9.ミーアの魔法
――気が付くと、カイはまたあの小屋のベッドに寝かされていた。
見慣れた天井。しかし、見慣れているはずの感覚が……おかしい。
「……ん……ここは……」
ゆっくりと身体を起こそうとするが、視界がどうもおかしい。
右手を伸ばして自分の首筋をさすると、妙に突っ張っているような、ゴムでも引っ張られたような不自然な感触があった、身体をコントロールするのも何かおかしい。
それだけではない。視界が逆さまに近い。鏡に映った景色を無理やり見るような感覚。
なぜか胸が圧迫されているような感じ。
「なんだこれ……なんか変だぞ……」
そんな中、ベッドの傍らで椅子に座っていたミーアが、小さく体を起こした。
「ミーア、おはよう……」
カイが声をかけると、ミーアは不安そうな目をこちらに向けた。
「気がついた?」
「あぁ……なんとか。でも、なんか、変……」
言葉を濁しながらもう一度、首筋を触ってみる。やっぱり変だ。グニッとした柔らかい手応えと、首の後ろ側に見える景色。
(……これ、もしや……)
ミーアは立ち上がると、気まずそうに目をそらして、小走りで部屋を出ていった。
「ヒルダを……呼んでくるね……」
数分後、部屋のドアが開き、ヒルダがのっそりと現れた。
「派手にやられたな」
「ええ、さすがゴーレムンです……。あのパンチ、今までで一番効きましたよ」
「アイツもお前と戦ってるうちに、ずいぶん成長してきてるからな。そりゃ痛いだろ」
ヒルダはベッドの端に腰を下ろすと、じっとカイの顔……というか後頭部を見た。
「どうだ、首の調子は」
「なんか、突っ張ってるというか……視界もおかしいし……」
そう、顔を動かしても、視界が反転したまま戻らない。
「はい、大丈夫……みたいです、たぶん」
「ふふ、そうか。無理に動かすなよ」
ヒルダの声が、いつになく優しい。どこかしら、にやにやしたものも含まれている気がする。
「先生が回復魔法を使ってくれたんですか?」
「いや、今回はミーアだ」
「ミーアが?」
カイは驚いた。回復魔法を?あのミーアが?
視界の隅に映るヒルダの背後から、ひょこっとミーアが顔を覗かせた。目を伏せ、申し訳なさそうにこちらを見ていた。
「ありがとうな、ミーア。ほんとに助かったよ」
ミーアは小さく頷くが、相変わらず表情は暗い。
「……ちょっと、顔でも洗ってきます」
「無理するなよ。まだ本調子じゃないんだしな」
どこか楽しげなヒルダの口調が気になりつつも、カイはふらつきながら立ち上がった。手洗い場に向かい、水をすくって顔を洗おうとした――が。
「……おい……?」
やはりおかしい、手の位置がズレる、手のひらではなく、手の甲が見える、目の前にあるはずの水が、見えない。
右手を顔に近づけると、後ろから伸びてきたような感覚。顔を洗おうにも、自分の「前」が後ろにある。
恐る恐る水面を覗き込む。
「うわああああああああああ!!!!!!」
そこに映っていたのは、自分の顔。――後頭部の方に。
首が180度、完全に回転したまま元に戻っていなかった。
「なんじゃこりゃーーーーーーー!!!!」
その声に、木陰から覗いていたヒルダとミーアが堪えきれず笑い出す。
「ぷくくっ……くっくっく……!」
「ミーア……お前も笑ってんじゃねぇええ!!」
カイはパニックになりながらも、何とか首を戻そうと両手で首を押し回そうとするが、うまくいかない。骨が妙に柔らかく、ゴムのようにグニグニ動くだけだった。
「先生!!俺の首が!俺の尊厳が!!!」
「すまんすまん!ミーアの回復魔法が未熟だったんだよ……くくく……!」
ヒルダが腹を抱えて涙を流して笑っている。
「笑ってんじゃないよおおおお!!!!」
「いやぁ……そのままのほうが面白くて……私が止めたんだよな……ふふふ……」
後ろでミーアが申し訳なさそうに指先をもじもじさせながら、ぼそっと言った。
「ご、ごめんなさい……僕、ちゃんと治したつもりだったんだけど……ヒルダが、そのままが面白いって……」
「お前も共犯かーーー!!!」
涙目で叫ぶカイ。
「まあまあ、そんな怒るな。治してやるからさ」
「ほ、ほんとに!?」
「そう。蘇生魔法でな」
「え!?蘇生!?死んでねぇよ!!」
パニックになるカイの肩をポンと叩きながら、ヒルダがにっこり笑う。
「首の角度を逆回転で正すには、同じ力を逆方向から加える必要がある……つまり――」
「やめろ、その『つまり』を言うな!!」
カイが逃げ出そうとした瞬間――
「パラライズ!」
ミーアが詠唱した。
カイの体がピタリと動かなくなる。
「うそだろ……ミーア……?」
「ご、ごめん……先生が……」
「よくやったぞミーア。パラライズ、安定してきたな」
「何褒め合ってんだこのコンビはあああ!!」
「さあ、いけ!ゴーレムン!」
ヒルダの号令一閃。
ゴーレムンがカイの前に立ち、無表情のまま拳を引いた。
「いやあああああああああ!!」
ドゴッ!!!
容赦ない左パンチがカイの顔面に炸裂。
ぐるん、とカイの首が逆回転し、ガチリと音を立てて定位置に戻った。
その瞬間、カイは綺麗に気を失い、地面にドサッと倒れた。
「……よし、治ったな」
「すごい、ぴったり!」
ヒルダとミーアが、どこか満足そうにうなずき合う。
小屋の裏では、目を回して動かないカイが、ひとり芝生の上に転がっていた。




