僚が言った。疲れた五十代だった。悪意はない。ただ手順の外にあるものを受け取る窓口を、持っていない。
「はい。ただ——」
「専門家の鑑定を待ちましょう」
「いつ鑑定が」「鑑定委員の召集には」「召集手続きは——」
「本日はここまで」と議長が言った。「詳細は明日の会議で」
打ち切りだった。
ーーー
廊下に出た。エディが壁にもたれていた。
「どうやったばい」
「動かんかった」とシェリーは言った。「正確には、動き方が分からんかった。悪意があるわけじゃない。ただ——」
「手続きしか動けん人間が、手続きの外の話をされとる感じか」
「そう。うん、そう」
窓の外の空は、昨日と同じ青さだった。それが変な感じがした。
(正式なルートが、機能していない)
端末を開いた。マリア、ラゼル、サキへ。「集まれるか」と打った。
送信してから、また端末を見た。ラゼルの座標データ。アストラリス郊外の倉庫群。作戦会議は明日だ。
ふと思った。「配信、続けていいと思う?」
「なんで止めんといかんの」とエディが言った。
「テロがあって、人が死んで——自分が画面の前で楽しそうにしてていいのかって」
「お前の配信がテロを起こしたわけじゃなかろうもん」
「……うん」「止めたくないんやろ?」「——うん」「ならそれだけだ」
「じゃあ行くぞ」とエディが歩き始めた。
シェリーはもう一度、端末の座標データを見た。
(確認だけ、なら)




